第六十八便 吊り橋効果とか言わないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
100V電源用カーインバーター ノートパソコンの電源やインパクトドライバーの充電器用に。
見張り台のある峠に向かう坂道。
カーブする時、一瞬オレの視界に前線が映る。
『荷車の騎士! 魔獣!』
前線を去ろうとした時、オレたちに気付いたヴィオレットが追いかけて来た。
『荷車の騎士! 魔獣! どこに行くですの?』
『ヴィオレット……』
グリシーヌが何か言いたげに呟く。お兄ちゃんはオレを停めずに言った。
「すみません、いったん俺たちは離れます。戦士じゃない俺たちは足手まといなんで」
『ダメですの!』
ヴィオレットがオレたちの後を追いながら怒鳴る。
『荷車の騎士は元帥ですの! 元帥は戦場にいるですの! 元帥の馬である魔獣も戦場に残るですの!』
「戦場にいない元帥もいるのでは?」
『だめですの! 大尉命令ですの!』
ヴィオレットが叫ぶが、髭が彼女を捕まえる。
『ヴィオレット姫、元帥殿には何か考えがおありです!』
『そんなの知るかですの! 元帥も魔獣も大尉と一緒ですの!』
ヴィオレットが遠ざかる。
『将軍、ヴィオレットを放すですの! パンセルメールで追いかけるですの!』
『ヴィオレット姫』
『荷車の騎士! 魔獣!』
『……あの子、最後まで私の名前を呼びませんでした』
前線を出てからずっと無言だったグリシーヌがぽつりと言った。
『挙句の果てには、パンセルメールを城に残してきたことも忘れて、ただ、荷車の騎士様とフッフを呼んで……』
「〝吊り橋効果〟と言うのがあるらしいですから」
グリシーヌに合わせてか、やっぱり無言だったお兄ちゃんが言った。
『吊り橋効果?』
「こう、不安になったり怖い思いをしたり、そうした時に会った相手に、まあ、特殊な感情を抱く、っていうような」
『それはつまり、恋、ですか?』
「うーん、ヴィオレット姫様がオレやフッフに感じるのは、友達とか仲間とかへの気持ちではないかと」
うん、まあ、可能性は何でも折っておいた方がいいよね。
『そ、そうですよね、あの子にはまだ早いですよね?』
グリシーヌにもね!
と言いたいところだけど、ここは援護射撃。
オレの目の黒いうちに、潰せる芽は全部潰す(もともと黒くないけど)。
「確かに、結局は追っかけて来なかったよね、ヴィオレット。多少遅れても、城までの道なんて一本道なんだから、どうしてもってなら別の馬借りて追いかけてくればいいのに。今はオレやお兄ちゃんが物珍しいだけなんだよ、多分」
「それもあると思うけど、ヴィオレット姫様だってわかってるんだよ、自分が何をすべきかを」
お兄ちゃんが前線の方角をちらりと見る。
「南風のフェアリーと対峙した時だって、何だかんだで一番冷静だったしね。弱冠十……?? ……ともかく、確実にローティーンなのに」
『ええ』
ヴィオレットが(安心したのか冷静になって)頷く。
『いくら武芸に秀でているからと言っても、まだいくら何でも戦争に行くのには子供と、私は反対したのですが』
『王様が送ったの?』
オレは思わず訊いた。グリシーヌは答えない。
「あの王様が喜んでお送りになるわけないよ」
お兄ちゃんがオレ(スマホ)を見た。
「でも、わかってたんだよ。ダメだって言っても、鎖でつなぐでもしないと参戦してしまうって。ならば階級をつけて正式に送った方がまだ安全だ、って思われたんじゃないかな」
『荷車の騎士様……』
「王様と言っても、いろいろなタイプがあるだろうし。国民を大事にする人、領土拡張を望む人、とにかく自分の権力や富を追及する人、そもそも王様になりたくない人。そして逆に」
お兄ちゃんがグリシーヌを見つめた。
「王様になることを望む人」
え?
何?
ここに来て野望に目覚めたとか?
「グリシーヌ姫様、この国には、どんな物語がありますか?」
『え、ええと、物語、ですか?』
不意の質問にグリシーヌ(とオレ)がきょとんとしてお兄ちゃんを見る。
「はい。例えば本とか、叙事詩の語りとか」
『ええ、あります』
グリシーヌが戸惑いながら答える。
『本は貴重ですし、書記官も少ないし、そもそも文字を読めるのは城内でさえ一部ですから。一応は王族である私でさえ、医学書や祈祷の本はともかく、本に書かれた物語は数冊しか読んだことはありません。北の国にはたくさんの本があったようですが、ほとんどが消失してしまったでしょう。でも、詩人は時々やって来て、いろいろな物語を聞かせてくれます』
そして上目遣いでお兄ちゃんを見た。
『突然現れた騎士が悪いドラゴンを倒し、お姫様を救う、というような』
「俺のいた世界では」
オレが折る前にお兄ちゃん自ら折った!
いい傾向だ!
「ある日、盲人、目の見えない人ですね、そういう人だけが住む国に来てしまった男の話があります」
『はぁ』
明らかに不満そうなグリシーヌ。
「そこで男は、〝盲人の国では片目のものが王様〟ということわざを思い出します」
『そ、それは?』
グリシーヌの顔が険しくなる。
『それはつまり、荷車の騎士様から見れば、我々は盲人だと?』




