第六十五便 交渉中とか言わないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
シガーライターソケットからのUSB電源ケーブル 当たり前すぎて書いていませんでしたが、スマートフォンなどの充電用のケーブルは予備も含めて数本常備しています。
山と言うには低い、丘と言うには高い坂を上り切ると、東の国の西側の国境の砦が見えた。前線部隊は、やはり病気のせいか活気がない。
その更に1㎞くらい向こうの野営地が西の国の陣営だろう。テント(多分)の数はそこそこだけど、こちらも人気はまばら。流行り病で苦しんでるらしいって情報は確かなようだ。
峠は少し道幅が広く、見張り所があった。でも、吹き上げる風に晒された展望台には誰もいない。
『交代要員がいないですの』
停まって様子を見たお兄ちゃんに、ルーフキャリアの上のヴィオレットが言った。お兄ちゃんはすぐに「行こう」と戻って来た。そしてオレたちは坂を下って砦に向かった。
砦では、ヴィオレットとすれ違ったという伝令から聞いたのか、既にオレたちの話は知れ渡っていたようだ。ヴィオレットの帰還とグリシーヌの訪問を歓迎する声に噂話が混じる。
『あれが一晩で千馬時を走る魔獣フッフか?』
『もっと恐ろしいのは荷車の騎士だ。炎の魔剣一振りで百人を切り殺すというぞ』
話が大きくなるのはどの世界でも変わらないね。
でも、やっぱり活気はない。寝込んでる病人が多いんだろうね。
前線について一番詳しい筈のヴィオレットが何も言わないので、オレたちは兵士たちの視線に誘導されるように閉じた門の内側まで徐行し、止まった。砦の上に、数人が箙を背負って立っているのが見える。 そこでようやくヴィオレットが、屋根の上から、『シェーヌ将軍はどこですの?』と訊いた。
『ちょうど今、西の国のモーヴ少将と交渉中です』
一人の兵士が答え、その門、実際は多分門の向こう側を指さした。
『交渉中?』
『はい。双方とも流行り病の患者が多いので、開戦時期の延長などについてです』
『かいもーん!』
兵士の説明に外からの砦の上の守備兵の声が重なる。門番が扉を引き、外が見えた。ひげづらのおっさんが戻って来る向こうで、甲冑に似合わない長い金髪をなびかせた華奢な騎士が背を向けている。
と、騎士は立ち止まり、振り返った。
二十歳前後(元の世界基準で)の女だ。
『きれいな人……』
グリシーヌが呟き、それから慌ててお兄ちゃんを見た。
お兄ちゃんも金髪の方をじっと見つめている。
「お兄ちゃん?」
『荷車の騎士様?』
オレとグリシーヌが同時に声をかけると、お兄ちゃんが、「ん、ああ」とスマホと助手席に視線を戻した。
ムカつくオレと、頬を膨らませたグリシーヌの目が合う。
『な、何ふくれっ面してるんだよ?』
『フッフこそ』
オレたちが互いに目をそらしている間に髭のおっさんが砦内に戻り、門が閉じた。お兄ちゃんがエンジンを止め、運転席から降りる。
『おおっ! 貴殿が荷車の騎士殿か?』
髭面のおっさんが満面の笑顔でいきなりお兄ちゃんに抱きついて来た。
「ははは、初めまして」
お兄ちゃんの引きつった笑い声。
言っとくけど、そっちのフラグも要らないからね。喜ぶのは腐女神くらいのもんだし。
いや、美少年や美青年同士じゃないとダメな口だね、あれは。
『そして貴殿が魔獣フッフ殿!』
今度はオレに抱きついてきた!
そのフラグは最高に要らないからっ!!
それに、オレ、触れたものは感じるって言ったよね?
髭がくすぐったいんだよ!
おっさんから解放されたお兄ちゃんが、助手席側に回って扉を開ける。グリシーヌが降りて来ると、おっさんは『これは失礼しました』と頭を下げた。
『グリシーヌ姫。ご機嫌麗しゅう』
『前線での奮闘は聞いています、シェーヌ将軍。東の国と国民のための尽力、心から感謝します』
堅苦しい挨拶を横目に、ヴィオレットが当然のようにお兄ちゃんに抱きかかえられて降りて来た。シェーヌがその前に立った。
『お待ちしておりました、ヴィオレット姫。いや、ヴィオレット大尉』
『ヴィオレット大尉、ただいま戻りましたですの!』
ヴィオレットは気を付けの姿勢になった。姫とは言え、一応相手は上官だし。
『ヴィオレットが離れてから二日経ってますけど、西のモーヴ少将との休戦の話はどうだったですの?』
それ、部下が上官に言うセリフじゃないよ?
やっぱこの国の軍隊はしょせん野盗レベルだ。
『良い話だった、とは言い難いですな』
髭面はでも、ただ表情を曇らせた。
『先方の罹患率も相当のようで、戦を再開できる目途が立たない、とのことです』
こういう時こそ、元帥の意見を……。
っていない。
ていうか、薬草の箱を下ろしてる。
元帥が荷下ろし。
大尉が将軍に戦況を訊く。
兵士は大半が病気。
でも、それは敵も同じ。
『そ、そんな状況なら、もういっそのことどっちも退却すればいいじゃん!』
オレが思わず口を挟む。
砦の中が静まりかえった。




