第六十便 きれいだなんて言わないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
ピックアップツール 磁石タイプ、ピンセットタイプなど。
ゴシェが続ける。
『ヴィオレット姫のお話ですと、荷車の騎士殿が斃した南風のフェアリーは、馬二百頭の集団ほどだったという話です』
えーと。
例えば横20×縦10頭の集団だとして、馬が動くのに必要なスペースは最低でも1m×3mってとこ。
つまり、集団のサイズは20m×30m。
うーん、結構いい線か?
まあ、相手は虫だし、その時の密度にもよるか。
『しかし、三十二年前の南風のフェアリーは、当時の南の国での首都、最も大きな街を全て覆うほどでした』
「確かに、〝蝗害〟であれば、そのくらいの大きさにもなるでしょうね」
『〝こうがい〟とは?』
「あ、前にいた世界、というか何というか、ともかく、バッタ、まあ、ああいう虫が大量に発生して、作物を荒らして行く、という災害です。もちろん、俺も間近で見たことはありませんが」
『なるほど、〝南風のフェアリー〟に近い印象を受けますね』
「ただ、動物や人間まで食われる、と言う話はあまり聞きませんし、いろいろな意味で、もちろん別物だと思いますが」
と、倉庫の隣の城の扉が開いてグリシーヌが出て来た。
『荷車の騎士様、ゴシェさん』
いつの間にか着替えてやがる。
「あ、グリシーヌ姫様」
『グリシーヌ姫、この度の〝南風のフェアリー〟の討伐、心より感謝します』
『あ、いいえ』
グリシーヌはそう言うと当然のようにお兄ちゃんの隣に立った。
『すべて荷車の騎士様とフッフのおかげです』
そう言ってオレのボンネットを撫でる。
そーゆーところがやりにくいんだよ!
……なんて言えるのも後少しかもしれないけど。
そんなことを考えてると、城の中庭の方が騒がしくなった。
「何だろう?」
『何でしょうか?』
『逃げたーっ!』
守備兵の一人が叫んでいる。
『南風のフェアリーが逃げたぞーっ!』
別の守備兵が叫ぶ。
『まさか?』
グリシーヌの顔が青ざめる。ゴシェが『見てまいります!』と駆け出すが、その頭の上を飛び越え、虫がお兄ちゃんたちに襲い掛かった!
『キャッ!』
「グリシーヌ姫様!」
グリシーヌが手を差し出し、お兄ちゃんが彼女を庇う。
でも、虫は二人の前で突然止まり、ホバリングした。
「え?」
『ど、どういうこと……?』
二人は目の前の虫を見つめ、戸惑う。戻って来たゴシェが剣に手をかけるけど、お兄ちゃんが片手で制する。
『よく見ると、きれい』
グリシーヌが虫に向かって手を伸ばす。
『姫!』
ゴシェが半歩進み出ながら叫ぶが、グリシーヌは更に手を伸ばす。
虫は彼女の指に静かに近づき、一瞬、人差し指の上にとまった。そしてグリシーヌ、それからお兄ちゃんをじっと見つめるようにすると、ゆっくりと地面に落ちた。
『グリシーヌ姫!』
ゴシェが駆け寄る。その向こうから、医者と、多分博物学者、そして王様が守備兵たちを引き連れて駆けて来た。
『グリシーヌ!』
『姫様! ご無事で?』
『姫様!』
騒ぎを聞きつけたのか、ヴィオレットも走って来る。
『お姉さま!』
『大丈夫です』
グリシーヌが足元を見下ろし、しゃがみ込む。
『グリシーヌ!』
『姫様!』
『お姉さま!』
『大丈夫、もう、時が来たようです』
立ち上がったその手のひらには、動かなくなった虫がのっていた。それを見つめるグリシーヌの表情は、今までで一番きれいに思えた。
ムカつく余裕もないくらいに。




