第五十九便 災害だとか言わないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
防錆潤滑剤 ドアなどが軋むときに。
『え?』
お兄ちゃんではなくオレが訊き返した。
『〝フェアリー〟だけじゃなくて、〝エルフ〟と〝ドワーフ〟も夏の魔女の手先なの?』
『その通りだ、魔獣フッフ殿』
ゴシェがオレを見た。
『それぞれが恐ろしい、そしてまさしく血も涙もない虐殺者だ』
「ねえ、フッフ」
お兄ちゃんがオレに小声で言った。
「俺も気になってたんだけど、姫様たちも守備兵隊長さんも〝フェアリー〟なんて発音してないよね? エルフもドワーフも、聴きとれないだけかもしれないけど」
「言ってないよ」
オレも小声で答える。
「フェアリーだって違う単語だけど、オレにインストールされた辞書が勝手に〝フェアリー〟って訳してるだけ。〝妖精〟じゃなくて」
「そうか」
「ほら、オレがスマホを通じて話したのを初めて見たグリシーヌたちが、〝妖精〟だとか言ってたじゃん。だから、この国では〝妖精〟と〝フェアリー〟は、多分違う言葉なんだよ」
お兄ちゃんがまた少し考え込み、それから顔を上げてゴシェを見た。
「その、〝熱波のエルフ〟と〝砂漠のドワーフ〟とはどのようなものですか?」
『これらについても、やはり私は当時幼く、伝聞程度でしかありませんが、〝熱波のエルフ〟は、文字通り焼けるような日差しと空気で、家屋を燃やしたり家畜、そして人の命を奪ったりします。〝砂漠のドワーフ〟は、土地から水分を奪い、作物を枯らしてしまうようです』
「いわば、一種の災害ですね」
『おっしゃる通りです』
ゴシェが頷く。
『夏の魔女の来襲は数年~数十年に一度です。来襲のない月日が長期に渡ると、記憶が薄れてしまい、恐怖心だけが増幅します。三十二年前の来襲は約五十年ぶりだったと言われています。ですから、来襲の少し前には、〝夏の魔女とは、災害を擬人化したもの〟と言われていました。そして対策を怠った結果、我が故郷は……』
ゴシェが言葉に詰まるが、すぐにまた顔を上げる。
『南風のフェアリーの恐ろしさは、まさしくその風のような速さです。人間は全速力で走っても追いつかれます。馬に乗って全力で走れば一時的には逃れられますが、疲れて遅くなったところで飲み込まれる、と言われています。身を隠すには石か鉄で密閉されたところに入るしかありませんが、鍵穴以上の穴なら入り込んでしまいますから、それを間近で見た生存者はいませんでした。観察記録は、あのような個々の姿などわからないようなはるか遠方からのもののみです』
「ガラスはどうですか? 例の一匹は、ガラスの瓶に入れて持って来たんですが」
『南の国は、北の国ほどではありませんが、ガラス窓も一部にありました。でも、南風のフェアリーはそのガラスでも突き破ってしまいました。ガラス窓のある部屋で偵察する、という者もいましたが、結果は悲惨なものだと聞いております』
「一匹一匹では無理でも、数十匹が連続で勢いよくぶつかって行けば、普通のガラスなら割れてしまうのかもしれませんね」
『はい。魔獣フッフ殿のガラスでも危険だと思います』
ゴシェがオレをちらっと見た。
「でも、さすがにその勢いでぶつかればあの虫だって死んじゃうでしょ? 誰も死骸さえ見たことないっておかしくない?」
「多分、その死骸や弱った仲間も食い尽くしちゃうんだよ、きっと」
お兄ちゃんが呟く。
「生物の異常行動って、予想外のことを平気でするみたいだから」
『おそらく荷車の騎士殿の推測通りでしょう』
ゴシェが頷く。
『今、医師と博物学者が調べています』
でも、そう言うおっさんの顔つきは渋い。
「何か今一つ浮かない表情ですね」
お兄ちゃんも同じことを思ったみたい。
「〝南風のフェアリー〟がこの時期に来たことが気になる、というだけではなさそうですね」
『あ、いえ』
ゴシェは少し迷ってたようだけど、意を決したように小声で言った。
『おそらく、荷車の騎士殿が斃したのは南風のフェアリーに間違いないでしょう。ただ、伝え聞くものより、規模が小さいように思います』




