第五十六便 たった一日でデレないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
綿棒 車、家具、他、ちょっとした汚れを取るのにも便利です。
炎の勢いが収まってきた頃、ようやくグリシーヌがお兄ちゃんから顔を離した。それから、真っ赤に充血した目でお兄ちゃんを睨むと、『許しません』と一言言った。
「すみません」
意味が分かったのかどうか知らないけど、お兄ちゃんはそう答えた。それからグリシーヌを運転席から下ろし、地面に立たせた。
「お兄ちゃん、あれ」
邪魔するつもりはないけど(ほんとだよ)、オレが口を挟む。
「村の人たちが、音を聞いて見に来てるよ」
お兄ちゃんとグリシーヌが振り返る。
「遠くで良く見えないけど、〝南風のフェアリー〟を駆逐してもらって喜んでる、ようには見えないね」
「まあ、そうだろうね」
お兄ちゃんが手のひらで朝日をよけながら言った。
「そもそもどうしてこうなったのかも見えてないだろうし。ただ、半径20メートル以上の休耕地と牧草を無駄に燃やされた、ってだけだ。それに、村の人たちはまだ気づいてないかもしれないけど、ガソリンを撒いて火をつけたんだ。焼き畑にもならない。この土地は、当面農業には使えないだろう。何にせよ、俺たちは歓迎されてないよ」
『違うですの』
ヴィオレットが苦々し気に呟いた。
「あ、すみません、ヴィオレット姫様」
お兄ちゃんが助手席側に回った。
「矢を射たヴィオレット姫様は悪くありませんよ。俺が考えた作戦ですから」
『だから違うですの!』
ヴィオレットがお兄ちゃんを睨む。
『荷車の騎士は南風のフェアリーを駆逐したですの! 村も救ったのですの! 村の者たちは荷車の騎士を英雄として迎えるべきですの!』
マジか。
ツンデレがデレやがった。
しかも半日で。
〝なぜもっと我慢できんのじゃーっ!?〟ってぶった切るぞ?
『ヴィオレット……』
グリシーヌが複雑な表情で妹を見ている。
〝ライバル出現〟って感じか?
ていうか、マジで姉妹丼コースなの?
『荷車の騎士様は、私に体液(血)を飲ませたじゃないですか? 私が正式な妻です』
『荷車の騎士は、ヴィオレットのお尻(実際は腰)に体液(やっぱ血)を注いだ(つけた)ですの!
責任を取ってもらうですの!』
『そう言えばフッフはもう食べ物がなくて動けなくなるのも時間の問題のようね』
『役に立たない魔獣は納屋にでも放っておいて物置にでもすればいいですの』
『その点、私なら荷車の騎士様のお役に立てますよ。朝でも昼でも夜でも12時間』
『国を救った英雄にヴィオレットは起きてる時も寝てる時もご奉仕するですの!』
……ふぇーん、意識が飛びそうだよ。
なんて(多少不謹慎に)思ってると、お兄ちゃんがヴィオレットの前に立ち、腰をかがめて言った。
「ヴィオレット姫様、そう言っていただけるのは嬉しいですが、それは戦士の理屈です。特に事情がわからない村の人からすれば、俺は牧草を燃やして土地をダメにした大罪人ですから」
『で、でも!』
「それに、あれが本当に〝南風のフェアリー〟かもわかりませんし」
お兄ちゃんがグラブボックスから割りばしと栄養ドリンクを取り出し、炎に向かって歩き出した。
「何するの?」
『何をなさるんですか?』
オレとグリシーヌが同時に訊いた。
「もし残骸か、生きてるのが残ってたら回収してみる。守備兵隊長さんや、他の南の国出身の人たちならわかるかもしれない」
『じゃ、じゃあ、私も』
『ヴィオレットも行くですの!』
「いや、万が一生きていて元気なものがいたら危険です。ここでお待ちください」
お兄ちゃんはそう言うと栄養ドリンクの蓋を開けて飲み干した。それからオレ(スマホ)を見ると、眉を顰めて笑った。
「殺虫剤くらいは使ったことあるけど、こんなに大量の虫を明確な意思を持って殺したのは初めてだよ」
「お兄ちゃん……」
「虫は虫で生きてるんだし。まあ、これで俺も、立派な虐殺者だね」
注1 トキと再会するカサンドラ編は神!




