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第四十七便 虐殺なんてしないでっ!

七つ道具(七つではたりない)

バインダー クリップなど 書類の整理に使用します。

ゼムクリップは、伸ばして針金のようにしてあれこれ使う時もあります。


「それはどうかと思うけど、まあ、確かに、元の世界での学歴や社会的なステータスはあんまり関係ないかな」


 お兄ちゃんが苦笑した。


「例えば、医者がこの世界に来れば、器具はなくてもそれなりに役立つと思う。でも、弁護士は、その知識の多くは無駄になる。一方で、別の視点から見れば、IT化した最新の医療より、指トントンで正確に診断できることの方が重要だし、法律の知識自体は無意味でも、弁護士の機転や弁舌は交渉事で有利かもしれない。とにかく、圧倒的な利点は、それが生かせる環境だから利点になるんだ」


 まあ、一番身近な治療法が〝祈祷〟だし、何より、この世で最も重要な法律、淫行条例さえない世界だしね。


「この世界の〝生〟と〝死〟の近さは、多分俺の想像を超える。まさに異世界だ。例え俺が、他の誰も持っていない目があっても、そこが光のない暗闇では利点を生かせない。いや……」

 お兄ちゃんは少し考え込んだ。

「それだと、自称文明人が暗黒大陸に立ったみたいでイヤな言い方だな。むしろ逆だ」

「逆って?」

「あえて言うなら、俺は良く切れる刀を持った赤ん坊みたいなものだ。一方、〝死〟ってものがはるかに身近な世界で生まれ育ったこの国の人たちは、性能の良くない武器を持っているけど、それを使う知識も知恵も知能も、もちろん筋力もある。何より、必要であれば他者の命を奪う意思がある。姫様たちがそうなんだから、一般の人の考え方も同じ方向だろう」

「ヴィオレットはもちろんグリシーヌも、姿かたちは似ていてもJCやJKとは違う生き物だってこと?」

「そうは言わないけど、俺たちの知ってる、または知ってるつもりの十代の女の子たちと同じだって思っちゃいけないよね」


 隣の小屋で寝てる二人が段々怖くなってきた。

 つーか、あいつら、本当は人の皮被ったゴブリンじゃね?


「〝殺す〟ってことは、〝殺されるかも知れない〟ってことだ。ヴィオレット姫様も、おそらくグリシーヌ姫様も、生まれた時から、いや、多分生まれる前からそういう〝遺伝子〟みたいなものを受け継いでいる」

「まあ、確かに、好戦的なヴィオレットだけじゃなくて、グリシーヌも『戦争ってそういうもの』って感じだしね」

「そのくらいに思わないと、ここでは生きていけないんだよ、きっと」

 お兄ちゃんが小屋の方を見た。

「昼間、ヴィオレット姫様が動物を射た時、本当は『そんなもの捨ててすぐに出発しましょう』と言うべきだった。そうすればあの崖が波に覆われる前に抜けられたかもしれない。でも、俺はそれができなかった。結果的に、多分この国の時間で3~4時間、つまり一日の四分の一から三分もの時間、ここで足止めを食ってしまった。そう言う判断ミスを重ねれば、この世界じゃ生きていけない」


 あ…。

 あの時のお兄ちゃんの毅然とした顔は、毅然としてたんじゃなくて後悔してたのか。


「中世ファンタジーの映画や漫画なんかだと、主人公サイドは、ゴブリンとか何とかと言う敵をバタバタと殺していく。〝殺さなきゃ殺される〟ってこともあるだろうけど、それ以上に、そこではゴブリンたちは殺していい存在で、主人公たちは生まれた時からそういう教育を受けて来たんだろう。でも、俺は多分、目の前にゴブリンが出て来て、殺せる状況だとしても、殺すのをためらってしまうと思う。目の前で生きているものが血を流し、苦痛に顔をゆがめ、倒れ、いつか腐って行く事を想像してしまう。……まして、相手が同じ姿の人間だったら?」


 そうか。

 〝無双する〟って簡単に言うけど、要は、対象が何であれ〝虐殺する〟ってのとほぼ同義だもんね。


「で、でも、これからそういう覚悟と言うか気構えみたいなものを学んでいったら?」

「それが身に着くまでに何度死ねばいいかな」


 お兄ちゃんがまた鼻で笑った。


「フッフのいう通り、生き残れば確かにハーレムかもしれない。望む望まないにかかわらず。でも、今のままの俺じゃ、生き残ること自体難しいだろうし、そうするためには、何らかの犠牲が必要だろうね」


 でもね、お兄ちゃん。

 オレがもっと役に立てれば、この世界になじむまでお兄ちゃんが生き残れるかもしれないよ?

 そうすれば、お兄ちゃんはこの世界の王様になれるかもしれないよ。

 ……例えその時、ガソリンが切れて、バッテリーも終わって、オレがただの鉄の塊になっていたとしても。


 そう言おうか迷っていると、お兄ちゃんが言った。


「俺もそろそろ寝るよ。バッテリーがやばいかもしれないから、念のためOBD2も切っておくよ」


 お兄ちゃんはそう言うと自前のOBD2のスイッチに手を伸ばした。


「あれ、どっちだっけ? まあいいや、お休み、フッフ」

「あ、うん」


 オレもお兄ちゃんに笑いかけた。


「そうだね。お休み、お兄ちゃん」


 OBD2の電源が落ちた。オレはまた闇に包まれた。

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