第四十六便 中世ヨーロッパとか言わないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
絆創膏 常備しています。
「もしそれが可能だとして、フッフは、俺にそうしてほしいの?」
そういうわけじゃない。
でも、もし、お兄ちゃんが本気で元の世界に戻りたいって願ったとしたら、オレはただの軽トラに戻っちゃうかもしれない。
この世界でガソリンが空になるまでお兄ちゃんと話をするか?
それとも、元の世界で、話はできなくてもお兄ちゃんと(少なくとも何年間かは)一緒に日本中を走り回るか?
オレは一体どうしたいんだろう?
「でも、大丈夫。そうはならないよ」
お兄ちゃんがまた鼻で笑った。
「何で? その気がないから?」
「いや、もし俺にそういう気持ちが起きたとしても。ここについてすぐ、ヴィオレット姫様が動物を狩って、その場でさばいたよね?」
「うん。あれはさすがにドン引きだった」
「フッフはどういうわけか、俺たちのいた世界の価値観の影響が強いけど、でも、あれが本来の人間の姿だ。ただ、21世紀の日本では、俺を含めて多くの人は、命を奪うことを、〝誰か〟にやってもらってるだけで」
「まあ、そうかもね」
「そもそもヴィオレット姫様は戦争に参加している。話を聞く限り、敵国、西の国の戦士も人間のようだけど、彼らの命を奪ったこともあるだろう。もちろん、手を差し伸べるなんてとんでもない。これはヴィオレット姫様だけじゃなく、グリシーヌ姫様も同じ考えのようだ。『戦争とはそういうものだ』と」
「そう言えば、さっきヴィオレットに矢を突き付けられた時、お兄ちゃん、冷静に謝ってたよね。グリシーヌはさすがに買いかぶりすぎだと思うけど、あれはかっこよかったよ」
「いや、ビビって何をしていいかわからなかっただけだよ」
お兄ちゃんがオレ(スマホ)に笑いかけた。
「ほんと、いつだかアイスバーンで滑って対向車線の大型に突っ込みそうになった時よりビビったよ。でも、多分この世界では、あれが日常の一部だ。命を奪う場面でも、その逆でも」
「でも、今お兄ちゃんも言ったけど、ドライバーだって命がけじゃん」
「確かに俺たちはホワイトカラーの人たちよりも命の危険に晒されている。でも、基本的には『ルールに則ってやっていれば死なない』という前提と言うか、建前の中で生きてる。この世界は違う。『普通に暮らしていても死ぬかもしれない』って言う世界だ。戦争も然り。病気も多分そう」
確かに、病気の最新の治療法が外国から輸入してる薬草って時点で、この国の医療のレベルがわかる。
「同時に、命を奪うことも日常だ。もちろん、俺たちだって〝誰か〟に殺してもらった命をいただいてたんだけど、その過程については知らないふりをしてる。フッフに乗って走ってれば、特に夏は無数の虫を虐殺してるんだけど、それについても目をつぶってる」
その頃、オレは明確な意識がなかったから知らないけど。
そう言えば、この国ではまだあんまり虫を見てないかも。
「この国もそれなりの規模なんだから、何らかの宗教はあると思う。この街の中央の尖塔は多分宗教施設だ。でも、ヴィオレット姫様が動物を平気でさばいたところや、グリシーヌ姫様がそれを気にしなかったところを考えると、現在のこの世界では、動物の解体は忌み職ではないみたいだ。逆に言えば、〝死〟ってものが身近なものだった、キリスト教が浸透する以前のヨーロッパみたいな感じだと思う」
「何でそんなこと知ってるの?」
「うーん、何かそんな本を読んだ気がする。知ってる人が書いた本か、その参考文献か、そのあたりも記憶があいまいだけど」
お兄ちゃん、自分のこと「高卒だから学がない」とか言うけど、オレはそれは関係ないと思う。
それに、大卒でもバカはいるよ?
注1 大型のドライバーさんすみません。
注2 『中世賤民の宇宙』『中世西洋の罪と罰』『刑吏の社会史』あたりを参考にしていますが、かなり異世界アレンジしています。
注3 ほっといて下さい。




