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第四十五便 「こんなことしてちゃだめだよ」なんて言わないでっ!

七つ道具(七つでは足りない)

マジックインキ とにかく何かと使います。

「俺は高卒で学(がく)はないし、専門職や技術職の人たちみたいに特別な技能もない。21世紀の日本の道路はそこそこ知っているけど、ここじゃ役に立たない。そんな俺でも、小中学校レベルの半端な知識を言うだけでもてはやされる。女の子に手放しでほめられ、尊敬のまなざしで見つめられる。年が離れすぎてて落ち着かないけど、俺も男だから悪い気はしない。『俺って実はすごいんじゃないか?』って思ったりする。前の世界じゃサエないしモテなかった俺からすれば、ここは理想郷かもね」


 あれ?


 「自分の妹や娘だったら」とか言っておきながら、自分がその淫行条例違反男側だったら許しちゃうの?

 風俗でさんざんあれこれしておいて、「こんなことやってちゃだめだよ」とか説教するっていうおっさんレベルなの?

 お兄ちゃんて、意外にゲスなの?


「まるで〝盲人の国〟だな」


 お兄ちゃんが鼻で笑った。


 自分のゲスさを自覚してる?

 てか。

「〝盲人の国〟?」

「俺が感じてた違和感の正体がわかったよ」


 オレが訊き返したけど、お兄ちゃんはそれには答えずに独り言みたいに言った。


「子供の頃に読んだか、それとも誰かに読み聞かせだかはっきりしないけど、世界のほらふき話っていう民話集に、確かヨーロッパのどこかの国の話だったと思うけど、こんなのがある」


 昔、ある若者が、自分の村の人々の愚かさにうんざりして、見聞を広めるために旅に出る。

 最初の村で世話になった家の主人が、翌朝、奥さん手編みの靴下を履こうとして、床に置いた靴下に向かって足をぶつけていた。


「は?」


 オレは思わず訊いた。


「何それ? それ、特殊な靴下なの?」

「いや、普通の、多分俺が今履いてるのと同じ靴下だよ。その本は味のある挿絵があってね、まあ、雪の下のネズミを捕るつもりで、布団に飛び込もうとするキツネの動画があったけど、あんな感じかな」


 もちろん見たことないけど、何となくわかるかも。

「で、若者はその家の主人に靴下の履き方、つまり、口を広げて、足を入れ、靴下を引っ張るという手順を教える。家の主人は『あなたは私を助けてくれた』と感謝する」

「え、ええと……」

「次の村では、住人が夜通し交代で番をして太陽が出たのを知らせていた。そうしないと、村の人たちはいつ起きていいかわからないから、と。そこで若者は遠くからおんどりを連れて来きて、『これは太陽鳥だ。この鳥が日の出を教えてくれる』と言う。もちろんその通りになり、若者は褒美をもらう。まあ、これは一種の技術革新というか、技術導入だよね」

「ま、まあね」

「そして更に次の村で世話になったクルミ農場主は、たくさんとれたクルミを出荷のために袋に入れようと、フォークでクルミを刺そうとしている」

「そ、それって、あの、藁なんかを刺したりすくったりするのに使う、大きなスコップの先端が尖った奴?」

「いいや、普通のスパゲティ食べるフォークだよ」

「そんなもんでクルミを刺せるわけないじゃん」

「だよね。で、次はクルミを一つ一つフォークで掬おうとするんだけど、コロコロ転がってうまくフォークに乗らない。そこで若者は、クルミの山を両手で掬い、袋の中に投げ入れる。農場主は『すばらしい!』と喜び、若者にごちそうをふるまう」

「あ……」

「若者にとっては常識だったことが、別の世界で教えると称賛されたり感謝されたりする。まさに今の俺たちだ」

「う、うん……」

「でも、その若者は、そういう世界で『俺ってすごい』なんて思わない。『世の中の誰もが馬鹿なことをしていながら、自分ではそれが馬鹿なことだって気付かない』と冷静に分析して、元の村に帰るんだ」

「え、何? じゃあオレたちって、その昔話にディスられてるの? その民話が生まれた時代、何百年も前の人たちから突っ込まれてるってこと?」

「そうは言わないけど、俺はこの世界に来てからずっと、この民話の主人公の若者とおなじ道をたどってたんだな、って、ようやく気付いた」

「そう」


 確かに、エンジンどころか鉄炮もろくに普及してない世界で、たった一人、21世紀の技術と知識を持ったお兄ちゃんが無双できるのは当たり前だ。


「で、でも、じゃあ、なおさらこの世界の価値観に適応して、この世界で生きて行こう、とかは思わないの? 多分淫行条例なんてないこの世界で、誰も持ってない技術と知識を備えたお兄ちゃんなら、JK、JCのハーレム築きまくりじゃん」

注1 「盲人の国」 H・G.・ウェルズ

注2 「世界のほらふき話」(偕成社)


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