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アルカディア建国記 ー女提督は静かに切れる 婚約破棄から始まる独立戦記ー  作者: 尾道 汀
第1章 婚約破棄

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第6話 帰港

第二練習艦隊が帰港した波止場では、下船の喧騒が響いていた。


「筋力上昇のギフト持ちは荷物下ろしを手伝え!」


船上では士官が次々と指示を飛ばしている。


「了解!」


若い船員が人では到底持てないような大きな箱を一人で担ぎ上げる。


「おい、やりすぎんなよ。魔力は有限だぞ」


「わかってますって」


そんなやり取りを横目に、練習生らしき少年が二人、タラップを降りてきた。


「司令官のあれ、すごかったな。スパンカー下したとたんに、追い風がブワッて」


「おう、あれな。すげえよな」


「魔法みたいだったよな。あれ、風魔法じゃねえの?」


「アホ。体外魔法なんてどこの伝説だよ。今の時代にそんなのいるわけねえだろうが。なんかのギフトだろ」


「まあそうなんだろうけどよ。でも小さい頃は憧れたよ。『ファイアーボール!』とか言ってさ」


そう言って少年は立ち止まり、芝居がかったように片手を前へ突き出す。


「まあな。でもお前は魔力があるだけいいよ。俺なんか魔力ゼロだ。生活魔法すら使えねえ」


「そういったって、俺のギフトなんて鼻がちょっと利くだけだぜ。魚が腐りかけてるのはすぐ分かるけど」


「でも生活魔法で火花くらい出せるだろ。陸上訓練じゃ火起こし係だったじゃねえか」


「まあな。焚き火じゃ重宝したぜ」


二人は顔を見合わせて笑った。


「訓練生ども! タラップの前でくっちゃべってんじゃねえ!」


背後から下士官の怒声が飛ぶ。

少年たちはびくりと肩を震わせた。


「さっさと持ち場へ行け!」


「はっ!」


慌てて敬礼すると、二人は駆け足で立ち去っていった。


「申し訳ありません、司令官」


下士官が頭を下げる。


「構わん。久々の陸だ。少しくらい気も緩むさ」


イレーネは穏やかに答えた。


「お帰りなさいませ、司令官」


落ち着いた声に振り向く。


歩み寄ってきた青年は、金色の長髪を後ろで束ね、銀縁の眼鏡を掛けていた。

アレクシオスによく似た翡翠の瞳をしているが、その眼差しはどこか冷たく、物憂げな雰囲気をまとっている。

華やかで人好きのするアレクシオスとは対照的に、文学青年を思わせる静かな佇まいだった。

エウリシア王国第二王子、ニコラスである。

王立学園では、二つ上の先輩だったが、イレーネは、なるべく関わらないようにしていた。


「予定より早いお戻りのようですね。新兵たちが『伝説の風魔法だ』と騒いでいますよ」


岸壁ではまだ興奮冷めやらぬ新兵たちの声があちこちから聞こえてくる。


「で、実際はどのような魔法を?」


イレーネは海へ視線を向けた。

穏やかな波が陽光を受けてきらめき、帆柱の間を潮風が吹き抜けていく。


「天候に恵まれたようです。海ではよくあることです」


少し間を置き、静かに続けた。


「海へ出ると、不思議と、人はありえないことを信じたくなるものです」


「なるほど。私にはわかりませんが」


イレーネの片眉がわずかに上がった。

ニコラスも海へ目を向け、小さく頷いた。

やがてイレーネの視線が自らの船へ移り、目元がわずかに和らいだ。


「まあ、私の船です。この程度はできなくては困ります」


「あなたらしいですね」


ニコラスは感心したように頷く。


「確か、一隻にかかった予算も王国最高額だったようですし。やはり、海軍の船ですから」


イレーネは口の端をぴくりと引きつらせた。


「お褒めいただき、光栄です」


「事実を述べたまでですが」


あまりに真顔で返され、イレーネは小さく息を吐く。

――やはり、この人は苦手だ。


イレーネは曲げた人差し指で眉間を二度ほど軽く小突き、小さく首を振った。

隣に立つ副官へちらりと目を向ける。副官も困ったように苦笑を返した。


「ところでニコラス殿下は、なぜ港に?」


「先日、北の街道で大規模な土砂崩れがありまして」


ニコラスは静かに答えた。


「復旧が遅れており、その影響で海軍向け物資の一部を海路へ振り替える必要が生じ――」


不意に、港に満ちていた喧騒が、ふっと途切れる。

荷を運ぶ兵士たちが手を止め、人々が自然と左右へ分かれていく。

開いた人垣の先から、ゆっくりと二台の馬車が姿を現した。

お読みいただきありがとうございます。

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