第55話 変わらぬ双子への誘い
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二人が席につくと、ほどなく料理と酒が運ばれてきた。
簡素な食堂だったが、湯気の立つ皿が並ぶと、それだけで場の空気がふっと和らいだ。
久しぶりに三人で顔を合わせれば、自然と話は学園時代のことへ戻っていく。
壁の向こうから聞こえてくる兵士たちの笑い声に混じって、ときおり三人の笑い声も重なった。
やがて皿の上の料理が半分ほどなくなった頃、イレーネがマクシムへ目を向けた。
「そういえば、ティアから聞いたけど。最近はずっと、新兵の訓練をやってるんだって?」
「ええ。ほとんど毎日、槍兵の訓練ですよ」
途端に、マクシムの声にわずかな諦めが混じった。
手にしていた黒パンをちぎりながら、指先で卓上に小さな列を作るような仕草をする。
「槍を持たせて、まず並ばせる。隊列を作らせて、前へ進ませて、止める。崩れたらやり直し。最初は真っ直ぐ歩かせるだけでも大変です」
「でも、それなら部隊を動かす練習にはなるんじゃない?」
イレーネが何気なく尋ねると、マクシムはすぐに首を振った。
「僕がやりたいのとは違います」
迷いのない返事だった。
「槍兵は、むしろ動かしすぎちゃ駄目なんです。一番大事なのは隊列を崩さないことですから。敵が来てもどっしり構えて、槍衾を維持する。動くときも、形を崩さずじわじわ動く」
言いながら、マクシムの指先が卓上をゆっくりと進んでいく。
確かに速さとは無縁の動きだった。
「この前なんて、新兵を無理に素早く展開させようとして怒られてましたよ」
ティアが肉を頬張りながら言う。
マクシムはちぎりかけた黒パンを手にしたまま、ティアをにらんだ。
「ティア」
「本当でしょ?」
「できるか試しただけだ」
「槍持たせて?」
「だから無理だって分かったんだよ」
ティアが吹き出す。
マクシムを指さしながら大笑いしている。
イレーネは頬杖をついて、目の前で交わされる二人をほほえましく眺めていた。
昔から、マクシムは頭の中だけで考えて終わる人間ではない。
試せると思えば、とりあえず試してみる。
そして失敗すれば、その理由をまた考える。
からかうティアだってやることは同じだ。
そのあたりが亡き祖父テミストクレスとよく似ていて、イレーネが二人を気に入っている理由の一つでもあった。
「銃兵をまとめて動かしたいって話は、まだ諦めてないんでしょう?」
ティアの笑いが収まったところでイレーネが尋ねると、マクシムの表情が一瞬で真剣なものに切り替わった。
「もちろん」
即答だった。
「でも、試す機会が全然ないんです」
「銃兵隊の方は?」
「空きがありません」
今度は苦々しい返事が返ってくる。
イレーネが首を傾げると、ティアが横から楽しそうに口を挟んだ。
「楽なのよ、あそこ」
「ティア?」
マクシムの声が一段低くなる。
「本当のことでしょ? 嘘は言ってないわ」
ティアはまるで気にしていない。
マクシムも何か言い返しかけたが、結局諦めたように息を吐いた。
王国陸軍の主力は、あくまで槍兵だった。銃兵も存在するが、その数は少なく、部隊そのものが小さい。当然、所属する士官の数も限られる。
「新兵が次々入ってくるわけでもないし、平時は仕事もそこまで多くないんです。だから一度配属された人が、なかなか動きたがらない」
「なるほど。空きが出ないのね」
合点がいったように、頷くイレーネ。
「そういうことです」
「人気なのね、銃兵隊」
「僕が望んでるのとは、ずいぶん違う理由ですけどね」
マクシムが苦笑する。
それでも、と続ける声には、次第に熱が戻ってきた。
「たまに訓練を見に行くことはできるんです。でも、自分で動かせるわけじゃない。僕がやりたいのは、一人一人の銃兵に好きに撃たせることじゃないんです」
卓上に置かれていた指が、今度は素早く動いた。
並べられていたパンくずを、今度はいくつかのまとまりに分け、それを前後にずらしていく。
「ある程度まとまった人数を、一つの部隊として動かす。同じ命令で構えて、撃つ。撃った後に次が続く。できるなら、それを途切れさせずに繰り返す」
学園時代から、何度も聞いた話だった。
だが、昔よりもずっと具体的になっている。
毎日実際の兵士を相手にするようになった分、頭の中にあるものも少しずつ形を持ち始めているのだろう。
言葉の端々に、机上の空論では終わらせないという静かな執念のようなものが感じられた。
「でも今は、槍兵を並べてる」
イレーネがからかうような笑みを浮かべて、茶化す。
「ええ」
マクシムは深いため息をつきながら肩を落とした。
そこへ、ティアもすかさず乗ってくる。
「毎日、それは立派な槍衾を作ってますよ」
その言い方がおかしくて、イレーネは声を上げてまた笑った。
「ティアだって、人のこと言えないだろ」
マクシムがたまらずといった様子で、隣のティアへと矛先を変える。
「私はちゃんと、やりたいことやってるもの」
「毎日大砲を撃つことが?」
「それも仕事よ」
「楽しんでるだけにしか見えないけどな」
「ちゃんと記録取ってるでしょ」
ティアは心外だと言わんばかりに形の良い眉を寄せた。
「装薬量を変えて、仰角を変えて、飛距離を測って。砲の状態だって毎回確認してるし」
「でも、不満はあるんでしょう?」
イレーネが面白そうに尋ねる。
ティアの口が止まった。
肉を刺そうとしていたフォークが、皿の上でぴたりと静止する。
その一瞬の間だけで、これから長くなることをイレーネもマクシムも悟った。
「……ありますよ」
「やっぱり」
「砲だけ揃えて、それで終わりみたいになってるところとか」
「砲だけ?」
ティアはカチャリと音を立ててフォークを置いた。
話が自分の得意分野へ移った途端、顔つきが変わる。
「王国軍だって、砲の種類や口径をある程度揃えようとはしてるんです。でも、それだけなんですよ」
白く細い指を一本立てる。
「砲架」
もう一本。
「車輪。車軸。前車。弾薬車。整備工具」
次々と指が増えていく。
片手では足りず、とうとう両手をイレーネの前へ突き出し、不満を数え上げていく。
それでも足りないとばかりに、ついには勢い余って机に両手を突いた。
バンッ!
衝撃で料理皿は音を立て、グラスが倒れそうになるのを慌ててマクシムが持ち上げる。
イレーネはといえば、慣れたもので、気づけば左手に皿、右手にグラスを持って避難させていた。
長年の付き合いで培われた、見事な回避の手際だった。
「同じ種類の砲でも、作った工廠や時期が違えば細かいところが違う。砲架が壊れても、別の砲のものを持ってきてそのまま交換できないことがある。車輪だってそうです。壊れたら、どこの工廠でいつ作ったものなのか確認して、それに合う部品を探さなきゃならない。戦場でそんなことやってる暇なんてないでしょう?」
「それはずいぶんと面倒ね」
「でしょう? やっぱり先輩は分かってくれる!」
ようやく真の理解者に再会できたとばかりに、ティアは半ば腰を浮かせてテーブルに身を乗り出し、イレーネに迫る。
「だったら、最初からそこまですべての規格を揃えればいいんですよ。同じ種類の砲なら、同じ砲架を使う。同じ車輪を使う。壊れたら戦場に予備を持ってきて、そのまま交換できるようにする。予備部品だって何種類も用意しなくて済むし、運ぶ側も間違えにくくなるでしょう?」
「工具も?」
「もちろんです。工具も、交換する部品も、全部共通にするんです。何で同じ軍隊の中で、あれにはこれ、こっちには別のものって、いちいち兵士が覚えなきゃならないんですか。作る側だって、同じものをまとめて作った方が楽でしょうし。非効率過ぎます!」
言い切ったところで、ティアはようやく自分が半ば立ち上がっていたことに気づいたらしい。
頬を赤めながら座り直すと、頬杖をついてそっぽを向いた。
マクシムがグラスを傾けながら、呆れたようにティアを見る。
「ティアは、本当に何でも同じにしたがるな」
「同じ軍隊で使うんだから、同じでいいでしょう?」
「兵器は兵器だ。人間とは違う」
「あなたが毎日やってる新兵訓練だって、兵士を同じように動かすためのものでしょ?」
マクシムが一瞬、完全に言葉に詰まった。
ティアはすかさず、勝ち誇ったようにその顔を指差す。
「ほら」
「……それとこれとは違う」
「どこが?」
「兵士を同じ人間にしてるわけじゃない。命令に対して同じ動きができるようにしてるんだ」
「だから同じじゃない」
「違う」
「同じよ」
「違う」
また始まった。
何度目のやり取りなのか、もはや二人とも数えていないのだろう。
イレーネは冷えた果実酒が注がれた杯を手にしたまま、二人の間を行き交う言葉を楽しそうに聞いていた。
学園の食堂でも、こんな光景を何度も見た覚えがある。
マクシムが考えているのは、人だった。
一人一人違う背景を持つ兵士を訓練し、同じ命令で動かし、一つの部隊として大きな力を発揮させる。
ティアが考えているのは、物だった。
砲も、砲架も、車輪も、その周囲にある道具まできっちり整理して、一つの無駄のない仕組みとして機能させる。
見ているものは違う。
けれど二人とも、ばらばらに存在するものを、きちんと組み合わせて動かしたがっている点では同じだった。
昔から、そういうところはよく似ていた。
そして昔と同じように、本人たちはそのことに全く気づいていないらしい。
イレーネは、いつになっても変わらぬ二人の情熱に、漠然とした頼もしさを感じながら、杯を口元へ運んだ。
「ねえ、二人とも」
それまで熱心に言い争っていた双子が、ほぼ同時にイレーネを見る。
「それ、アルカディアでやってみない?」
「……え?」
一瞬イレーネが何を言い出したのか分からず、双子の声が寸分違わず綺麗に重なる。
双子ならではの絶妙な同調に、思わず愉快な気分になりながらイレーネは続けた。
「マクシムは、自分で銃兵を集めて、好きなように訓練してみればいい」
マクシムの表情が驚きで固まる。
「ティアは、砲だけじゃなくて、砲架も車輪も工具も、あなたが必要だと思うところまで全部揃えてみればいいわ」
今度はティアまで言葉を失った。
イレーネはおもむろに杯を置く。
「二人がさっきからやりたいって言ってること、うちなら試せるわよ。うちの状況、詳しく話してないけど、もう薄々知ってるんでしょ。うちが黙って手をこまねいてる家じゃないって分かってるでしょ? もちろん、すべてが思い通りになるとは約束できないけど、アルカディアなら今よりはずっと自由に試すことができる。それだけは約束するわ」
双子にとって、それはまるで魔女の囁きだった。
先ほどまで言い争いの絶えなかった卓が、初めて静かになった。
壁の向こうから兵士たちの粗野な笑い声だけが聞こえてくる。
イレーネは当然返事を急かさなかった。
何事もなかったように再び杯を取り上げ、果実酒をひと口含む。
二人を交互に眺める琥珀の瞳だけが、酒精のためか妙に妖しく、楽しそうだった。




