第22話 帰宅
鉄柵の門がゆっくりと開く。
その向こうに、白い石造りの屋敷が夜の始まりの中に浮かんでいた。
華美な装飾はなく、前庭もよく手入れされてはいるが、飾り気はない。
玄関にはすでに魔晶灯がともり、その暖かな光が前庭へ柔らかくこぼれている。
馬車はその明かりへと進み、やがて玄関前で静かに止まった。
扉が開くより先に、数人の家人が明かりの下へ姿を見せた。
その先頭に立つ男を見て、イレーネのどこか張りつめていた表情が、わずかに緩んだ。
四十を少し過ぎたくらいだろうか。
きっちりと整えられた服装に、落ち着いた佇まい。目立つところは何ひとつないのに、不思議とその場の中心に見える男だった。
王都邸を預かる執事、パウロである。
馬車を降りたイレーネに、パウロがいつもと変わらぬ調子で頭を下げた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
つい先ほどまで、軍港では司令官と呼ばれ、王宮では国王と向き合っていた。
だが、この屋敷では違う。
「ただいま、パウロ」
イレーネは差し出された手に荷物を預けた。
「ありがとう」
「いえ」
それだけだった。
婚約を破棄されたことも、第二練習艦隊の解隊が決まったことも、パウロは何も尋ねない。
玄関をくぐる。見慣れた広間。磨き込まれた大理石の床。壁に掛けられた精緻な海図と、波しぶきをあげるアルカディアの海を描いた古い風景画。
王都にありながら、ここだけは故郷の、どこか少し塩気の含んだ匂いがするようだ。
イレーネは歩きながら尋ねた。
「話は聞いている?」
「はい。委細、承知しております」
「アルカディアには?」
「僭越ながら、すでに高速船を手配いたしました。当主様には、こちらから一報を入れております」
イレーネがピタリと足を止めた。
振り返ると、パウロは何事もなかったような顔をして立っている。
その眼差しにはいささかの動揺もない。
「早いわね」
「この程度は」
「そうだったわね」
小さく笑って、再び歩き出す。
その後ろを数歩離れてついてきたパウロが、不意に口を開いた。
「イレーネ様」
「何?」
「お怒りですか?」
イレーネは前を向いたまま、低く冷めた声で答えた。
「かなりね」
「左様でございますか」
それ以上、パウロは何も聞かなかった。
ただ主人の後について静かに足音を響かせる。
階段へ向かいながら、イレーネは窮屈そうに軍服の襟元に指をかけた。
「着替えを用意して」
「すでにお部屋に」
「さすがね」
階段を数段上ったところで、イレーネが振り返る。
その琥珀色の瞳には、先ほどまでとは違う強い光が戻っていた。
「それから、パウロ」
「はい」
「話があるわ。手の空いている者を集めて」
パウロは一礼する。
「承知いたしました」
イレーネは再び階段を上り始めた。その足取りは、先ほどよりもずっと力強かった。
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