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アルカディア建国記 ー女提督は静かに切れる 婚約破棄から始まる独立戦記ー  作者: 尾道 汀
第1章 婚約破棄

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第12話 相容れないもの

「……それで、ほかに何か心残りはあるか?」


王は場を和ますように、穏やかに、そして、ゆっくりと問いかける。

イレーネは少し考えてから、意を決したように答える。


「一つだけございます」


「申してみよ」


「艦隊運動の教練です」


王が意外そうに眉を上げた。


「商船、哨戒艦、旧式のキャラック……艦種が揃いませんでした」


幾分後悔がにじむのか、いつもと違いイレーネの口調に力強さがない。

妥協せざるを得なかったことに、純粋な口惜しさが滲んでいた。


「それほど違うものか」


「はい」


イレーネは静かに答えた。


「同じ命令でも、回頭する速さも、風を受ける角度も違います。同型艦が揃わなければ、本当の艦隊運動は教えられません」


「第二練習艦隊のガレオンなら違うのか」


アレクシオスが冷ややかに割って入る。王によく似たその翡翠の瞳の奥底には「あんな新型など」と、誰にも気づかれない静かな苛立ちがあった。


「はい」


イレーネは右へ顔を向け、アレクシオスを見る。緊張しているのか、その表情がわずかに固くなる。しかし、その琥珀の瞳には、こと海に関しては譲れない思いが宿る。


「同じ速力、同じ旋回性能を持つ艦であれば、一つの生き物のように動かせます」


「スーパーキャラックでは駄目なのか」


「駄目ではございません」


イレーネは首を横に振る。


「ですが、船首楼と船尾楼が高く、船ごとの差も大きい。艦隊として機動するなら、低く軽いガレオンの方がはるかに優れています」


「なれば、白兵戦ならどうする、提督。キャラックの方が遙かに多くの水兵を運べるのではないか? いくら機動が速かろうが接舷したら無意味ではないか?」


なおも追求するアレクシオス。その声音には、わずかな嘲りが混じっていた。伝統的な海戦へのこだわりがうかがえる。


「たしかに、接舷されれば水兵の数がものをいいます。ですが、私がお伝えしたいのは戦術として――」


イレーネは必死に説明しようとするも――


「二人とも、そこまでにしなさい」


王は静かに止める。病身のため、その声は決して大きくはないが、いまだ王としての風格がこもっていた。互いに譲る気のない二人を見比べ、王は困ったように微笑む。


「アレクシオス。何度も話し合ったゆえ、そなたの思いはよくわかっておる。だが、イレーネのいうこともよく聞いてほしいのだ」


王はやさしくたしなめる。だが、アレクシオスの胸中には、ここ数年積み重なってきた不満が黒く渦巻いていた。感情を抑えきれなかったのか、両腕を大きく広げた。


「だいたい父上はイレーネに甘すぎるのです。我が海軍は外洋技術などなくとも十分精強ではないですか。セルカーン帝国とて、我が国を脅かすほどではありません。父上の心配は杞憂に過ぎません」


「もうよい。もうよい。落ち着きなさい、アレクシオス。この話はまた後にしよう」


そのとき――


ゴホッ。

ゴホッゴホッ。

王が突如、胸元を抑え、激しく咳き込んだ。


「陛下!」


グレゴリは即座に寝台へ駆け寄ると、間髪入れず扉に向かって叫んだ。


「衛兵!」


扉が開き、外で警護に当たっていた近衛騎士が室内へ踏み込む。


「至急、侍医をお呼びしろ!」


グレゴリの鋭い命令に、近衛騎士は一礼すると、急いで部屋を飛び出していった

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