第8話 悪友
その翌日、俺は気怠い足取りで大学に向かった。
時刻は11:30。2限講義はもう既に始まっている上、1限講義に関しては終わっていた。
…まぁどちらとも単位取得の条件が2/3出席することが前提となっていたので、そもそも今日出るつもりは更々なかったわけだが。
期末で9割ほど取れば出席の不備も帳消しになるだろう。
「おっはー。シーズンパス今レベルどんくらい?」
デイリー消化を中庭でこなしていると、見知った馬鹿面が歩いてきた。
「…350。お前は?」
「俺も同じ。シンクロニシティしてる」
相変わらず訳わからない事を駄弁りながら斎藤は向かいのベンチにドカリと座った。本当にコイツの壊滅的な礼儀作法はどうにかならないものだろうか。所作の1つ1つに知性が感じられない。
「あーそういえば、昨日どうだった?」
「昨日?」
「いや、例のマルチというかなんというか、ネズミ講?」
「あぁ…あれね」
喜べ原。お前の企画の認知度はそれなりにはあったぞ。少なくともこんなアホでも忘れてはなかった。
「ひと言で言うならクソ、二言ならゴミカスだな」
「へぇー、やっぱり?俺が見にいった時なんか幼稚園児の延長線みたいなことしてたしね」
「は!?お前見てたのか!?」
俺はあの痴態をコイツに見られていたのか?
それも1番弱みを握らせたくないこの阿呆に、あんな痴呆老人のボケ防止みたいなお遊戯を?
「いやぁ、面白いことしてんなぁって」
「…その"面白いこと"って俺が地獄にぶち込まれた状況に対してなのか、良い年した奴らがトランプをしてることに対してなのかどっちだ?」
「あっ、あれトランプだったのか。他の人のカード見てる奴がいたから、なんかチーム戦のカードゲームかと思ってた」
俺すら途中から自分が何をしてるのか分からなくなってたのでまぁ…側から見たらそう思うのも無理はない。
「やったのはババ抜きだったけど、はっきり言ってあんなのはもう…こう、なんていうか…」
「地獄?」
「…いや拷問だな。豚箱以下。いや未満」
「酷ぇこと言うねぇ」
「事実だからな。昨今の刑務所の方がまだあんな羞恥を味わうこともないと思う」
何ならコイツみたいに見物しにくる奴もいるのだから、見せ物小屋と言った方が的確だろう。
「てかお前何で観にきたんだよ。暇人か?」
「いやいや山内、お前節穴だな」
「…は?」
「あの掲示板の張り紙を見たんだろ?」
斎藤は銃の形を模した手の銃口部分を顳顬辺り当てた。
「それがどうした」
「あれ、よーく見たら途中参加okだと」
「…おいまさか入るのかよ?」
「あーんなとこ入る訳ないだろ?いや、可能性はあるかもな」
「いや絶対にやめとけ」
気が付けば俺は立ち上がって斎藤の両肩を掴んでいた。そんな珍風景を道行く奴等が何事かと怪訝な表情で見つめた。
「…いや、うん、冗談、ジョーク。…何でそんな必死なんだよ」
「純粋な善意だ。あそこはダメだホント。クズしかいない。最も人間として終わってるクズしか」
今まで多種多様なクズを目にしてきたが、今回のはベクトルが違う。度合いも絵面的な醜悪さも過去最低レベルだ。
「まぁ、そこまで言われたら行かないけどな。ただそもそも山内があそこに入ったのって─」
「人材発掘だ」
「…だよな?ならいるんじゃないか?まともな奴」
「"まとも"、ね」
今のところまともそうな奴は2人、島野と倉井、それとまだ話してはいないが川村だろうか。
だが島野に関しては倉井と比較して、会話の語彙力が無い観点から単純に知力が不安だ。川村は未知数だが、自己紹介時は蚊の羽音並みの声量だったので、あまり期待は出来なそうだ。
あとの3匹は眼中にない。
「あー…いるにはいるな、1人。にしてもあの環境がデバフをかけてる可能性があるから確信がない」
「ミイラ取りがミイラになる、みたいに終わってる頃にはソイツもクズになってるかもな」
「…いや、それは無いと思う」
"ぶっちぎり過去最低"と断言出来ないのは、辛うじて知能と人間性を保っている倉井が参加しているからだ。アイツがいなければ今回のトランプ企画にしろ、前回の自己紹介も間違いなく破綻していた。
あの中で倉井だけは他とは違う。確実に。アイツは他とは違う感じの遠くを見ているようだった。
「あ、そういえば午後の微積あれだってさ。来週テスト」
「あぁさっきメール来てたな。余裕?」
「満点はくだらないな」
いいね、のポーズで斎藤は親指を立てた。
「まぁあんなの公式暗記で普通に8割取れるし案外あり得るかもな、お前が100%取れるのも。てか来週テストなら別に今日出なくて良くない?」
そう言うと斎藤は親指を下に向けた。
「テスト前の振り返りとかあると思うんだが?行っといた方がいいだろ」
「なら尚更だろ。どうせ講義資料サイトにアップされてんだし。まぁお前は留年不安なら出ればいいけど」
「…なら俺もいいわ。てか昼飯買ってくる」
斎藤はそのままコンビニのある校舎に走っていった。途中、落ち葉につまづいて転げそうに なった。
そんな間抜けな後ろ姿を見ながら俺は思う。
少なくとも斎藤に心配されるほど、俺の知力は低くは無い。科全体でなら1桁には食い込むレベルにはいる。
というか、こんな底辺に塗れた所でつまづく方が難しい。
だからこそ
だからこそだ。
こんな仲間集めに手こずっている暇など俺には無い。
数少ないまともな奴らを迎合しに行く。
当然、互いに課題を共有したりすることもあるが、それは副産物だ。
本当の目的は才能や僅かに残った知性を潰さない、お互いに保護し合うためだ。
この大学においてまともに物事を考えて行動する奴など絶滅危惧種だ。正気で無い人間、いや人かどうかも怪しい奴とは共にいては、そんな希望の芽は簡単に踏み潰されてしまう。
だから斎藤、もうじき俺はお前のおもりをしてやれなくなる。
「あの会に入るな」というのは、俺の気まぐれな優しさだ。




