第7話 スクリーミングとお遊戯会
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次の水曜、俺は例の会議室の前にいた。果たして入るべきなのかどうかをかれこれ5分は考えている。
開ければ見果てぬ世界、良き友人に巡り会えると思っていた扉は、今やダンテの地獄門にしか見えない。
この先に踏み込めば他と同様に無脳、或いはクズの烙印を押されてしまうのではないか?
そんな畏怖が脚に絡み付くようにして歩みを阻んでいる。
「クッソ…」
2つ、苛つくことがあった。
1つは何故ここに来る奴らは揃いも揃って選りすぐりのクズなのか。
2つは何故俺はここが"そういう奴ら"が集う場所だと見抜けなかったのか、だ。
まずあんな安っぽい哲学風の甘言に見事言い負かされてしまったのは、自分の恥じるべき失態だ。マルチの不安よりもっと考えなければならない地雷があったのにそれを見落としていた。
更にあの時に藤田に邂逅してしまったのも良くなかった。あんなボンクラに友人的な人間がいる事自体信じ難いのだが、まさか俺の呼び掛けをスルーするとは。
…誰が始業式でぼっちのお前に話しかけてやったと思ってるんだよ。
「あのー」
「うわっ」
悶々と悩んでいたとき、背後から声が聞こえ反射的に声が出る。
「あぁすみません。ここに参加して…ましたよね?」
その茶髪の男は扉に手をかけながらそう言った。
「えっ、あはい。そうですけど」
「入らないんですか?」
「あ…はい、入ります」
促されるがまま、俺は会議室へと入る。茶髪男も俺に続いた。
部屋内には先週同様に、佐々木が縮こまったように座っていたり、石塚がヘッドフォンを被りながらゲームをしていたりと、見慣れたくない風景があった。
「いやぁ今日2回目、何やるんでしょうね」
「あ、はは…何するんでしょうね…」
この茶髪男は話を振ってくるが、俺はそのトークテンポに適応することができない。
見知らぬ人間との会話の出だしは大概○○さんから始まるのが定型だろう。だが俺はコイツの名前をそもそも知らないので、自らのタイミングで会話を仕掛けられないのだ。
「あ、すいません。俺倉井っていいます」
そんな状態を察したのか、茶髪男改め倉井は自己紹介をした。この会にまだまともに会話ができる人間が存在したのには素直に驚きだ。
「…あ、山内です」
「山内さんですね、オッケー。あ、全然俺タメで大丈夫だから。ラフに行きましょ」
そう言って倉井はシニカルな笑みを浮かべた。口調からチャラさと軽薄さが漏れ出ているが、すらすらと流動的な会話のテンポが心地いい。
「倉井さんは…なんでこの会に?」
「あー俺?掲示板に貼ってあったからさぁ、なんとなくって感じ。そんな大層な理由とかは全く」
大層な理由である必要はない。寧ろ大層な理由をこの会に求めていては困る。こんな馬鹿げた企画を拠り所にしている人間など確実に知れている。
もしかすると、"こっち"か?コイツは。
「─えっ、じゃあGPA学年で1桁だったんですか?」
「ええ。ゆくゆくは大学院行くかもしれないですね。うちの大学やっぱほら、施設は綺麗じゃないすか」
世間話を軽くしていくうちに、やはり俺は他5人とは違った雰囲気が倉井にあることを確信した。この絶望的なアホとクズが集う大学から、更に濃度の濃いクズを凝縮して集めた場所にいるにも限らず、社交性は高く話し方には知性がある。この短時間ではっきりと、倉井がこの場所にわざわざ出向いた理由が判明した。
倉井も求めているのだろう。俺と同じように健常者を。
「あ、どうもーこんにちはー」
田舎の農家のようなのったりとした喋りで原が地獄の門から顔を覗かせた。
「あ、どうも」
「…ども」
そんな原に続き、3人が会議室に入ってくる。岡部とあと他2人は根暗女の島野…もう1人の奴は誰だったか。
「はい、じゃあ揃い…ましたかね!」
全員が着席したのを見て、原はパンッと手を叩いた。
「さて、今日はね、あるゲームの方を、やってもらおうかなーと思います」
"ゲーム"
ここで俺は自分の頭の知能を斎藤レベルにまで落としておくことにした。
そうでないと発狂しかねないからだ。
原はニヤニヤと笑みを浮かべながらテーブル中央にあるものを2つ置いた。
「えー、はい。じゃあね、今から親睦を深めるためにババ抜きをしてもらおうと思います!」
ほらな。
さっきお前がカバンからジョーカーみたいな絵柄の小箱を取り出すのが見えてたんだよ。
いや、危なかった。事前予告無しにこんなの言われたら、頭がホントにどうかしてしまうところだった。
「じゃあ、そこと…そこで丁度半分になって。はい、じゃ私はこっち側に入りましょうかね」
グループ分けは俺の方に佐々木、謎の女子、そして原。向こうは島野と岡部、倉井と石塚で分かれることになった。
始まる前からもう既にババを引いた気分だ。
「じゃあ私、カード切りますねー」
原は手際良くトランプをシャッフルしていく。その慣れた手付きはこの会が何度も行われているのを遠回しに伝えているようだった。
「はぁーいどうぞー」
カードを1枚1枚丁寧に渡していく原。その姿が前にテレビでやっていた老人ホームの介護職員の姿に重なる。となると俺らは痴呆老人か?
ていうか、どうせならお前が岡部石塚佐々木の子守りをしろよ。せめて人間と人間じゃない奴は分類したほうがいいだろ。
カード配りはまだかかりそうだったので、倉井のいるグループに視線を移す。石塚の前にカードが配られていないことを除けば、向こうは楽しそうに見えた。
「じゃあ、私からね、えー時計回りに行きましょうかね」
漸くカードを配り終えたようで、原が佐々木からカードを引く、いや捲る。というのも佐々木はそもそもカードを持たず、机の1点をただ見つめているだけだからだ。
「佐々木くーん、島野さんのカードの方を…ねっ」
原に諭されて佐々木は漸く身体を僅かに動かした。だが、手は相変わらず机の下から出さずに高速で相槌を打つだけだ。
「あっ…じゃあ私が代わりに引こうかな。島野さんごめんねー」
「いえ……全然、大丈夫です…」
島野、と呼ばれた男は戸惑いながらも肯定した。酷い善の押し売りを俺は見た。
目を隠しながら原は佐々木の代わりにカードを引き、本人の前にそっと置く。
「はい…じゃあ…引きますね…」
島野はか細い声で俺からカードを引く。どうやら揃ったらしく中央に2枚置いた。
そうして俺の手番になった。
「んんー」
気色の悪い染み付いたような笑みが、俺の中にこびり付いた不快感を増幅させる。
今すぐにここから解放されたい。
その一心で俺はカードを引いた。
「はいじゃあ今日はですね、時間もそろそろ押してるので、この辺で解散にしましょうかねー」
陽が殆ど落ち掛け、街灯の輪郭が窓から見え始めた頃。俺は1時間のお遊戯会を終えて漸く解放された。
結局あのババ抜きは何の悪戯か、5回のうち4回は佐々木が持っており、殆どが成立しなかった。更にうち1回に限っても、佐々木がババを引いたのか、途中からフリーズしてしまい、代理で原が請け負う形で収束した。
各々が帰り支度をして部屋を出ていく。俺はこのタイミングで倉井に話しかけるつもりだったが、当の本人は川村と談笑している。
待っていても仕方がないので、俺も別の奴と親睦を深めることにした。
「あ…あのー」
部屋を丁度出ていくところだった島野を俺は捕まえて話しかける。
「…はい?」
「すいません、あのー…少し話しません?」
「あぁ…はい。いいですよ」
島野は特段悩むわけでもなく了承し、廊下を歩きながら雑談を始めた。
「島野さんはそのー、何でこの会に?」
「俺…はですね、その、あんまり友人とかがいないので何かきっかけ作り…ですね」
「あぁ、なるほど…」
島野は苦笑いのようなぎこちない笑みを浮かべながら言う。
「あー…」
会話の火を絶やぬよう感嘆詞を引き伸ばしながら間を稼ぐ。島野というこの男は、長い前髪と俺より1頭分ほど小さい背丈に加えて掠れ声という、佐々木同様に陰鬱な雰囲気があった。
だからこそ俺は、島野が中と外でギャップのある人間だと賭けていた。その手の乖離が激しいヤツには、ほぼ確実に希少価値の高いに潜在的な才能があると思ってい"た"からだ。
たった今その考えを改めることにしよう。
外が先に形成されるのではなく、中が先に形成された結果、外もこんな醜悪になるのだ。
つまり、大学生にもなってこんな根暗な姿の人間は、十中八九まともなワケがないということだ。
「えっと、山内さんって何か趣味とかありますか?」
十数秒ほどの沈黙の後、漸く島野が口を開く。見切りをつけたあとなので今更話すことなどもはや無い。用済みだ。
「あー…いや…特には。島野さんは?」
「俺は結構ゲームやってますね。fpsとかRPG系…あとソシャゲもそれなりに。やったことあります?」
聞き馴染みのある単語がある程度出てきた。もう少し相手してやるか。
「あぁ、うん。結構ある、かな」
「えっ何のゲームを?」
「…○○○とか×××とかも」
「あ、それ自分もやってたりしますよ!」
島野がテンションのギアを1段階上げる。
PCで"とりあえずプレイ人口の多いゲーム"を渡り歩いていていたが、その話題に見事食いついたらしい。
「参考までにランクとか聞いても…?」
「プラ1。そっちは?」
「あっ、俺はア…イアンです」
「は?なんて?」
「あー…アイアンですアイアン!まだ始めたばっかりで」
聞き返すと島野は恥ずかしげもなく最底辺ランクと自称した。
ゲームも現実も揃って底辺。
ここの連中には恥という感情がないんだろうか?
「もしよかったらランク上げ手伝おうか?アイアンとか1時間あれば抜けれるし」
「あー…ほんとですか?俺ホントに弱いですけど…」
謙遜ではなく本当に弱いのだろう。つくづく惨めな奴だと憐れみと軽蔑を交えて思う。
「あぁ、じゃあライン交換…しといたほうがいいんじゃない?」
「あっ…あー、はい。じゃあ…」
島野は少し声のトーンを下げながら承諾する。
「すいません、じゃあ俺このあと予定あるんで…」
「あ…はい…また……来週」
コードを読み取ると、島野の早足でその場を去っていった。最後まで陰鬱、いやテンションの上がり下がり激しいせいで躁鬱にも見えた。
そうして俺は大学生活で3人目の連絡先を手に入れた。が、正直言って全く嬉しくはない。




