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第6話 弱者救済企画

「へぇー、おもろ」


 列車内で斎藤が手を叩きながら笑う。乗客は殆ど乗っていないのは幸運だった。こんな馬鹿と一括りにされては困る。


「お前話聞いてたか?」

「聞いてた上で言ってる。側から見たら面白いな。当事者からしたらまぁ最悪だろうが」


 悔しいが、斎藤の言っていることは正論だ。実際斎藤に話している時は客観的に見ることができていたので、地獄に打ち込まれた人間のレポートとして見れば笑い話だろう。


「でその後は?」

「別に何もねぇよ。ただ全員で自己紹介して終わり。まぁそれも酷かったけど」

「だろうな。まともに話せた奴何人いたよ?」

「…3人。後から来た奴等はマシだった。元々いた奴らはなんていうかな……ちょっと、ズレてた」


 差別用語になり得る言葉が口の隙間から漏れかけたので濁しておく。思い返せば本当に酷かった。


 途中からやってきたあの3人のうち2人は、何を言ってるのか聞き取れないほどの小声だった。それでもまだ、体裁は整っていた。



 4人目の佐々木の自己紹介はただただ沈黙の時間が続いた。身体をゴソゴソと僅かに揺らすだけで一切喋らない。最終的に原が肩を添えながら、腹話術の様に代弁するという形で、佐々木の自己紹介というか原の他己紹介は終わった。


 その状況を理解しきる前に次、腐女子岡部の自己紹介は始まった。佐々木と違いまだ会話は出来るだろうから、と謎の安堵感に浸っていた最中、痙攣した様な口調により早速その安寧がぶち壊された。

 始まるなり、岡部は先程の一本調子の喋り方を更に悪化させ、もはや喋るというより詠唱していると表現した方が的確なレベルで話し始めた。


 結局、原が強制的に止めるまで、岡部の高速詠唱は続いた。



 そんな下がりに下がった自己紹介のハードルだったが、まさかこれを潜るなんてことはないだろう、と俺は石塚に期待した。


 …だって前2人より酷いとかもうそれはアレだろ。底辺とかそういう枠組みの外で…人として欠落してるとかの話になってしまう。



 なぁ石塚。


 お前なんでこの時にイヤホン付けて、スマホいじくってんだよ。


 原のあの顔見てみろよ。呆れというか幻滅というか、もう可哀想な奴を見る目だろ。


 頼むから何か喋れよ石塚。

 でなきゃお前みたいなのがいる会に同席してる俺まで頭がおかしい奴みたいになるだろうが。



 そんな懇願虚しく、結局石塚は何も話すことも反応することもなく、そのまま自己紹介を終えた。


 要は「自己探究の会」とは名ばかりのメンタル弱者救済企画だったわけだ。







「ほんと、これが現代式人間失格かと見せつけられたわ。多分芥川龍之介水底で泣いてるぞ」

「太宰じゃなかったっけ?人間失格」

「それ羅生門だろ。てか文学ほぼ興味ねぇわ」

「じゃ調べてみよ」

「…お前変なとこでマメだよな」

「似たようなもんだろ。お、山内合ってるじゃん。人間失格芥川龍之介だって。おめでとー」


 今年1どうでもいいクイズに正解し、斎藤から褒めちぎられながら俺は今日を追想する。


 いや、追想するまでもないか。

 総じて終わってた。以上。ただそれだけ。


「まっ、今日で色々と分かったわ。費用対効果にしては得られたもんがしょぼ過ぎな気がするけど」

「へぇ人間失格の著者?」

「違う。屑にも色んな種類がいるんだなって。能動的なクズとか無能なクズやら」

「能無しか」

「能無しというか脳味噌無しだな。思考放棄してるタイプのクズだ」

「あ、クズと言えば俺も1人知ってる」


 斎藤は指をピンと立てたと思いきや

 その指をそのまま俺に向けた。


「…指へし折ってやろうか?」

「同志よ」

「同類にすんな」

「同じ人類だろ?」

「違う人間だろ」

「なら人同士仲良くしような。フレンドリーに」

「フレンドリーファイアオンになってる?」


 そんな与太話をしているうちに自宅の最寄りの駅に着いた。


「じゃあ俺ここで降りるわ…って斎藤もここだったな」

「だなも」


 斎藤の家もここから近いらしいが、俺はアイツの家に行ったことは一度もない。逆はよくあるが。

 程なくして列車の揺れが収まり、最寄り駅に着いていた。


「じゃあ、またな」

「あー、そういえば山内」


 ホームの階段を降りようとした所、斎藤が引き留めた。


「なんだよ」

「人間失格の著者は芥川龍之介なんだよ」

「さっき聞いたわ。だからなんだ」

「…いいや?それだけ」


 意味不明なことを言い、斎藤は連絡橋に繋がる方へと歩いていった。


 姿が見えなくなった後、俺は不思議な歯痒さを覚えてスマホで検索をした。


「いや…太宰じゃん。なんだよアイツ」


 嘆息と共に愚痴を溢していると丁度通知が来た。


『インキャさんチッスチッスw』


 そういえば今朝どこぞの動画にコメントを打った事をすっかり忘れていた。

 アプリを開いて通知欄に目をやると、俺宛のバリエーション豊かな罵詈雑言が並んでいる。


『暇なん?』

『誰も聞いてねぇよカス』

『いるよなーこういうスカしてる奴』

『おもんなくて草』


 よくもまぁ揃いも揃って見ず知らずの人間にこんな心無い事を発信できたものだ、とつくづく思いながら俺はスクロールをしていく。


『1人だよね、こういう人って』


 その中に1つあったコメントに目が留まった。



 1人。


 いや、少なくとも1人ではない。


 知能に差があると言えど、斎藤は大体寄ってくる上、藤田もまだ繋がってはいる。


 ただ自身に釣り合う人間がいない、というならこのコメントは核心を突いているのかもしれない。


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