第5話 生徒相談室-"自己探究の会"
10/23
1週間後、水曜。
俺はある会議室の前に立っていた。
ドアノブを回して早く入るべきなのは分かってはいたが、自分の内側が色々と渋滞している
…いや、逆か。
あまりにも自分の中に何も無い。余白まみれだからこそ、唐突な事象に対応できるネタが無い。
故に俺は今武者震いをしていた。この先にいる奴等の顔を見てはいないにも関わらず。
そしてその緊迫感に比例するように、大き期待を持っている自分がいるのもまた解せん話だ。
井戸端会議を会議室前で済ませたところで、俺はドアノブを捻る。
さて、品定めと行こう。
「あー分かった当てるわ。"誰もいなかった"。違う?」
「違う。全く違う」
バスを待ちながら斎藤が話の展開を勝手に予想し始める。前に並んでいた目付きの悪い学生が、その戯言をこれ以上耳にしたくないと言わんばかりにイヤホンを耳に押し込んだ。
「あーじゃあ…」
「そんなんじゃなかったんだよ。全然。人はいた」
「なんだよいたのか。ならよかったじゃん」
「よくないからこうしてお前に経緯を話してやってんだよ。吉報をこんな陰鬱に話す奴がいるか?」
「え、何、唐突に自虐するじゃんチー牛さん」
「チー牛俺人生で一度も食ったことないからな?…まぁとにかく、良くなかった。想像より遥かに」
それが初回の自己探究の会の感想だった。
「何が良くなかったんだよ具体的に。あ、待て今回は分かった。…全員金髪だとか?」
「もういいわ。一から話す」
「お、よろしく」
恐らく月末まで放っておいても当たらなさそうな斎藤の予想に逐一反応するのにもそろそろ疲れてきたので、全貌を話すことにした。
扉を開けると、会議室の中には中央に長机が2つ置かれており、その周りを囲う様に椅子が置かれていた。10分前と余裕をもって来たが、部屋内には既に4人の人間が集まっている。
そのうち1人、白髪混じりの中年の女性が俺に気が付いたのか距離を詰めて来た。
「あっ自己探究の会の人、ですかね?」
「…はい。そうです」
「参加の方ありがとうございます。私はこの会の担当をさせて頂く原といいます」
「…山内です」
「じゃあ山内君、こっちに名簿の方と、このカードの方に名前をお願いしても…大丈夫ですかね?」
そう言われて名簿表に俺はチェックを打つ。見る限りこの会の参加者は俺を含め計7人。もう少しいてもよかったが、多過ぎて個人の存在感が薄れてしまうのなら、少ない方がマシだ。友人が100人と親友が10人なら断然後者の方が有用だろう。量より質だ。
名前を書き終えると、原は透明の名札入れの様なケースを差し出した。
「あっ読み仮名の方も書いてもらっても…いいですかね?」
「…すんません」
この原という人間は先程からやたらと低姿勢で要求をしてくる。顔を見れば判る話だが、この手の奴は大体目を細くしながら量産型の笑みを浮かべているのだ。それが憐憫の情を他者に与えることが仕事、と隠す気がないのがどうにもいけすかない。
「あっじゃあ、あの…好きな席にねっ、座ってもらって」
原に促されるがまま俺は長机の周りの椅子に座る。課題はここからだ。今この場にいる参加者は3人。ここから俺と同じ価値観を持っている奴を見抜く必要がある。
その為にはまず、軽い世間話でも振って様子を伺うことにした。
1人目の奴は外見としてはお手本の様な根暗だった。インフルのシーズンはまだ早いがマスクを付けていて、謎にパーマのかかった前髪に隠れて見辛いが眼鏡もかけている。そんな根暗スターターセットみたいなのが虚な目で座りながらぼーっとしていると、まるで他者との隔てりを敢えて自ら作っている様にしか見えなかった。斎藤のいうチー牛とはこういう奴を言うのだろう。
「あ、あのー」
声をかけてみるが、びくりと肩を震わせただけで返事は無い。
「すいません、佐々木さん…であってますかね?」
今度はハッキリと名前を言ったが、その推定佐々木という奴はほんの少し顔を俺の方に向けただけで、すぐにまた俯いてしまった。
こういう圧倒的コミュニケーション弱者は初めに声をかけなければ、後々他者との交流を見せつけられたとき勝手に自分の中でのハードルが上げ、勝手に萎縮してしまうのがオチだ。
だから俺がそのハードルをわざわざ下げてやってるというのに、何のリアクションもしない。何しに来たんだよ、コイツ。
「今日はその…よろしくお願いします」
一応会釈をしながら最後に交友を図るが、それでも佐々木は動じない。いや動かない。
まぁこれでまず早速1人候補は減らせた、と
今はポジティブに捉えておくことにしよう。
「あっすみません」
2人目、石塚と書かれた人間に話しかける。佐々木同様、髪の毛はボサボサで太枠の眼鏡をかけており、机の下の方をじっと眺めている。今度もまた返事はない。それどころか一切のリアクションも無かった。
「あのー、すいません石塚さん」
石塚は二度目の挨拶に漸く気付いたのか、顔を上げて俺を見つめた。ニキビ塗れの澱んだ顔を僅かに縦に動かすと、石塚はまた机の下に視線を落とした。
マジで何しに来たんだ、この2人は?
アレか?静かに待ちましょう的な、会話をしてはいけないといった旨のことを原が伝えたのか?
確認の為、ホワイトボード前の教卓で書類をまとめている原を一瞥してみる。が、案の定原は気色悪い笑みを無言で返すだけだ。
「あのー」
怒りを極力抑えながら3人目に話しかける。今度は黒マスクを深々と被った女子だ。顔は…マスクでもその顔面偏差値の低さを隠し切れてはいない。
「はい?」
前2人が酷過ぎたのもあったが、こんな当たり前というか人である最低限の行動を目の当たりにしている自分が客観的に見て悲し過ぎる。
ともあれ何とか反応を貰えた。
「あ、すいません。山内です。今日はその…よろしくお願いします」
「あ、はい、岡部です…こちらこそよろしくお願いします」
岡部は軽く会釈をして応える。ここまでは及第点だろう。
「あ、岡部さんってそのー…何か趣味とかあります?」
軽い話を振ると、岡部は少し頭を傾けて考えた。その仕草"だけ"は愛らしかった。
「私あのー、"とろあい"に今めっちゃハマってましてー」
長考の末、岡部が言った単語は俺の頭の辞書には無いものだった。
トロアイ?何?トロピカルアイランド?マリオの新作か?
「あー…すいません、"とろあい"ってなんですかね?ちょっと知らなくて…」
「あっトロピカルアイドルプリンスの略です。PCゲームとソシャゲ両方で配信されてまして、私サービス開始からずっとやってるんですよ」
いやトロピカルは合ってんのかよ。
「こんな感じの奴で…」
岡部はスマホの画面をこちらに見せる。そこには水着姿の半パンにアロハシャツを着た、やたらエフェクトが眩しい美少年が写っていた。
「私このミズ担なんですけど、前シーズンのグル争奪戦でウメ鯖5位に入りましてそれから1日10.時間は眺めてるくらいミズ君のこと好きで、えーコーデとかもこんな感じでコンプしてて人気度毎回1位設定してますし今朝もガチャ回したらミズ君のアロハシャツの黄色出てもー本当にかっこよくて、先月の連休中には声優さんのリアイベ行ってグッズも─」
岡部の鳴き声が最後まで聞き取れたかは分かからない。ただ、一言言わせてほしい。
日本語か?これ。
頼んでもないのに鼻息荒くしながら急にベラベラ語り始めて、相手に相槌を打つ隙すら与えない。
会話として成立してないだろ、こんなの。
「あ…凄いその…ハマってるんですね」
「いやもう、バイト代大体消えちゃうんで。激ハマり中です」
「それは…凄いですね」
ホントにすげぇよ。
バイト代を課金にほぼ使うお前の頭がすげぇよ。
「すいません……ここってあのー…」
丁度岡部の語りが途切れた辺りで扉が開き、3人の男女が頭を下げながら入ってきた。
「あのー………えっとー………」
「………あ、はい!自己探究の会です」
「あっ……はい…」
男子学生の謎の沈黙の後、原が後ろに続く言葉を代弁する。
ここまでの破滅的なやり取りを見て、俺はこの会がどういう場所か、どういう人間が集まるのか大方察し始めていた。
「はい、じゃあね、皆さま揃ったということでね。今から自己探究の会を始めさせて頂きます」
そのまま立ち尽くす3人に席へ座るよう促した後、原は会の始まりを宣告する。
「私、生徒相談室より養護教諭のね、原と申します。これから1ヶ月間ね、仲良くしていただければなと思います」
そして俺は地獄に行き着いたことに漸く気が付いた。




