第4話 クズ道楽
屑だ。屑の巣窟だ。屑しかいないのか?この大学は。
自らは大した努力もせず、数少ない賢人が垂らした情報だけを貪ることで優位に立っておきながら、他人を貶し乏し嘲笑う屑。
追い詰められた弱者に意味の無い追撃をし、気色の悪い憐憫の情を与えて極薄の哲学を語る屑。
屑だ。屑。屑屑屑。屑共が。
お前ら底辺以下だろうが。下の下にいるのを自覚できてんのか?線形代数とかまともに出来るやつ何人いるんだよ?えぇ?カンペと買った過去問使わずに単位取った奴何人いるか言ってみろよ。
ガッカーン
握り締めて投げたコーラ缶はゴミ箱の縁に当たり、残った少量の中身を撒き散らす。それを見ていた中年の用務員が睨み付けてきた。
この場所には碌な奴がいない。知能というか教養というか、もっと基礎的な根本に差があるせいで噛み合わない。
尤も、こんな基本的な会話すらも理解できる奴はいないだろうが。
フラストレーションが咽喉から飛び出してきそうなとき、ベンチに見知った顔が座っていた。
「よっ」
斎藤はスマホを横画面にしながら手を振ってきた。
「お前さ、分かってただろ。なんで言わなかったんだよ?」
「いや、知らないって。何何?何キレてんの?」
「いや…レポート。分かってて出席しなかったんだろ?クソだろ、マジ」
「いや?マジ知らない。何?レポートって。てかお前外から見てたけど、なんか説教食らってた?友人うんたらみたいな。友達100人います、とか言った?」
「お前ホント」
マジでこの浮かれ顔に一発やってやろうか。それかコイツのスマホ今ここで叩き割ってやろうか。
「おいおいやめろよ。ほら向こうで見てるから。なっ?」
斎藤の指差した方向には3人グループの屑が怪訝そうに見ていた。
「死ねよ」
「まだ死なんぞ。で、なんて言われた?」
「…友達いないんですかぁ?って言われたから普通に2人いますって言った。そんだけ」
「えっマジ?めっちゃストレートじゃん。てか、そんな事聞いてくんの割とクズだな」
「だろ?それで周りの奴らも笑ってたのマジで意味が分からんわ。お前らもどうせ他人のレポートコピーしてもらっただけだろって」
「まぁ、そんなもんよ。ここの教員って左遷されたみたいなもんだから捻くれてる奴ばっかだろうし。真面目にやるだけ無駄無駄。如何に手抜くかのチキンレースだから」
意外なことに斎藤は周囲の環境を俯瞰できる能力は持ち合わせている。だからこそ面白味0の世間話を聞かされても友人としている訳だが。
「…チキンレースか。まぁ実際あの講義受けてる奴の9割9分は鳥頭並みの知能しかないだろうしな。クソだわマジ」
「で、どうする?今から時間できたし昼飯食う?」
「……あー、今もう12時か」
そんなどうでもいい斎藤の話を他所に、バイブレーション音に釣られスマホに目をやる。ゲームのイベント報告のバナーに紛れ、今日もつべのコメント欄の返信が来ていた。
「…いや、やっぱり今はいいわ」
昼飯の提案を断ったのは先のことが引っかかっていたからでは決してない。
「何かすんの?」
「いや、そろそろ…徒党を組むかなって」
「徒党?」
繰り返すが、斎藤は周囲の状況こそ分析する能力はある。が、節穴の様にその中心にいる自分の状況を全く理解していない。
「この大学って部活動昼以降からだっけ?てか今日水曜だから午後講義無いからもっと早い?」
「いや…知らん。俺やったことないから」
「…はぁ」
つまり他講義など、分散での情報収集には全く役には立たないということだ。
「部活動昼からやってるじゃん。ちょっと俺行くわ」
「どこに?」
「部活。ちょっと人材探してくる。今までやってきたけど、流石に講義とか色々やるのはキツイから。同じ学部の奴というか、いい感じに話合いそうな奴がいるかどうか確かめに行く」
「へぇー、何そのトライアウトみたいなの。着いてくわ」
基本怠惰な斎藤だったが、今回は乗り気だった。まぁ後から人間関係で友人の友人とかになったら面倒だから、今斎藤もまとめて交友関係を結んだ方が吉だろう。
タータンの引かれた無駄にでかいグラウンドに向かうと、もう既に数十人ほどが身体を動かしていた。コーンやサッカーボールが並べられている辺りサッカー部だろうか。
だがそんな光景はどうでも良く、俺は踵を反射的に返していた。
「あれ、帰んの?」
「あれ見て逆に行く気になるの?お前」
グラウンドにいる奴等が全員サッカー部かは知らないしどうでもいい。ただ共通しているのは全員髪色が無駄に眩しいということぐらいだろうか。
「うちの大学、毎回予選で負けてるらしい」
横で斎藤がどうでもいい実績を教えてくる。分かりきっている。
「今まさにその運動部のところ学校サイトで見てる。てかヤリサーだろ絶対。傍にいるマネージャーとかにダル絡みしてる奴等が強かったら、この世の摂理が終わるわ」
「ああいうのは教授におべっか使わなくても、情状酌量で単位貰えるからな」
「終わってるわマジで」
奴等の知能も外面も終わってることを再度確認できたことで、運動部への望みを完全に捨て去り、文化部へと向かった。
校舎へと戻り、俺は人材発掘の前に久しぶりに自習室…いや、"植物園"の前を通る。ガラス越しで見える部屋の中ではひと月ぶりだろうと、やはり変わらない景色があった。
恐らく大多数の人間はFラン大学や底辺大学と言われると、サル山だとか動物園と認識しているかもしれないがそれらはレアケースだ。
先程観察してきた運動部の猿たちには1つだけ"自我"という秀でた武器を持っている。ボールを蹴りたいだとか、マックに寄りたいだとか、奴等は自分の意志で決断が出来る。
だが、そんな奴等はこの大学には1割も満たず、殆どが俺の言う"植物"だ。試しにこの自習室にいる人間を観察してみると、全員やっていることは次の2パターンに当てはまる。
1.スマホ
2.睡眠
植物が光を摂取して光合成を行う様に、コイツらもまたブルーライトを浴び続ける。そしてそれに疲れれば、リクライニング式の椅子にもたれながら寝る。無気力で虚無な目でボーっと時間をすり潰す奴等を見ているとこっちにまでその脱力感が伝染してしまいそうなほどだ。
そんな植物同然の奴等が集まっているので、俺はいつからかこの自習室を"植物園"と呼んでいる。
どうかこの緑化がこの一室に留まり続けてくれることを祈るばかりだ。
広い校内を歩き、漸く俺は文化部の棟にたどり着いた。眼前には廊下を挟んで両サイドに並ぶ部屋の前に各々ボードが立てかけられている。3年在籍していて初めて来たが、もう既に運動部よりまともに見えた。
「あれ、新入生?」
佇んでいたからか、すぐ隣の教室が開き眼鏡をかけた73分けの髪型の男が出てきた。部長だろうか、喋り方に余裕があった。
「あ、いや、ちょっとあのー」
助けを求めるため隣を向くと、先程までいたはずの斎藤はいなくなっていた。
「あぁ、2年生でもいいよ。この時期はそういう人たまにいるから」
「あー…そうなんですね」
"ならコイツみたいに留年が確定している3年はいますか?"と聞いてみようかと思ったが、皮肉になり得るのでやめておいた。
「今は、そのー何を…」
「あー今はね、ちょっと黒板を見てもらえば分かるだろうけど、巨大数のプレゼン発表をしてた」
中を除き込むと、黒板にはよく分からない英文がつらつら書かれており、外のボードには数学研究会と貼られた紙が画鋲で留められている。
「入る?」
「あ、えっと…」
こういう1つの知識に傾倒し過ぎている人間はあまりまともでないのは過去に何度か経験している。直近だと出会った頃の藤田だろうか。鼻息を荒くしながら推しとかを語っていたのが本当に気色悪かったのを覚えている。
「あ、ちょっと、電話きたので…」
適当な用事を作り、俺はその教室から足早に出る。改めて部屋の前のボードを順々に見て周ると、鉄道だとか、麻雀だとか、プログラミングだとか、如何にも暇人がのめり込みそうなジャンルの単語ばかりが並んでいた。感覚としてはなんだろうか…FPSのチャットの様な使っている言語が違って噛み合わない時の様なもどかしく、形容し難い不快感だ。
そして気が付けばまた、俺は背を向けていた。
結局1時間ほど費やしたが、この学校にまともで賢い奴を見つけるのは至難の業だ。
誰も彼もが何かが欠落している。その上で何かに突出しているわけでもない屑の烙印を押されているのだから、噛み合わない上に不快。
はっきり言って時間の浪費だった。
溜め息を吐き捨てながら、再度"植物園"をの前を通って帰路に着く。文化部で染みついた不快感は何故か植物園を除くとマシに感じた。もしかすると、植物だから浄化作用があるんだろうか。そもそも奴等は観葉植物の分類に入っているからなのか。
そんな疑問を抱えながら階段を降りる最中、踊り場の掲示板のポスターが眼に止まった。
『新入生大歓迎!アカペラ部』
『ボドゲ仲間募集中♪』
『写真展開催-2F回廊前』
殆どは部活勧誘の張り紙だったが、その中で1つ、際立つ異質なものがあった。
『他者との溝、ありませんか?』
そのデカデカとした一文。といって小さいA4の紙も相まって存在感が薄い。ただ明朝体で書かれているからか、文面から圧迫感が伝わってくる。
部活動名は何も書いておらず、右下には日時と場所、企画の名前が書かれていた。
『自己探究の会』
そんなマルチを感じさせる様な胡散臭い名前がこの企画の名前のようだ。
詳細の載せられているQRコードを読み取り、開かれるページを能動的にスクロールしていく。
『当企画は周囲の人間と価値観の差異や隔てりを感じている学生が、人生の中で最も影響力のある4年間の大学生活を充実に送る為に教員が立案したものとなっており─』
テンプレの焼き直しの様な説明文はさておき、日時を見ると来週の今日からスタートし5週間、1ヶ月連続で行う事前申し込み制のものであった。そしてその申請は丁度今日までとなっている。
"人生で最も影響力のある4年間"
"周囲の人間と価値観の差異や隔てりを感じている学生"
読み直しをするもやはり胡散臭い。マルチを彷彿とさせる文面だ。劣弱意識の解消というか、ただ特別感を味わいさせたいセミナー的なものなのだろうか。終わった瞬間に金をせびられそうだ。
…だがもし仮に
もし、ここにまともな奴がいるのであれば
他の参加者にも、まだマシな奴がいるなら
まだこの場所にそういう奴がいるなら
「でさー俺水着カマエルがめっちゃ好きでさぁ」
そんな希望的観測を孕んでいたとき、ふと響き渡る淀んだ声が耳に入り込んでくる。この波長には聞き覚えがあった。
踊り場から廊下を見上げると、丁度藤田がスタバのカップを持ちながら数人と降りてくるのが見えた。
「あっ…よっ」
手を振ってみたが、藤田は顎を前に突き出して大したリアクションも取らず、そのまま下の階へと降りていった。
俺はその後ろ姿を目視できなくなるまで踊り場から見下した。そしてスマホに映った『自己探究の会』のサイトを下までスクロールし、申し込みフォームへと切り替えた。
手早く登録を済ませ、俺はスタバに寄ってから帰ることにした。




