第2話 趣味はコメ欄荒らしです。
『競争に負けた人間が辿り着く場所にしてはやけに綺麗で金がかかっている』
というのが、受験の敗者が行き着いた大学への第一印象だった。
高校時代、中学受験で入ってしまった底辺街道から抜け出すべく、俺は努力した。長らく続けていたFPSのコミュニティから抜け、アイデンティティがまた1つ消えた喪失感を噛み締めながらも、躍起になって自分を変えようとした。
だが、結局は中途半端な知識だけを身に付けただけで、身の丈知らずの人間はふるいから順当に落とされるだけのこと。俺は無事、底辺スレスレの底辺へと入学をした。本命の合格発表日は悔しさのあまり、帰りの電車でリュックの中に胃液をぶち撒けたほどだ。
そんな悔恨に塗れたまま入った大学は、思いのほか設備は充実しており外見も悪くはなかった。もしかすると、「数値上はfランじゃない」という塵みたいなプライドを守りたいが為に入学してきた奴らから、"見かけ"だけの充実感だけを与え、最大限搾取するためだろうか?
不穏な予想をしようにも、とにかく入学式の始まりまで俺はある程度の向上心と希望を持ち合わせていた。
しかし、周囲の人間の形相を見ればそんな前を向くために捻りだした好意的な評価すらも、泡の様に消えていった。
無駄に機能性のある華やかな校舎と対照的に、覇気のない死んだ様な眼差しでスマホを弄る新入生。日本語かどうかも怪しい奇声を上げる髪染めの生徒。そんな無秩序な状況を眼前に、足を組みながら船を漕ぐ様に眠る大学教員。
まともに講義が始まってからはこの大学に対しての失望の念はより一層濃く、そして濁っていった。
基本的な演算や語彙文法もままならない奴らを基準としたような、弛緩しきった授業内容に加えて、講義が始まると何故か過半数の人間が退席をし始める。俺の中にほんのわずかに残っていた向上心を砕くのには、あまりにも十分すぎる光景だった。
そして弛緩しきった環境下に2年間ほど置かれた結果、気が付けば俺もその底辺の空気感に身を委ねていた。
そんな地を這いつくばる人間に落ちぶれようとも、俺はこの大学の連中に対して向ける優越感か劣等感かの分からない、曖昧な劣弱意識の灯を絶やしたことは一度たりともない。
そしてそれは教員だろうと、教授だろうと隔てりも区別もない。誰に対しても平等に嫌悪している。
俺はここに来てから今日までずっと絶望し続けている。
断言しておく。
ここは教育機関の成れの果てだ。
俺は、こんな奴らとは違う。
「なぁ、斎藤」
「ん?」
「お前、来週の2コマ目の憲法行く?」
「まぁ一応。テストないって聞いたけど中間レポート近いし、なんか範囲発表とかされるかもしれないし」
斎藤は悩んだ後、濁した答えを言った。
「じゃあまぁ、俺も行くかな」
「明日の天気は槍のち台風か」
「ざけんなよお前」
「冗談に決まってるだろ。あ、てか周年イベ近いけど石貯めてる?俺この間のコラボでさぁ─」
それから2時間ほど食堂で日課をこなしたのちに昼飯を済ませ、図書館で時間を潰し、そして4限が終わる頃、漸く帰路に着いた。
どうせ講義にはハナから出席する気などないのだから、切り上げて帰ればよいのだが、それはそれで抵抗があった。
俺の学部学科は半期当たり最大24の単位を取得、逆を言えば12種の2単位講義を15週受けることができる。だが、文系ではあるものの、私立ということもあって年間で120万ほどかかる。
つまり、1回の講義で約3人分の野口英世を学校に譲渡しているという事だ。
そんな支出をしているという気負いは一応あるので講義終了までは学校に居座るものの、講義には出ない。
恐らく本気で努力をすれば、学費免除ぐらいの成績には成り上がれるだろう。現に1年前期のGPAは平均よりかなり上にあった。
ただなんとなく、理由も特になく億劫だった。
『イザヨイさんそこ敵いるってー!』
『えーマジ?うわっ、やられちゃったわー』
列車内の吊り革に捕まりながら、たまたま流れてきたつべの動画をぼんやりと眺める。ヘラヘラとした剽軽な声色のゲーム実況を小耳に挟みながら画面をスライドする。
『マジおもろww』
『和むわー乙』
『昨日配信やってたんか・・・生で見たかった』
この耳障りでお世辞にも上手いとは言えないゲーム実況を見て、何故ここまでプラス思考の感想が出てくるのか、何が面白いのかも俺には微塵も理解ができなかった。もはや視界に入れてしまったこと自体が不愉快、何1つ生み出さず得るものも学べることもない娯楽未満の何か。
動画を見た上での俺の感想は以上だ。
2時間ほど揺られた末にこじんまりとした安アパートへ辿り着き、風呂夕食を済ませて布団の中で先程の動画を再度開く。
コメント欄をスライドすると、一際返信数の多い異彩を放つコメントがあった。
『わざわざおつかれ』
『生産性のないコメント』
『こんな暇人も見に来るなんて人気になったなぁ…』
『おもんな 2,3年ROMってろよカス』
詳細を開くと案の定、罵倒や誹謗の数々が並んでいる。何故これが理解されないのかという歯痒い感情こそ感じた。
だがそれよりも、こんな下らないことで徒党を組みながらまた時間をドブに捨てる愚か者どもがここまで綺麗に湧き上がってくるのか、という関心の方が大きかった。
ひとしきり罵倒を眺めたところで、俺はそのコメントを消して眠りについた。




