第17話 異端で痛かった
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学校に着くなり、俺はベンチに腰掛けてほぅっと息を吐く。
落ち葉降り頻るここ中庭は、この時期になると頭を項垂れながら座る奴で溢れ返る。絶望感に苛まれながら、陰鬱な表情の奴らが座るベンチが25m程度並んでいるのも相待って、俺はこの中庭を勝手にスラム街と命名している。
確証は無いが、大体10周目辺りで捨て科目が出始めるので、そのみすみす逃す単位が名残惜しくてあんなしょげているんじゃないのだろうか。ここにいる連中の中には背広姿の奴らもいるから、就活関連で悩んでいる可能性もある。
「なぁ」
そんな荒廃した奴が集う大学の墓場で、俺は唯一の“友人"に話しかける。そいつは気怠げな目と僅かに口角を上げた卑屈な笑みを混ぜた表情を俺に向けた。
いや、“向けたこと"として俺が認識しているのだろうか?
「俺はどうすればいい」
「さぁ?」
「なら俺は頭おかしいのか?アレか?多重人格障害みたいなそういうのか?」
「…さぁ?」
"斎藤"は回答になっていない返事を繰り返すだけだった。
溜め息が口から溢れる。その中にはこの世のありとあらゆる負の感情をブレンドしたような、哀嘆と憎悪が含まれていることだろう。
「…頼むよ」
「頼まれても困る」
斎藤は足を組みながらそっぽを向いていた。
「助けてくれよ」
笑いが漏れる程、情けない声だった。
俺は今、自分でクズと看做していた奴にしがみついて懇願している。泣きそうな声を捻り出して、命乞いをするように哀願している。
存在しない奴に、幻に助けを求めている。
「なぁ」
斎藤は組んでいた足を解いて、座り直した。
「何を助けて欲しいんだ?」
「どうにかしてくれ。今この状況を」
曖昧な頼みなのは分かっていたし、他にも言いたいことはいくらでもあった。それでもなお、俺は周囲の奴らより自分が遥かに劣っている事実を認めることができなかった。
「分かった」
空返事を繰り返していた斎藤は、漸くまともな反応を見せた。
「どうにかしてやるから、来いよ」
そして席を立ち上がると、校舎の方へと歩いていった。呆然と眺めていた俺は自分に喝を入れ、斎藤の後を追う。
講義中ということもあってか、中央棟の校舎内にある普段ごった返しのテラスカフェやプラザには人が殆ど見当たらなかった。
「斎藤、どこに行くんだよ」
目的地を訊ねるが、斎藤は答えなかった。
やがて、俺たち校舎の最端に辿り着き、エレベーターに乗り込んだ。確かここからは屋上に行けるようになっていたはずだ。
「斎藤」
そんな制止を知っていたように、斎藤は最上階には行かず、途中の階で止まった。そして重々しく無駄に金がかけられたような純白の扉が開き、1本道が現れた。
斎藤はその廊下を歩く。俺も後を追う。
「着いたぞ」
そうして俺たちは目的の場所に辿り着いた。
『生徒相談室』
可愛らしい字体で彫られている木彫りの看板がかかった扉を前に、俺は呆然とする。
「"どうにか"はなるだろ?」
斎藤爽やかな笑顔でそう言った。
「昔もそうだった。高校の時に行った相談室もカウンセラーの人が全肯定して慰めてくれただろ?」
「違うんだよ」
相談室の小窓を一瞥して俺は呟く。
「あの場所に行っても、何も無い。何もならなかったんだよ。俺はまともだ。そこまで狂ってない。あそこにいる奴らは全員おかしかった」
"斎藤"は特に反論はしなかった。
否、そもそもそんな奴は存在しない。
全て俺の幻想であり、自問自答であり、猿芝居であり、ただの独白だ。
そういう狂人の演技をすればいずれ誰かが手を差し伸べてくれると
誰かが異端と認識してくれると
俺は本気で思っていた。
「そういう特別な奴を求めてわざわざ1ヶ月も通ったんだよ、わざわざ。で、やらされたのはお遊戯会で、やる奴らも性根が腐ってるようなやつばっか」
全員終わっていた。
「あそこにいる奴らだけじゃない。この大学にいる奴は全員クズだ。ここは終わってて…」
全員クズだった。
「カウンセリングとか、日常生活を送れてるのかどうかすら怪しい段階にいて…」
全員おかしかった。
「俺だけが、唯一ずば抜けてまともな健常者なんだよ。俺はここにいるべきじゃない。相応しくないんだよ。俺は…」
なら
そんな奴らより下の俺はなんだ?
「………」
それはつまりそういうことで
俺はそういう奴なんだろう。
自己弁護はこれ以上必要なかった。
ドアノブを握り入る前に、横の掲示板を一瞥する。黄ばんだ紙が数枚貼ってあった。その中にはあの『自己探究の会』の告知も混ざっていた。
「あ、はーいどうぞー…あ、山内君?あ、どうしたの座って座って。お菓子とかもあるけど食べる?」
要するに俺はただ、異端扱いされたい痛い奴だった。




