最終話 後日談
「よぉ」
春休みの最中ということもあってか、中庭のスラム街には"斎藤"しかいなかった。
俺は向かい側のベンチに座って駅で食べれなかったエッグサンドを頬張り、午後ティーでそれを流し込んだ。
ひとしきり胃は満たせた所で宙を見上げる。
「こっからどうするんだよ」
"斎藤"が漠然した質問をした。
「さぁねぇ。どうしようもないし、なんだってできるからな」
「感覚としてはアレだな。玩具屋行って『なんでも好きなの1つ買ってあげる』みたいな?」
「あれ言われるとフリーズするよな。まぁ留年を1年余暇時間が増えたって取れるぐらい単位に余裕があるわけじゃないけどな」
俺と"斎藤"は無言で会話をする。中庭は静寂に包まれたままだ。
「なぁ」
「ん?」
「結局、俺はバカだったんだな」
「認めてないだろ山内。お前のことは全部分かるんだよ」
「…まぁ、でも、実際は大学入学時点では相対的に見て頭は良かったろ?」
「成長が無かったんだよな、とどのつまり」
「だな。その中途半端な秀才さが逆に孤立することきっかけになっちゃったんだな、多分」
「秀才っていうほど頭良くないだろ。まぁそもそも択は2つしかなかったし」
"斎藤"の言う通り、あの時点で俺に残された道は仲間を集めて徒党を組むか、孤高でいるかの2択だった。
「実際には孤高じゃなくてただの孤立だったのはお笑いものだな」
「笑えねぇよ。…いや待て、笑ってくれた方がいっそ楽になるか?」
「さぁな。笑ってみれば?」
"斎藤"の提案に俺は嘆息を吐き出して応える。
「…ただの痛いヤツだろ」
「それが本望だったんじゃないのか?」
「だって世の中道端で倒れてるような奴がいたら救急車呼ぶだろ?それと同じことだって思ってたからな、俺は」
「その一人二役が生き過ぎないように度々止めなきゃいけなかったけどな。ヒートアップした時は抑えるようしっかり言ってやらないと、お前は見ないだろ?」
「…現実を?」
「ザッツライト」
"斎藤"の発音は妙にネイティブだった。
「まぁでも、決めたわ」
「何を?」
「なんていうか…やり直すわ、色々」
「色々?」
「底辺から這い上がる。お前もその方法知ってるだろ」
「まぁビリギャル読んだことあるからな」
「地道に数1からやり直すかなって」
「おー頑張れ。孤独に一人で。因みにあれって親がボンボンだったとか聞いたけど」
「相変わらず嫌な奴だよ、お前」
そう話を区切り、俺はまた宙に息を吐いた。白い霧は踊るように舞い上がって消えた。
「じゃあ、そろそろ行くわ」
「ああ、うん」
"斎藤"は適当な空返事をした。
「なぁ」
「ん?」
「もし、俺が」
そう言おうと思ったが、止めた。
「なんだよ」
「知ってるのに言う必要はないだろ」
「…まぁそれもそうか」
「近いうちに、また話そうな」
「あ、じゃあ俺も聞いていいか?」
話を終えようとしたとき、"斎藤"が引き留めた。
「どうした?」
「なんで俺は"斎藤"なんだ?」
「んー…いや…」
「いや?」
「だってお前知ってるだろ?説明する意味よ」
「いや知らん」
「て事は相当どうでもいい理由だろうな。お互い忘れるレベルで…あ、分かった」
「なんだよ」
「呼びやすいから」
「なんだそりゃ」
"斎藤"がシニカルな笑みを浮かべた。
「じゃ、俺行くわ」
「ああ、またな」
「またって言っても、もうないだろ」
「…どうだろうな」
瞬きを一度すると、"斎藤"は消えていた。
長い独り言を言い終え、俺はひと月振りに生徒相談室へと向かう。
可愛らしい字体で彫られた、木彫りの看板がかかった扉をノックすると原が出迎えた。
「はい、いらっしゃーい」
「すみません原先生、わざわざ休みの最中に」
「いやいや、大丈夫だよ?生徒のね、相談に乗るのも教員の仕事だから」
原は気色の悪い笑みを浮かべながらティーカップを俺の前に置く。やることは決めた。
「それで、今日は面談って言ってたけど…なんだったかな?」
「あー、正確には面談ってわけじゃないんですけど、1つ頼み事がありまして」
「うんうん、何何?」
「サークルの顧問教員をしてもらいたいんです」
徒党を組もうじゃないか。




