第14話 異端審問官②
全員がペンを置いたのを確認したのち、原はパチンと軽く手を叩いて場を牽制する、
「はーい!ではですね、今書いてもらった最後の2つの所をね、皆さん各自で交換してもらいたいと思いまーす」
説明の最中、佐々木が肩をビクリ上げる。
「じゃあ丁度、2人ずついるのでね、川村さんは山内君と。岡部さんは佐々木君とやってもらいましょう…かね!」
そうして俺たちはペアを作り向き合った。5回目の最後だが、川村の顔をまともに見たのはこれが最初だった。そしてこれが最後になるんだろう。
「…あー、どうも」
「どうも…」
しょげた様なか細い声を絞り出しながら川村はお辞儀をした。俺も釣られて頭を下げる。
「じゃあ……まず、自分から話します」
「はい…」
意見交換の最中、川村は声の大きさとは対照的に、程よく頷きながら適切なリアクションを取ってくれた。その甲斐あって様にはなっている。
「私は…やっぱりその、よく元気が無いと言われるので…理想の自分としてはハキハキ喋れる様になりたい…です」
人見知りなのか、川村はマスクとプリントで半分顔を隠しながら"理想の自分"を言った。口元はよく見えなかったが、あの猿が電話越しで話していた様に顔は整っていた。
それに話し方もよく傾聴してみると、声量が小さいだけであって、佐々木の様に単語ごとで詰まることはなく、文として頭に入ってくる。それほど悪い印象は見当たらなかった。
「あの…川村さん」
「あっ、はい…」
向こう側のペアに原が肩入れしているのを確認し、俺は雑談を振った。
「川村さんはそのー…どうしてこの会に?」
「あー、そうですね…さっきも言ったんですけど、この縮こまっちゃうっていうか…萎縮しちゃうのをどうにかしたくて…ですかね」
そう言い、川村はほんの少しだけ微笑む。正直、その表情はここ最近見たTwitterの加工マシマシのレイヤーより、よっぽど愛想があって綺麗だった。
「川村さんって、えっと…学部どこでしたっけ?」
「私は日本語文学部ですね…山内さんは?」
「あっ、自分は、そのー…情報学部です」
「あぁーじゃあ、講義室とか大体隣、ですね」
「そう、なんですねー…」
先入観があったので期待はしていなかったが、それなりに話が通じる。同じ女子の岡部が酷すぎるのもあるが、川村自体に魅力があった。その話し方すらもその川村の華奢な美貌を引き出す小道具の様に感じられる。
「あの」
俺は賭けてみることにした。
情報学部と日本語文学部であれば共通科目もそれなりに繋がっているのではないだろうか?
「…はい?」
「もし良かったら、なんですけど。えっと…あとでちょっと連絡先とか、交換できたりしない…ですかね?」
「あぁ…いいですよ、別に」
川村は特に悩む素振りもなくその場で同意した。
「はい、じゃあ皆さん、えー少し前の方を向いてくださーい」
原が場の放任されていた空気を入れ替える様に声を張り上げた。
俺はほんの少しアイコンタクトをする様に見つめた。川村は応える様に軽く礼をする。その拍子にマスクが外れかけて、顔の全貌が一瞬だけ見えた。
俺は川村がどうしてあれ程の美貌を持ち合わせていながら、こんな地獄にいるのかより一層分からなくなった。
自己肯定感の有無というのは、それほど才能の行く末を左右するものなのだろうか。
その後、簡素的に原は閉会式の様な幼稚地味たことをして、自己探究の会は幕を閉じた。
佐々木は逃げる様にしてその場を立ち去り、岡部と原は、何やらトロピカルアイランドの話をしている様で、弾んだ声とわざとらしい黄色い悲鳴が度々聞こえてきた。
「すいません、お待たせしてしまって…」
肩掛け鞄を揺らしながら川村は会議室から出てきた。
「あぁ、いえ…全然大丈夫なんで」
そう言い、バス停に俺たちは向かう。
道中で川村は様々なことを雑談の中で話した。勉強が行き詰まっていたり、入学時に入るグループを間違えてハバにされたりと、基本的にはネガティブな話題だったが、彼女の愛想笑いが中和していた。同じことを岡部がやったとて、効果は寧ろマイナスだろう。それほど、川村の容姿は整っている。
雑談の話題をある程度語り尽くした所で、俺は1つ質問をした。
「川村さんはこの会、どう思いました?」
「どう…ですか。まぁその…こう言ったら悪いんですが、少し幼稚だなぁ…と」
「あっ、やっぱりそう思いましたよね?」
「えぇ…はい」
俺の感性はまだまともだったようで、ひとまず安心する。常識に当てはめればあまりにも子供染みていた。
「企画とか見ても全体的に幼稚園児がやるみたいな感じでしたし原先生もずーっとなんか笑ってるだけで…あと他の佐々木さんとかもなんか、俺笑っちゃいましたよアレ、酷すぎて」
「あー…そうでしたね。なんか皆さん消極的で」
「ですよねやっぱり。もしかすると自分が間違ってるのかなぁっと思いまして一応確認とかをしておきたかったんですよ。いやまさか20にもなって伝言ゲームとかやるとか思わなくて正直腰抜けるかと思いました」
「あぁ、私も…」
川村は肯定しながら頷く。仕草の1つ1つが、小動物のようで可愛らしい。
俺はもう1つ引っかかっていた疑問を投げることにした。
「そういえばそのー…前、倉井さんと何を話してたりしたんです…かね?」
「あぁ、アレは…お茶をしないかと言われたんですけど…その時は中間考査の期間中だったので…断っただけですよ」
「あ、そうだったんですね…すいません、なんか、ちょっと気になったんで…」
深追いし過ぎるのも誤解されてしまい兼ねないので、この話題を早めに切り上げた。
「あー…川村さん」
俺は改まって川村の顔を見る。本人は目をほんの少し見開いて俺を見つめていた。純粋で従順な性格というのが見え透いている。
「…はい?」
多分、こいつだ。
藤田でも、倉井でもなかった。
唯一あの場所に対しての価値観が一致する人間。ここが地獄だと理解していて、向上心も持ち合わせている人間。
それが川村だ。
逃すわけにはいかない。
この屈辱を健常者同士で噛み締めるんだ。ずっと消化不良で吐きそうだった。誰にも話せないこの辱めを、川村なら分かってくれる。
これからは…そうだ、俺はもう1人じゃない。俺には良き友人として川村がいる。
「もしよかったらなんですが、この先で─」
「あれ、山内じゃん」
その核心に迫る1歩は、聞き馴染みのある声によってぶち壊された。
「あれ、その可愛い子誰だよ?」
「…お前………なぁ」
どうやらコイツは人が幸せになる事を全力で阻止するのが生き甲斐らしい。そうする事で相対的に自分が幸せになれると本気で信じているのだ。
だから雑談とか言ってスキャンダルを話してきたり、大した能力は無いにも関わらず力量知らずに他者に喧嘩を売るようなことをペラペラと話す。
コイツこそが1番の邪悪、カス、クズだ。
はっと振り向くと、川村は首を傾げながら俺たちを眺めている。とにかく、今はまずこのクズについての弁明をしなければ。
「…あ、えっと、すいません…コイツは同じ学部の斎藤です」
「あ…えーっと…」
そう紹介するがイマイチピンと来ていないらしく、目線を逸らす。ダメだ、幻滅されかけている。まずは傷を減らさなければ。
「なんかちょっとたまたまあった感じで…」
釈明の最中に元凶の斎藤を見ると、半笑いで斎藤を見つめていた。下衆が。
「ホントに数回あっただけで…ちょっとコイツとはそんなに面識無くて…」
「あの…山内さん?」
薄い言い訳の防衛線を何重にも張り巡らせたのち、漸く川村は感嘆詞以外の言葉を言った。
「あ…はい?どうかしましたかね?」
川村は申し訳なさそうな表情で俺を見た。
「さっきから誰のこと言ってるんですか?」




