第13話 異端審問官①
11/20、水曜日
雨が降っていた。
比喩ではなく、普通に。
俺は扉に手を掛けて離すをかれこれ10回は繰り返している。会の開始までまだ5分は残されていた。
俺は選ぶことができる。
否、選ばなければならない。
行動をしないのならそれはこの大学に無数に生えている植物と同じだ。
「おい」
肩に感触を覚える。斎藤がいつの間にか背後に立っていた。
「なんでいる」
「お前がいるからだな」
斎藤は近くのベンチに腰を下ろして、炭酸ジュースを取り出した。昼間俺が買ったのと同じものだった。
「入らないのかよ」
コイツのこれは果たして分かっていて言ってるのか、純粋な疑問なのか迷う。
「分からない」
前者なら答える必要はないが、それでは話が進まない。
「これはデッドロックなんだよ」
「デッドロック?」
「進むことも戻ることもできない。上手い具合の表現が見つからないんだけどな…こう、メビウスの輪みたいにどっちに行っても不正解っていう面に辿り着く」
扉を開ければ、屑の烙印を押される。
ここから逃げれば、それはあの猿と何が違うというのか。
「ここは"そういう"場所なんだよ、斎藤。お前だってもう…分かるだろ?」
「そうだろうな。知ってたよ。原の肩書きはそもそもカウンセラーだとかそういうのなんだろ?それに呼び込まれるような人間がまともな訳がない」
1回目の時点で希望を捨てて、損切りをすれば良かったんだろうか。いや、それかあの時手を差し伸べてくれた数学研究会の人に縋り付けば…
「…俺はどうすればいい?」
「お前が分からないなら俺が分かるわけないだろ」
当たり前の返答をされる。
戻る道は元より存在しないことなど理解していた。
「行くわ」
ならせめて俺はこの地獄を最後まで耐え抜こうじゃないか。
俺の尊厳とお前らのクズさ、どっちが生き残るか決定しよう。
俺は扉に手を掛けて、灯りが溢れる会議室へと足を踏み込む。
「あっ、こんばんはー山内君!」
「…どうも」
開けるなり、原が猫撫で声で俺を向かい入れる。今日の参加者は合計4人。佐々木と岡部、そして川村と俺だ。
「じゃあ全員揃ったのでね、第5回…ですかね!最後の自己探究の会のほう始めていきたいと思います!」
"終わりよければ全て良し"
都合良く縋り付くのはみっともないだろうが、今だけは信じることにした。
「今日はですね、皆さんが今思い浮かべている自分と理想の自分を書いてもらおうかなと、思います!」
豪語するような説明と共に薄い冊子が配布される。紙には様々なアンケートの項目の最後に大きな余白が2箇所空いている。
なるほど、最後くらいは「自己探究」をしようと言うわけか。
「じゃあまずはですね、軽い質問がありますので、そちらの方解答してもらってから、記入の方各自お願いします」
そう話す原に、今までのような慎重かつ穏和な面影は一切感じられない。
今、目の前には空っぽの憐憫をただ事務的に与え、救った気になっている養護教諭がただ1人いるだけだった。
俺は説明通りに様々な設問に頭を空にしながら向き合う。
"参加した理由は以下のうちどれですか。"
"最近よく眠れていますか。"
"勉強やアルバイトは大変だと感じますか。"
流し目で見て殆ど勘で答えていたとき、1つの問いを前に手が止まる。
"友人はいますか。"
それはまるでこの会に参加する連中が、孤独
なことが前提条件のような文言だった。
酷く、屈辱的な感情が腹の底でとぐろを巻く。
違うんだろ。
そんな婚活サイトを四六時中眺めてる様な友人に飢えた人間じゃ無い、俺は。
こんな会に参加していること自体、最早自分で友人を作れない段階にまで落ちぶれた奴が集まる場所だ。そんなのは生ポもらってパチンコ行く様な奴だとか、40近い奴らが補助輪付けながら三輪車漕いでるようなものだろ。
仮に、もし万一に俺が本気で友人を欲しているというのであれば、ここで生まれた友人は果たして友人と呼べるんだろうか?
気味の悪いせせら笑いを浮かべながら束縛を与える教員に判断を委ね、人間と定義できるのかおろか判断しかねない奴らの自分勝手な行動を誰も止めず、全員肯定しかしないこの歪さを誰も何も思わないんだろうか?
"この会に参加して良かったところがあれば教えてください"
手に過剰な力が入る。
あるわけないだろ、バカか。
その設問を飛ばし下に目線を向けると、明朝体ではなくポップ体で書かれた質問があった。
・今の自分を思い描いてみよう!
前問との寒暖差が激し過ぎる。
躁鬱か?
俺は机にペン先をコツコツと当てながら思考してみる。本来こんな地獄にいるべきでない俺は、側から見てどういう風に見えるのだろうか。
多分、マベリックとか異種の中で明らかに頭1つ抜けているような異端者とか、そういう類の者になるのだろう。
・理想の自分は?
そんなふざけた問答に苦戦しながら俺はアンケートを記していった。




