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12/18

第12話 レポート題目『如何にしてこの場所は終わっているか』


 11/13


 翌週、水曜日。

 第4回自己探究の会。



「はーい、じゃあえっと、ね。今週もね、わざわざ来てくれてありがとうございます。今日はですね、ちょっと…2人欠席という事でね、5人なんですけど…まぁ!第4回…ですかね!張り切って今日もやっちゃうぞー!…って」



 島野と倉井は自己探究の会には来なかった。



「…あの、原先生…2人はどうして来ないんでしょうか?」


 耐え切れずに俺は原に訊ねる。


「あー確か島野さんは体調不良ってことで電話を聞いてまして、で、えー倉井君はちょっと…分からないですね」

「……そう、ですか」


 が、大した情報は得られない。


「はい、ではですねー今日は伝言ゲームをやりたいと思いまーす!じゃ皆さんね、私が作ってきた順番通りに椅子をちょっと1列に並べてもらっても…いいですかねー」


 喪失感を抱えたまま、俺は企画の準備をする。どうやら今日は伝言ゲームをやるらしい。 

 今までの企画は、予めルールが出来上がったものに従って行うものだったが、4回目にして参加者の自主性が軒並み死滅していることに気が付いたのだろう。

 原があらかじめ決めた順番通り、前方から川村、佐々木、石塚、岡部の順で椅子を並べていき、1列に座る。今までに無いほどスピーディだ。


「はいではねー、今から私が川村さんに1枚の絵を見せていきますのでっ、順々に前から見せられた絵を参考にっ、お題を推測していってくださいねー」


 自身が考えたオリジナルの企画だからか、原は俄然やる気に満ち溢れていた。一方で俺はまた1つ知りたくもない事実を自動的に認知してしまい、落胆の溜め息を吐く。佐々木がちらっと振り向いた気もしたが、最早どうでもよかった。

 前方で原が川村に何やら絵を見せて、その絵を参考に、ペンで紙に何やら描いていく。程なくして、描き終えたその絵を、真後ろで肩を上げながら竦むように座っている佐々木へ渡した。

 佐々木は暫くの間固まっていたが、原が横で助言をしたことにより、ペンを動かし始めた。改めて初回とは見違えるほど成長している。勿論これは皮肉だが。


 そうして佐々木は描き終えた絵を背後に座っている石塚へと回す。が、石塚は反応をしない。スマホで麻雀を続けた。


 俺はまだもしかすると、万一にコイツが何かしらの課題だとか、そういう類のすべき事をこの時間を惜しんでまで進めているかもしれないと、画面を見るまで推測していた。いや、そうであって欲しかった。


 そうでなければコイツはもう…いやもうなんなんだよ、コイツは。


「あの、石塚君…?」


 苦笑いを浮かべる原。徐々に彼女に対しての罪悪感が膨らんでいくと共に、石塚への憎悪も積もっていく。

 それは数秒経たずして臨界点に達した。



「おい」



 遂に耐えかねて、俺は石塚の後頭部を軽く小突いた。石塚は驚愕の表情で振り向いた。が、すぐに唇を隠し、怒りを募らせながら震え始めた。

 コイツが逆上してくることに対して、もう驚きはしなかった。寧ろ、自分の観察眼の正確さを再確認出来る良い機会だった。


 石塚は佐々木から紙を奪う様にして受け取る。その際に聞こえるかどうか分からないほど小さな舌打ちをしたのを聞き逃さなかった。いや、もしかしたら俺だけに向けたものなのかもしれない。


 前の2人よりも段違いに早い時間で石塚は絵を描き終えて、後ろへ紙を回した。


 そして受け取ろうとした次の瞬間だった。


 石塚は俺が掴む直前、手を離した。取り損ねた紙は螺旋状に宙を舞った後、静かに落下した。


「ふっ」


 その様子を石塚は不敵な笑みを浮かべながら見つめた。


「あぁごめんね、山内くん。これ─」

「自分で取るんで。大丈夫です」


 原の補助を拒み、俺は目と鼻の先に落ちた紙を取りに行く。不思議と怒りの感情は湧かなかった。

 ただその代わりに、果てしない自己嫌悪が渦を巻くようにして全身を駆け巡った。


 乱雑に殴り書きされた絵を参考に、俺は川村が見た絵がなんだったのかを予想する。予想して、記さなければ。

 そうでないと、この企画が成り立たなくなる。それはあまりにも原が不憫だ。


 俺はペンのキャップを開け、石塚が残した特徴を紙描いていく。だが手が震えて上手く描くことができない。


 多分、俺はムカついている。

 前の卑屈を体現化したような化け物に対して。


 俺はなんでこんな奴と共に、園児がやるような遊びをしているんだろうか。


 ここは落ちこぼれ、人間の不良品が集まった最下層の中の最下層。下の下の下。

 そんな場所で健常者はおろか、成人している人間の尊厳が踏み躙られた後に肥溜めにぶち込まれるかのようなお遊戯を、俺は今やらされる。



「お題はですねー、バスケをする人でしたー!はい、じゃあねー次は第2回戦、順番を変えて─」

「すいません、先生」

「あ、どうかしましたか山─」

「ちょっと体調が、悪いので、帰ります」




 頭がおかしくなりそうだった。










 会議室の扉を開けて、俺は足早に離れる。

 多分、皆が余韻に浸ることもなく終わった後に雑談をすることもなかったのは、あの場が生み出す空気感を浴びていたくなかったからだろう。自らがそれを作り出しているというのに。


 この大学に入ったことが人生の汚点と表現したが、この会に参加したことは人間としての汚点と言える。


 屈辱、或いは客観的に見た自分の見苦しさが永遠に胸の内を締め付ける。その痛みが涙腺を刺激し、思わず涙が溢れ出てきそうになる。



「……」


 突き当たりを右に曲がると、廊下のパイプ椅子に足を組みながら斎藤が座っていた。



「今日は早いんだな」

「…なんでいる?」

「そりゃお前だからな」



 こんな奴と同等に見られるほど、あの会に参加した事実は醜悪なものだったのか。


 本当に行き損だな。



「で、今日は何があった?」

「…何もない」

「嘘付くなよ。あったんだろ?」

「いや、本当に無かった。何も」



 正直なところ、本当に何も無かった。語る価値のあることは勿論、これといったイベントもありはしなかったのは事実だ。



「2人いなかったな。そういえば」

「見てたのか」

「ああ。"最前列"で見てた。酷い有様だったなぁ」

「…窓から見てたのか。良い性格してるな」

「お前と似て良い性格だろ?」

「…」



 絶え間なく隣から嫌味が飛んでくる。それでも、憤りを感じることは何故か無かった。これが悟りの境地というものなんだろうか。



「今からどうするんだ?」

「帰る」

「どっか、寄らないのかよ」

「帰るんだよ。もうウンザリなんだよ。ここは」

「そうか」


 斎藤は別に止める素振りを見せることも無く、その場で立ち止まった。俺はそのまま放置してバス停に向かうことにした。








 11月の空模様は秋の残骸を僅かに残したまま、掠れた紫の雲を細長く伸ばしていた。最近は夏と秋の境界が曖昧になりつつあるせいか、季節のメリハリがはっきりとしている。外出時の服装も二極化されており、長引く残暑の恩恵が思わぬ形で生まれていた。


 「早くここから出なければ」という焦燥がバス停までの歩みを進まる。


 何度でも言うが地獄だ、ここは。


 そんな地獄に本来いるべきでない人間が、いるべきでない場所に行き、受けるべきではない仕打ちを受ける。


 恐らく倉井はあの場所にいち早く見切りをつけた。だから来なかった。あの場所に縋らなくても、倉井はもう恐らく独自のコミュニティを作り上げていることだろう。


 


 そんな人間に巡り会えない奴は、この先どうすればいいんだ?



 一生発揮できない才能を抱えながら沼に沈めとでも言うのか?




「…あ」




 その絶望の淵に立たされていた俺の視界に1人の男映った。



 僅かにかかったパーマの茶髪に、黒と白を基調面としたパーカー姿。スラリとした高身長で、背を伸ばした歩き方。



 倉井だ。

 間違いなかった。


 

 

 もしかすると、万一にこの場で倉井が鉢合わせるかもしれない、という僅かな可能性に俺は賭けていた。

 そして賽は投げら、いや…ルーレットは回されて止まる。

 出目は7。ラッキー7だ。

 


 まだ、天に見放されていない、俺は。




 何かに悩み考えるよりも早く、駆けた。

 三日三晩歩き続けた果てにオアシスを見つけたような、辿々しい足取りで倉井を追いかける。



 コイツだけは、コイツだけはこの場所を知っている。解っている。



 ここが如何に底辺で、

 ここが如何に"下"で、

 ここが如何にして終わっているかを。




 そして3mほどに縮まり、あとほんの少し手を伸ばせば、俺と倉井は理想的な交友関係を結べる。




「あの……倉井─」





 その時だった。





「いや、ホントやばかったからな?あそこ」 



 抑揚のある威勢のいい声が聞こえた。

 改めて背後から倉井を見る。通話中らしい。



「いや、そうそう。話聞かずにずーっとゲームしてる奴いるし、なんかやばい不細工いるし。…ん?あー、うん。可愛い子は1人いたんだけどさぁ、なんか根暗に邪魔されたんだよな。マジうぜーわアイツ。…そうそう!なんか喋り方も吃ってるし、何言ってるか全っ然分からねーって…あーそんな感じそんな感じ!似てるわ上手いなコウキ!」


 

 何を話しているのかは分からなかった。


「あーうん、だからバックれてやったわ!いやもうね、しょうもなさ過ぎて。なんかいるじゃん?お淑やか〜な感じの病みっぽいヤツ。そういうのいるかなーって思ったけど…うん、軒並み顔面偏差値終わってた!…あーこの前の飲み会の時のゴブリンみたいな奴いたじゃん?…そう、あんな感じだったわ」



 いや、もしかしたら分かりたくなかったのかもしれない。



「…あーさっき言ってた奴?…あーやるかって誘ったけど、クソ芋女だった。いや、もうああいうスクールカウンセラーみたいな場所絶対行っちゃダメだわ!おん…おまっバカだろマジでぇー。あーそれからさ、今週の土曜夜空いてる?暇ならコンパ行きたいんだけど…え、マジで?えっじゃあ場所どこらへん?俺さ、前いった──」














・中期レポートまとめ




 ここには猿かクズか観葉植物の3種類しか、生態系は見受けられませんでした。





 情報学部-社会情報学科-3年次木曜クラス

 山内祐樹

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