第10話 救世主
そうしてその日もまたクズとの交流会、お遊戯会地味たことに無駄な時間と労力を俺は1時間分支払うことになった。
まぁ…前払いのチップか何かだと思えば高くはない。本来の目的はここからなのだから。
解散が原から告げられてすぐに、俺は倉井に近づいた。
「あ、あの…倉井さん」
「んー?」
倉井は茶髪を揺らしながら、手を腰にかけて応えた。
「ちょっと、このあと時間とかある?」
「んー」
そして俺の誘いに腕時計を見ながら考え込んだ。銀色の装飾が夕陽の煌光に照らされ、眩い光を放つ。
「ちょっ、とだけ待っててね。俺、原さんに用事あってさ」
数秒の後、申し訳なさそうに低めのトーンで返事をした。
「あ、はい、じゃあ、外で─」
「あーじゃそれでお願い。ごめんすぐ向かうから」
食い気味にそう言い、倉井は原の方へ向かっていった。
外で待つこと数分。会議室から残っていた原、そして川村が出てきた。川村は俺と目が僅かに合うと首を下げて、そのまま小走りで去っていった。
「ごめんお待たせ」
そして続けて倉井が出てきた。
「で、なんだった?」
「あ、えーっと…何か適当に雑談でもできればなー…みたいな?感じで…」
「あー…うん、そういうことね。オーケーオーケー」
会話の切り出した方は適当だったが、関係を結びにあたってきっかけや序盤のぎこちなさは別にどうでもよかった。
「倉井さんは、部活とかは?」
「あー、俺一応サッカー部入ってたね。ただもうやめたけど。あれ、てか山内君何年だっけ?」
「あっ、えー3年…ですね」
「あーじゃあ俺より1つ上だ。俺2年だから。学部は?」
サラッと倉井は後輩であることを暴露する。年下の割に不遜な態度なのが鼻に付くが、まぁこの際許容範囲だ。判断材料としてはどうでもいい。
「情報学部…あー、倉井さんは何学部、ですかね?」
ここで会話の主導権を俺は一度入れ替える。仮にこのまま立場を変えなければ、頃合いを見て逃げられる可能性があるからだ。
「俺同じだよ、情報学部」
「あっ、同じだったんですね。そのー…講義とかは、どんな感じで?」
「ん?いや…別に普通かなぁ。でも高校の方がしんどかったかな。課題多いし」
「高校とかって、どこに行ってましたかね…?」
「私立の○×だよ」
「あっ、あそこなんですねー。結構じゃあ、偏差値とかも……そのー…」
「あぁ、うん。まぁ普通だよ。60くらいかな」
倉井の言った高校の名前は全く分からなかったが、具体的なレベルを知ることができた。島野が第1回目で原にやったように会話を濁すことで、その続きを相手に代弁させるこの話術。存外、使えなくはない。
「結構レベル高いですねー」
「いや、全然だよ。国立落ちて結局殆ど自暴自棄になってここ来ただけだから」
「国立志望だったんですね…すごい」
「だから、入れてないって。結果出せなきゃ0なんだよね、結局は」
どこか諦観の念が籠った言い方。だがその言い方には妙な安心感があった。
この大学の平均的な人間ならば、まず大学に入れた自分を褒めちぎり自画自賛する。大半がこの学歴が汚点になり得る可能性を考慮しない。
だが倉井は違う。コイツはまだ後悔している。故に向上心が完全には消えていない。
それ即ち、貪欲さに介入する余地は残されているということだ。
「まぁ、この大学も悪くはないけどね。施設は広いし、人も多いからイベントも沢山あるし。今日こうやって色々話せたのもよかったよ」
倉井は腕を捲り時計に目線を送る。誘うなら今か。
「あ、のー…倉井さん」
「んー?」
「もしよかったらでいいんですけど…ラインとかやってます?」
「おん、やってるけど」
「あー、ちょっと連絡先繋がりたいんですけど」
そう言うと、倉井は露骨なまでに目線を逸らした。
「ごめん、さっきちょっとね…充電切れちゃって…充電しとこうと思ったんだけどねー、さっき原先生と話してる合間に」
そしてポケットからスマホを出し、物欲しそうに眺めた。
「あっ…じゃあ今そこで充電してる間、俺待ちます…けど」
「いやいやいや!それ山内君に悪いからいいって、うん。次の4回目で交換しない?」
倉井はやんわりと、だがどこかせき立てるように俺の誘いをこの場では敬遠した。
「あっはい!」
「いやごめんホント…もうちょっと充電しとけばよかったなぁ朝…」
「あー、いや、倉井さんのせいじゃないんで。また、じゃあ次の─」
「うん、ホントごめん。じゃあまた次回ねー」
そう言い終えるより早く、倉井は廊下を駆けていった。
残された俺は小さくガッツポーズをした。
倉井は同じ学部で更に頭脳明晰。この2つ情報を得られたのはデカい。値千金だ。
しかも倉井のような人柄であれば恐らく人脈もある。その中に少数ではあるだろうが、同類の健常者もいる可能性は否定できない。
あわよくばラインが繋がればなおよかったのだが、まぁそれは期待が次へ持ち越されたと考えればだけのこと。
何も急ぐ必要は全くない。牛歩でいい。1つ1つ段階的に仲間を集めればいいだけのことだ。
かつてない高揚感を抱えながら俺は帰路に着く。
久しぶりに仲間に会えたこの喜び。ソシャゲの超低確率の1点狙いを見事打ち抜いたような興奮に似ている。どうせならこの同胞がまだ存在したという事実すらも、誰かと分かち合いたかった。
がまぁ、どのみち俺と繋がっている人間は両方とも生粋の屑だから、そもそも言うに値しないが。
「あれ、山内じゃん」
そんな冷めぬ興奮に酔いしれてる中、背後から聞き覚えのある声がした。振り返らずとも分かる。
「…斎藤かよ」
「"かよ"ってなんだよ。失礼だな」
「で?どうした?」
「いや、今日の自己申告?申請?」
「探究」
「あーそれそれ。自己探究の会はどうだったかなーって」
「まぁ…いや、前回と前々回より遥かにマシだったよ」
「マシ?というと見つかったか?」
「察しが良くて助かる。そう、見つかったんだよついに。向上心もあるっぽいし、まだこの大学も捨てたもんじゃないぞ」
やっと仲間を見つけられた嬉しさによる愉悦というか興奮が抑え切れず、口調が加速していく。
「そりゃ良かったなぁ」
今日の倉井との談話について話し終えると、斎藤はどこか達観したようにそう言った。
「何?なんかあった?爆死した?」
「いや、俺は何もないけど。ただ明後日金曜テストだったのを思い出した」
「なんだよそれか。別に配布レジュメ読んどけば大丈夫だろ」
「いや、そんなんじゃキツイんじゃねーかなぁって」
絵に描いたような軽薄さを人前で斎藤で曝け出すコイツが、珍しくも焦燥していた。
明日は槍でも降るのだろうか。
「後が無いからか?」
俺の推察に斎藤は肩をぴくりと動かして反応した。
「別に。あと2科目落とせる」
「あのなぁ…まずそのマインドというか前提意識を変えろ。落とすこと前提なのがおかしいだよ」
「…」
「いいか斎藤?単位を守るんじゃなくて単位を取りに行くんだよ。要は防衛戦じゃなくて突入戦なんだって」
我ながら上手く言語化できたと思っていたが、斎藤からは返事はない。
「おいなんか言えよ。折角アドバイスしてやったのに」
「お前は?」
「ん?」
「お前はどうなんだよ、山内」
斎藤は漸く口を開いたかと思えば、今までにない真剣な眼差しで俺を見つめた。
「なんで俺が出てくるんだよ」
「お前、この大学に来てからずっと大口叩いてきたろ。1年の前期は知らねぇけど。ならそれ相応の実力はあるんだろ?」
「いや、今はまずお前の講義に対しての向き合い方を─」
「逃げんなよ。質問に答えろ」
…何を出しゃばってるんだ、コイツは?
お前はそもそも俺を杞憂する余裕ないだろ。
それともアレか?自分じゃない優秀な誰かに自己投影して、そいつの立場から説教でもかまして悦にでも浸りたいのか?
「ペラッペラだな。紙だよお前。後ろ盾が無いんだよ、お前には。哲学者気取りで他人に講釈垂れたいならまず実績を作れよ」
「紙、ね。相当な自信があるんだな、山内」
「…もしかしてお前は俺が堕ちれば自分の価値が上がるとでも思ってんのか?違うぞ、お前は変わらず下だ。ずっと変わらずに下の下にいるんだよ。俺が奈落に落ちようとも変わらない。下なんだよ。お前はコレからも─」
「クズだな」
その一言で十分だった。
俺は気が付けば斎藤の胸ぐらを掴んでいた。
「なんつった、今」
「やめとけ周りの奴ら見てるだろ、雑草以下」
「あ?」
「底辺同士の醜い争いに底辺の野次馬を添えて…とか笑えねぇだろ。…あ、いやでもこれはお前の本望なのかもな。こんな事をする奴は周囲と溶け込めるわけがないんだから。願ったり叶ったりじゃねぇの?」
斎藤はゴニョゴニョと聞き取れないほど小さな声で、薄ら笑いを顔に浮かべる。
「もっとハキハキ話せ。内容的にも聴覚的にも意味わかんねぇんだよ」
「そりゃ無理だな。お前にそんな度胸がないんだから。まぁあからさまにデカい声で会話してたらアレだしな。なんていうかキチガイ?いやオブラートに包んでも無理があるな…」
今日の斎藤は明らかに何かがおかしかった。
「…お前、なんかおかしいぞ今日」
「少なくとも俺がおかしいならお前はもっとおかしい。そうだろ?」
まるで謎掛けをしているようで気味が悪い。会話が一方通行で体裁を成していなかった。
俺は背を向けてその場を去ることに決めた。これ以上この馬鹿、いやクズと一緒にいたら俺までコイツの落ちぶれに巻き添えを喰らいかねない。
ダメだ、コイツはやはり。
価値観が合うから…と思っていたが、自分の場所を理解していない。自惚れにも限度がある。
「なぁ、山内」
「…なんだよ」
「そろそろ現実見ろよ?」
「それはお前だろ。俺は少なくとも斎藤と違って憲法Ⅲの中間は8割だったし、他も─」
「それなら、明後日の微積楽しみだな」
俺が反論を言い終えるよりも早く斎藤は言い切ると、角を曲がりバス停へと先に向かった。
追うように俺も向かうが、そこに斎藤の姿は無かった。




