第9話 制御の先にある者
「……おい葵、大丈夫か?」
「大丈夫、ちょっと息上がっただけ」
「いやそれでも顔やばいって、普通じゃねぇぞ」
「平気だって、少し気持ち悪いだけ」
中田が後ろを見る。
「……血、さっきより止まってるっぽいけど、見てねぇのか?」
「見てない、今そっち見たくない」
「なんでだよ、気になるだろ普通」
「野次馬みたいじゃん、いいから、このままでいい」
中田が少し黙る。「そっか……でもさっきのお前なんかおかしかったぞ、動きっていうか」
「どこが?」
「うまく言えねぇけど、急に変なことしてた感じ」
「気のせいだろ」
後ろでまだ声が飛ぶ。「保健室連れてけって!」「先生!梓紗どうするんすか」ざわつきは完全には消えていない。
ペンを持って黒板に目を向ける。
「おい、今それどころじゃねぇだろ、また書くのかよ」
「授業進んでるし、このままの方が楽」
「まったく興味ないのかよ、少しは心配したらどうだ?」
「俺には関係ない」
中田が呆れたように息を吐く。「……マジで言ってんのかよ」
――維持しろ
「分かってる、今崩したくない」
「今崩したくない?どうしたんだ急に?」
「独り言」
中田が怪訝そうに眉を寄せる。「さっきからずっとそれだな、お前」
「何が」
「一人で納得してる感じ、なんか気味悪い」
「別に普通だろ」
「いや普通じゃねぇって、タイミングおかしいし」
黒板に視線を戻す。黒板に書かれている文字はすべて一定に揃っていてさっきまでのズレはほとんど感じない。
「……なあ、さっきのやつさ」
中田が少し声を落とす。
「血、ほんとに止まってるっぽいぞ、あれ」
「そうか」
「そうかじゃねぇだろ、普通もうちょい気にするだろ」
「見てないし分からん」
「だから見ろって」
「いい」
中田が言葉を止める。「……なんでそこまで見ねぇんだよ」
少しだけ間が空く。
「……見たら崩れる気がする」
中田が黙る。
「は?」
「なんでもない」
すぐに返す。
中田は納得していない顔のまま前を向く。「……ほんとに最近変だぞ、お前」
返さない。
ペンを動かす。今はちゃんと揃っている。
――そのままでいい
頭の奥で声が落ちる。
教卓の前で先生が一度手を止めた。「誰か保健室行って先生呼んでこい」すぐに数人が立ち上がって教室を出ていく。残った生徒も落ち着かないまま後ろを見ている。
「無理に動かすな、そのままでいい」
先生がそう言って近くの生徒に指示を出す。ティッシュやタオルが集められていく。
しばらくして保健の先生が入ってくる。短いやり取りのあと、数人で支えながら梓紗を立たせる。「大丈夫、歩ける?」と保健の先生が梓紗に言った、梓紗が小さく頷くのが見える。そのまま教室の外へ連れていかれる。
その瞬間少し葵と目が合った気がした
ドアが閉まる。
ざわめきだけが残る。
先生が息をついて黒板の方に戻る。「……一回止めるぞ。今の状態で続けても集中できないだろ、各自自習にする」
教室に小さく声が広がる。「マジで?」「今日はやばいな」そんな声が混ざる。
「騒ぐんじゃねーぞ、静かにやれ」
それだけ言って先生は教卓に戻る。
中田が小さく言う。「……あれ結構やばくなかったか」
「...まぁ」
「凄い血出てたぞ」
「見てない」
「なんでだよ」
「そんなとこ見られたくないでしょ普通」
中田が少し黙る。「……まぁそう..だな」
少し二人の仲に沈黙ができた。
ノートに視線を落とす、文字は普通に読める。よかった今は何とか大丈夫だ
そんなとんなで長いようで短い六限目が終わり授業が終わるチャイムが鳴る。
「今日はここまでな、気をつけて帰れよ」
先生の声が入る。
立ち上がる。
体はもう崩れない。
中田が立ちながらこっちを見る。「帰り時間あるか」
「ある」
「じゃあまた後で」
「ああ了解」
教室を出る流れに混ざる。
――維持しろ
最後に一度だけ声が落ちる。
そのまま、何も言わなくなる。
教室を出る流れに混ざる。
――維持しろ
最後に一度だけ声が落ちる。
そのまま、何も言わなくなる。
廊下に出ると人の声が一気に広がる。「さっきのやばくね」「血出てたよな」ざわつきがあちこちで続いている。
そのまま歩き出そうとしたところで、後ろから声がかかる。
「……葵さん」
足が止まる。
振り返ると、ドアの近くに梓紗が立っている。さっき保健室に連れていかれたはずなのに、もう戻ってきていた
頭には簡単な処置だけがされて、もう立っても大丈夫なのか、と思ったがそのまま彼女は話し続ける。
周りの何人かも気づいて、小さくざわつく。
「ちょっといいですか」
はっきりした声。
「今じゃなくていいんで、放課後図書室で」
少しだけ間を置く。
「話したいことがあります」
断る前に続ける。
「来てください」
それだけ言って、先に視線を外す。
もうこっちは見ない。
周りのざわめきだけが残る。




