↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
70/71

第69話 魔法学園㊲

校舎へ戻ると、ちょうど昼休みを知らせる鐘が鳴った。教室へ戻る生徒たちと入れ替わるように、廊下には昼食を持った生徒たちが増えていく。葵が自分の席へ戻ると、ガイがこちらを振り返った


「葵、昼どうする?」


「まだ決めてない」


「じゃあ一緒に食おうぜ。リオも来るだろ?」


「もちろん」


三人は昼食を持って教室を出ると、ガイに案内されるまま校舎の裏手へ向かった。そこには小さな中庭があり、ベンチがいくつか置かれている。昼休みでも教室や食堂ほど人が集まる場所ではなく、話をするにはちょうどいい場所だった。


「ここ、結構いいだろ?」


ガイがベンチへ腰を下ろす。


「人少ないし、昼はだいたいここにいるんだよ」


「……知らなかった」


「そりゃそうだろ。お前、ちょっと前まで学校来てなかったし」


「それもそうか」


葵もベンチへ座り昼食を広げる。三人で食べ始めると、しばらくは特に会話もなかった。周囲から聞こえてくるのは、遠くで話している生徒の声や風で木の葉が揺れる音くらいだった


こうして誰かと学校で一緒に昼食を食べるのも、なんだか久しぶりな気がする。


そんなことを考えていると、ガイがふと思い出したように口を開いた。


「そういや、さっきの魔法さ」


「……?」


「三つ同時にやってたやつ。あれ、本当に初めてだったのか?」


「うん。三つ同時に使おうと思ったことがなかったから」


「じゃあ、やってみたらできたってことか?」


「多分」


「多分って……」


ガイは少し呆れたように葵を見る


「お前、自分のことなのに適当だな」


「自分でもあまりよく分からないから」


「まあ、それもそうなのか?」


ガイはそれ以上追及せず、昼食へ視線を戻した


「俺なんか二つ同時でも結構きついんだけどな。片方に集中すると、もう片方がめちゃくちゃになる」


「それなら、同時にやらなければいいんじゃない?」


「身も蓋もねぇな」


葵は少しだけ口元を緩める。


そんなやり取りをしていると、今度はリオが口を開いた。


「でも、葵は前より魔力の扱い方が上手くなったと思うよ?」


「……そう?」


「うん。前はもっと力を込めてた気がする」


葵は少し考える


言われてみれば確かにそうだった。以前は魔法を使うとき、とにかく術式を成立させることばかり考えていた。けれど今は必要な魔力だけを使うことや術式を維持するための細かな調整まで意識できるようになっている。


「……言われてみれば、そうかも」


「多分、いろんな力を使ってきたからじゃないかな」


「いろんな力……」


葵はその言葉を聞いて、自分がこれまで使ってきたものを思い浮かべる。


言霊


そして、そこから派生するように使えるようになった対象転移や座標転移。


さらに、多重処理や集中制御


どれも自分にとっては当たり前になりつつあるけれど、そもそも自分が扱っているこの力が何なのかは、まだ完全には分かっていない。


魔法とは少し違う


だけど全く別のものというわけでもない。


言霊を中心として、いくつもの能力が繋がっているようにも感じる。


「……まだ分からないこと、多いな」


「何が?」


ガイが顔を上げる。


「自分の能力」


「またそれか」


「うん」


葵は苦笑しながら答える。


今までなら、使えるようになったことだけで満足していたかもしれない。でも、対象転移も座標転移も、使えるようになったからといって、それだけで終わりではない。どこまで届くのか、何を基準に転移するのか、自分の意思でどこまで細かく調整できるのか。まだ試していないことはたくさんある。


それに、言霊そのものについても分からないことが多い。


資料館で見つけた『言霊概論』のことが頭に浮かぶ


あの本を読めば、何か分かるのかもしれない。


「……」


葵が考え込んでいると、ガイが箸を止めた。


「また難しいこと考えてるだろ」


「……分かる?」


「なんだか分かるようになってきた」


「そうなんだ」


「顔に出るからな」


「そんなに?」


「結構な」


葵は自分の顔にそんなに出ているのかと思いながら、少しだけ視線を逸らした。


するとリオが静かに口を開く。


「でも、無理に全部分かろうとしなくてもいいんじゃない?」


「……」


「使いながら分かっていくこともあると思うよ」


葵はその言葉を聞いて、少しだけ考える。


確かにそうかもしれない


今の自分は、知らないことが多すぎる。だからといって一つずつ全部調べてから先へ進む必要もない。


「……確かにそうだね」


葵はそう答えて、昼食へ視線を戻した。


今はまだ、分からないままでいい


まずは目の前にあるものを一つずつ理解していけばいい


今日の実技で、多重処理と集中制御が魔法にも使えることが分かった。それだけでも十分な進歩だった。


そして――いつか余裕ができたら、言霊や転移についても、もっと詳しく調べてみればいい。


そんなことを考えているうちに、昼休みの終わりを告げる鐘が校舎から響いてきた。


「もう終わりかよ」


ガイが立ち上がる。


「午後も授業あるし、戻ろうぜ」


「うん」


リオも立ち上がり、三人はそのまま教室へ向かって歩き始めた。


葵は歩きながら、さっきまで考えていたことを頭の中で整理する。


分からないことはまだ多い。


けれど、それを一つずつ知っていくのも悪くない。


そんなことを思いながら、葵は二人と並んで校舎の中へ戻っていった。


―――――――――――


午後の授業が始まると、生徒たちは再び校庭へ集められた。午前中とは違い今度は少し離れた場所に細長い板状の訓練用標的がいくつも並べられている。教師は全員が揃ったのを確認すると、標的の前へ立った。


「午後は自分の得意な魔法を使って、精度を高める。魔法の種類は問わない。重要なのは、どれだけ自分の思い通りに魔力を扱えるかだ」


教師が指を鳴らすと、標的の中央へ小さな円が浮かび上がった。


「狙うのはこの中心だけだ、威力を上げる必要はない。むしろ必要以上に魔力を使うな。自分に合った方法を探してみろ」


生徒たちはそれぞれ自分の得意な魔法を考え始める。火を得意とする生徒は小さな火球を、水を得意とする生徒は細い水流を作り、土を扱う生徒は小さな石を標的へ向けて飛ばしていく


葵も標的の前に立ちながら、自分が何を使うかを考えた。


風


これまでの授業でも何度か使ってきたし、自分にとって一番扱いやすい魔法でもある。


葵はゆっくりと右手を前へ伸ばした。周囲では様々な魔法が飛び交っているが、今はそれらを気にせず

自分の前にある標的だけへ意識を向ける。


風を起こす


ただ、それだけなら今までにもできた。


けれど今日は、午前中の授業で感じた感覚を少し試してみたかった


必要な魔力だけを使う


大きな風を作る必要はない。むしろ小さくした方がいい


葵は魔力を集めながら、少しずつ出力を絞っていく。


『魔力出力:低』


『集中制御:安定』


頭の奥に表示が浮かぶ。


さらに魔力を絞る。


風を広げるのではなく、細くする。一本の線のようにして標的までの距離を意識しながらその中心だけへ魔力を通していく


周囲では大きな魔法が飛び交っているのに、葵の前だけは何も起きていないように静かだった。


次の瞬間――パシュッ、と小さな音が響いた。


標的の中央に、針で突いたような小さな穴が開いている。


「……え?」


葵自身が少し驚いた。


今、何をしたのか。


風を放った感覚は確かにあった。けれど、今までのように風が広がった感覚はない。ただ、細くした風が一直線に通り抜けたような感覚だけが残っている。


「水瀬」


教師の声が飛んでくる。


「今の、もう一度できるか?」


「……多分」


「なら試してみろ」


葵はもう一度標的を見る。さっきと同じように魔力を集め、今度は少しだけ意識を変えた。


風を飛ばすんじゃない。


空気そのものを一本の線として動かす。


『集中制御:安定』


『魔力消費:微量』


――パシュッ。


また小さな音がした。


今度も標的の中心に穴が開いている。


周囲から驚いたような声が上がった。


「え、今何した?」


「風魔法だよな?」


「見えなかったんだけど……」


教師は標的を確認すると、少し考えるように顎へ手を当てた。


「面白いな。風を広げるんじゃなく、狭い範囲へ集中させたのか」


「多分そういう感じです」


「これは普通の風弾とは違うな」


教師はもう一度、標的に開いた小さな穴を見る。


「風穿(ふうせん)、とでも呼ぶか」


「……風穿」


「風を一点へ集中させて貫く。今のところは仮の名前だがな」


葵はその名前を頭の中で繰り返した。


風穿。


まぁ悪くない


「ただし、威力が高いわけではない。狙いを外せば意味がないし、魔力を集中させる分、扱いにはかなりの精度が必要になる。使いこなすなら練習は必要だな」


「分かりました」


葵は頷き、もう一度自分の手へ視線を落とす。


さっきの感覚を忘れないように、頭の中でゆっくりと思い返していく。風を動かす。魔力を細くする。狙いを定める。それだけなのに、今までとはまるで違う魔法になった


「……面白いかも」


小さく呟くと、隣から声が聞こえた。


「お前、また変なこと考えてるだろ」


ガイだった。


「変じゃない」


「いや、今の顔は絶対なんか考えてる」


「……風穿」


「何それ?」


「今の魔法」


ガイは標的を見てから葵へ視線を戻す。


「ああ……名前付いたのかよ。まあ、分かりやすいけどな」


「そう?」


「俺は嫌いじゃねぇよ」


そう言ってガイは自分の標的へ向き直った。


「じゃあ俺もやってみるか」


「無理に真似しなくていいと思う」


「言われなくても分かってるって」


ガイはそう言いながら、自分の得意な魔法を使う準備を始めた。


葵はその様子を見ながら、もう一度自分の手へ視線を落とす。


魔法はまだ知らないことばかりだ。けれど、今日だけでも少し分かったことがある。魔力を増やすだけではなく、使い方を変えるだけでも同じ魔法は全く違うものになる。


それなら、自分が使っている力にも同じことが言えるのかもしれない。


対象転移も、座標転移も。


まだ試していない使い方がある。


そう考えると、少しだけ楽しみになってきた。


やがて授業終了の鐘が鳴り、教師が全員へ片付けを指示する。生徒たちが校舎へ戻っていく中、葵も魔力を収めてその場を離れようとした。


「水瀬」


後ろから教師に呼ばれ、葵は足を止める


「はい?」


「少し待ってくれ。職員室からお前に連絡が来ている」


「……俺に?」


「そうだ。話がある人がいるらしい」


教師はそう言うと、懐から小さな石を取り出した。手のひらに収まる程度の大きさで、表面には細かな魔法陣のような模様が刻まれている。


「これは学園にある連絡用の魔導具だ。外部から生徒へ連絡が入った時に、職員室を通して本人へ渡すことになっている。少しの間だけ持っていてくれ」


「分かりました」


葵は石を受け取る


その瞬間、表面に淡い光が灯った。


『――接続を確認』


頭の中へ声が響く。


「……」


葵が少しだけ目を見開く


この感じは、昨日中田から受け取った連絡石とは少し違う。こちらは学園を経由しているからなのか、最初から一定の通信先が設定されているようだった。


『水瀬葵さん?』


聞き慣れた声が響く。


「……リリス?」


『そう。よかった、ちゃんと繋がったみたいね』


どうやら本当にリリスからの連絡らしい。


『学校が終わったら、少し話したいことがあるの』


「話したいこと?」


『昨日の資料館のことよ。詳しい話は帰ってからにしましょう』


葵は少しだけ黙った


昨日の資料館


キシュルとの会話。そして棚の中に残されていた『言霊概論』


やはり、その本に関係する話なのだろうか


「……分かった」


『じゃあ、また後でね』


そう言うと、連絡はそこで途切れた。


手の中の石から光が消える


葵はそれを教師へ返そうとしたが、教師は軽く首を振った。


「それは帰るまで持っていていい。帰ったら職員室へ返してくれ」


「はい」


葵は連絡石をポケットへしまった。


「それじゃあ、もう戻っていいぞ」


「ありがとうございました」


教師に一礼してから、葵は校舎へ向かって歩き出す。


さっきまで新しい魔法のことを考えていたはずなのに今は別のことが頭を占めていた


『言霊概論』


昨日見つけたあの本について、リリスは何を話そうとしているのだろう。


葵はそんなことを考えながら、ゆっくりと校舎の中へ入っていった


教室へ戻ると、すでに帰る準備を始めている生徒も多く、いつもの放課後らしい空気が広がっていた。葵も自分の席へ戻ると、机の上に置いていた荷物を鞄へしまっていく。今日の授業で使った魔法の感覚がまだ手に残っているような気がして、ふと自分の指先へ視線を落とした。


風穿。


今日初めて試した魔法だったが、思っていたよりも上手く扱えた。大きな威力を出すわけではなく、魔力を一点へ集中させて狙った場所だけを正確に貫く。対象転移や座標転移とは全く違うものだけれど、魔力を細かく制御するという意味では、どこか似ているようにも感じていた。


「葵ー、帰ろうぜ」


教室の入口からガイの声が聞こえる。


「待って今行く」


葵は鞄を肩へ掛け、教室を出る。廊下をガイと並んで歩いていると、ポケットの中に入れていた連絡石が小さく震えた。


「……?」


葵は足を止め、連絡石を取り出す。


淡い光が灯っていた。


『葵? もう学校は終わった?』


聞き慣れたリリスの声が響く。


「うん」


『よかった。昨日、資料館へ行ったって言ってたでしょう?』


「……うん」


『中田君とは会えたみたいだけど、その後はどうだった? 何か分かったことはあった?』


葵は少し考える。


中田と再会したことについては、昨日のうちにリリスへ話していた。けれど、資料館で見つけた本についてはまだ話していない。


『言霊概論』


あの本に何が書かれているのか、自分でもまだ分からない。だからこそ、話すなら自分で少し確認してからの方がいい気もしていた。


「……少しだけ」


『そう。なら帰って聞かせて』


「分かった」


『それと、私の方からも話したいことがあるの』


「……何?」


『それも帰ってからね』


リリスはそれだけ言うと、通信を切った。


葵はしばらく連絡石を見つめたあと、ポケットへ戻した。


「誰だったんだ?」


少し先で待っていたガイが聞いてくる。


「いや、なんでも」


「ふーん」


ガイはそれ以上聞かなかった。


二人はそのまま校舎を出て、学園の門へ向かって歩いていく。夕方の空には少しずつ色がつき始めていて、校庭からはまだ部活動を続けている生徒たちの声が聞こえていた。


葵は歩きながら今日のことを思い返す。


魔法の授業で試した風穿。

多重処理と集中制御。

そして、リリスからの連絡。


昨日から、いろいろなことが続いている。


けれど、その中でも一番気になっているのはやはり資料館で見つけたあの本だった


『言霊概論』


まだ誰にも話していないその存在を葵は頭の中で静かに思い浮かべる。


帰ったらまずリリスに昨日のことを話そう


その時にあの本のことも話してみよう、何かわかるかもしれない。


そう決めながら葵はガイと並んで帰り道を歩いていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。