第63話 魔法学園㉝
男は椅子へ腰を下ろすと、二人にも向かいへ座るよう静かに促した。営業はしていないはずの店内だったが、奥の部屋だけは驚くほど綺麗に片付いていて、人が生活している気配だけはしっかりと残っている
「そうだな…あいつがここへ来たのは確か三日前だった」
男はゆっくりと思い返すように目を伏せる。
「最初は腹でも減ってるのかと思ったんだが、席に着くなり妙なことを聞いてきた」
「妙なこと?」
葵が身を乗り出す
男は小さく頷き、当時のことを思い出すように続けた。
「『この辺で、様子のおかしい学生を見ませんでしたか』ってな」
その一言に、葵と梓紗は思わず顔を見合わせる
店主は気付いていない
けれど葵にはその言葉の意味が何となく分かってしまった。
中田はきっと探し続けていたんだ
この世界へ来てしまった自分と同じ境遇の生徒を
だから"様子がおかしい学生"なんて、普通なら言わない聞き方をした
「俺はそんな学生は見てないって答えたよ。何かあったのかって聞いても『いや、大丈夫です』って笑ってな。それ以上は何も話さなかった」
男はそこで一度言葉を切る
「あいつ、ずっと落ち着かない様子だったな。店の外を何度も気にしてたし、誰かを探してるっていうより……誰かとすれ違わないようにしてるようにも見えたな」
葵は無意識に拳を握る
中田は自分たちと同じように手掛かりを探しながら、誰にも事情を話せず行動していたのかもしれない。
「それで、そのあと中田はどこへ行ったんですか」
静かな店内に、葵の声だけがゆっくりと響いた
店主は葵の問い掛けを聞くと、腕を組んだまま少し考え込む。「どこへ向かったかまでは見てない」と静かに首を横へ振ったあと、何かを思い出したように「ああ」と小さく声を漏らした。
「すまない、一つ嘘を言ったな。そういえば一つだけ聞かれたことがあったな。この街で一番歴史のある場所はどこですかって」
「歴史のある場所……?」
梓紗が聞き返すと、店主はゆっくり頷く
「ああ、最初は観光でもしたいのかと思ったんだが、そうじゃなかったらしい。『昔のことが分かる場所でもいいです』『古い記録が残ってる場所はありませんか』って、何度も聞いてきたんだ」
店主は当時を思い返すように遠くへ視線を向ける。
「だから俺はこの街なら資料館へ行ってみろって教えたんだ。昔からこの街に残ってる資料なら、あそこが一番多いはずだからな。あいつも礼を言って、そのまま急いで店を出て行ったよ」
葵は黙ったまま店主の話を聞いていた。
資料館
それが中田の向かった場所なのか、それとも途中で立ち寄っただけなのかは分からない。
それでも、今ある手掛かりの中では一番確かな情報だった
葵はポケットの中のキーホルダーをそっと握りしめ、小さく息を吐く
「ありがとうございます。本当に助かりました」
店主は照れくさそうに頭をかきながら、小さく笑う
「礼なんていいさ。探してる相手が見つかったらその時にでもまた顔を見せてくれ。それだけで十分だ」
「……はい」
短く返事をすると、葵は梓紗と顔を見合わせる
「行こうか」
「うん」
二人は店主へもう一度頭を下げ、そのまま店を後にした
外へ出ると、昼下がりの街は相変わらず穏やかな賑わいを見せている。露店から漂う香ばしい匂いに足を止める人、笑いながら通り過ぎていく子どもたち。さっきまで張り詰めていた空気が嘘のように、街は何事もなかったかのような時間を刻んでいる
その二人の背中を、通りの向かい側から一人の男が静かに見つめている。
黒い外套をまとい、灰色の帽子を深く被ったその姿は、人混みに紛れていてもどこか異質だった
男は二人が店から出てきたことを確認すると、帽子のつばへそっと指を添え、小さく口元を緩める。
「次はそこへ向かうのか」
誰へ向けるでもない呟きは、人々の話し声に紛れてすぐに消える。
しばらく黙って二人の歩く方向を眺めていた男は、まるで何かを確かめるように細く目を閉じた。
「まだ間に合うようだ。」
それだけ呟くと、男は踵を返す
外套が風を受けて静かに揺れ、その姿は細い路地の奥へゆっくりと消えていった
何も知らない葵と梓紗は、その視線に気付くことなく、店主から教えられた資料館を目指して歩き続ける。




