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第59話 魔法学園㉙

翌朝、目を覚ますと窓から差し込む光が部屋を明るく照らしていた


まだ少し眠気は残っている。


ベッドの上でぼんやり天井を見つめていると、部屋の外から慌ただしい足音が近付いてきた。


「葵ー、起きてる?」


扉の向こうから聞こえてきた声に葵は小さく息を吐く


「起きてる起きてる」


「ほんとに?」


「ほんとだ」


返事をすると、すぐに扉が少しだけ開いた。


「じゃあ早く準備して。ご飯できてるって」


「……誰のせいで早起きしたと思ってるんだ」


「私?」


「疑問形なんだな」


梓紗は悪びれる様子もなく笑うと、そのまま廊下の向こうへ戻っていく


葵もゆっくり体を起こし、小さく欠伸を一つすると着替えを済ませて部屋を出た


朝食を食べ終える頃には、昨日の話はすっかり決定事項になっていた


「気を付けて行ってきなさい」


食器を片付けながらリリスが言う


「分かってる」


「本当に分かっているなら妙なことへ首を突っ込まないことね」


「それは相手次第だな」


「もうその考え方が危ないのよ」


呆れた声を背中で聞きながら玄関へ向かう


靴を履き終え、扉を開くと朝の少し冷たい風が頬を撫でた


「じゃあ行こっか」


「ああ」


二人並んで歩き始める。


家から少し離れたところで、葵はふと足を止めた。


「どうしたの?」


「ちょっと試したいことがある」


梓紗は不思議そうな顔をしながらも黙って待っている


葵はゆっくり目を閉じ、意識を頭の奥へ向けた


昨日確認したばかりの補助干渉リンクが静かに起動し、視界の端へ淡い文字が浮かび上がる


【補助干渉リンク 接続中】


そのまま新しく増えていた【検索】へ意識を向ける。


表示が切り替わり、葵は頭の中で中田の名前を思い浮かべた。


【検索中……】


昨日と同じように数秒だけ文字が揺れ、


【対象情報不足】


やっぱりか、と小さく息を吐く。


そのまま表示を閉じようとして、ふと昨日の言葉が頭をよぎった


情報不足。


検索できないのではなく、情報が足りない


「……場所か」


最後に中田とよくいた場所


学校。


通学路。


帰り道。


そんな景色を一つずつ思い浮かべていくと、不意に表示が揺れた


【検索対象を補足】


文字が一行だけ増える


次の瞬間、視界の右上へ見覚えのある表示が浮かび上がった。


【進行方向:維持】


「……え」


思わず声が漏れる。


あまりにも久しぶりに見た表示だった


初めてリリスの家へ向かった時、補助干渉リンクが道案内をしてくれた、あの機能


「葵?」


梓紗が心配そうに顔を覗き込む。


葵は表示から目を離さないまま、小さく笑った


「どうやら……昨日の新しい機能、使えるみたいだ」


「使える?」


「ああ、でも中田本人じゃない」


葵は視線を前へ向ける。


表示は真っすぐ同じ方向を示したまま動かない


「たぶん、中田に繋がる手掛かりを追ってる」


梓紗は一瞬きょとんとしたあと、すぐに口元を緩めた


「じゃあさ」


一歩前へ出て振り返る。


「その道案内、信じてみよっか」


葵も小さく頷く


「そうするか」


―――――――――――


二人は補助干渉リンクが示す方向へ歩き続ける


住宅街を抜け、小さな商店街を通り過ぎても表示は変わらない。視界の端には【進行方向:維持】の文字が静かに浮かんだままで、まるで「そのまま進め」とでも言うように同じ方向だけを示し続けている。


「ねぇ、それ本当に合ってるの?」


隣を歩く梓紗が覗き込む


「分からん。でも今のところ変わってない」


「便利なんだか不便なんだか」


「俺も初めて使う」


そう返しながら葵は前を見る


昨日までは無かった機能だ


どこまで信用していいのかも分からない


それでも歩いているうちに景色は少しずつ見覚えのあるものへ変わっていく。


「あれ……」


梓紗が小さく声を漏らした


「この道って」


「ああ」


葵も気付いていた


初めて梓紗を助けに向かった時、何度も通った道だ。


補助干渉リンクに道案内されるまま走り抜け、必死にダンジョンへ向かったあの日の景色が少しずつ蘇る。


何度か角を曲がると、視界が開けた


その先に見えたものを見て、二人は同時に足を止める。


「……ダンジョン」


自然とその言葉が漏れた


見間違えるはずがない


梓紗とまた出会い、自分の運命が大きく変わり始めた場所


そして、中田のことを最後に考えた場所でもあった


「なんでここなんだろ」


梓紗は入口を見つめたまま呟く


「中田君がここにいるってこと?」


「いや……」


葵はゆっくり首を振る


そんな単純な話なら昨日の検索で見つかっていたはず


それでも補助干渉リンクは迷うことなくここを示している


視界の端へ目を向ける。


【進行方向:維持】


表示は消えない


それどころか、ダンジョンを見つめた瞬間小さく揺らいだ


【検索対象を補足】


「……補足?」


思わず声に出る


その文字は一瞬だけ明るく光り、さらにもう一行だけ新しい表示が浮かび上がった。


【対象反応:残留】


「残留って何だよ……」


聞いたこともない表示だった


足跡なのか、魔力なのか、それとも補助干渉リンクだけが認識できる何かなのか、説明はどこにも無い。ただ一つ分かるのは、この場所に何かが残っているということだけだった。


梓紗は不安そうに葵の顔を見る


「何か出たの?」


「ああ、でも意味はよく分からない」


「んーじゃあどうする?」


葵はもう一度ダンジョンの入口へ視線を向ける。


静かに口を開く


「……たぶん、この中だ」


補助干渉リンクの表示は変わらない


まるで答えはその先にあると言わんばかりに、進むべき方向だけを静かに示し続けていた


葵は入口を見つめたまま動かない


昨日までなら何も考えずに入っていたかもしれない


けれど今は違う


補助干渉リンクが示しているのはダンジョンそのものなのか、それともこの中に残された何かなのか。その違いだけは確かめておきたかった


「ねぇ」


梓紗が小さく袖を引く。


「入るの?」


「そのつもり」


そう答えながらも、葵はもう一度視界の端へ目を向ける。


【進行方向:維持】


表示は相変わらず変化しない


試しに一歩だけ前へ踏み出す


すると矢印がゆっくりと動き、入口のさらに奥を指し示した


「……やっぱり中か」


「何か変わった?」


「ああ、少しだけ」


説明しようとしても難しい


自分にしか見えていない表示を言葉にするのは思った以上に面倒だった


「とりあえず、俺から離れるな」


「なんかそれ前も聞いたような気がする」


梓紗が少し笑う。


「結局私が二人に助けられたんだよね」


「笑い事じゃないだろ」


「でも今は一人じゃないし」


その言葉に葵は少しだけ表情を緩める


確かに前とは違う


あの時は必死だった


目の前のことしか見えていなかった


でも今は違う


隣には梓紗がいる


補助干渉リンクも以前とは少し変わった


そして、自分自身も


「よし、行くか」


「うん」


二人はゆっくりとダンジョンの境界を越える


ひんやりとした空気が肌を撫で、外の喧騒がすっと遠ざかっていく


その瞬間だった。


視界の端で補助干渉リンクが小さく明滅する。


【対象反応:更新】


【残留反応を追跡します】


葵は思わず足を止めた。


「また出たの?」


「ああ……」


昨日までは存在しなかった機能


なのに今は、まるで最初から知っていたかのように次々と表示が切り替わっていく


そして矢印は迷いなくダンジョンの奥を指していた

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