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第56話 魔法学園㉖

その後、葵は本当に見学へ回された


訓練場の端に立ったまま他の生徒たちの練習を眺めていたが...正直あまり頭には入ってこない


ガイが火属性の練習で張り切りすぎて先生に怒られていたことくらいしか覚えていなかった


「だから加減しろって言っただろ!」


「いや今のは加減したんですって!」


「どこがだ!してないだろ!」


遠くからそんな声が聞こえてくる


少し前までなら笑って見ていられた気もするが、今日に限ってはそんな余裕も無かった


視線を向ければ訓練場では次々と魔法が放たれている


火が走り、水が飛び、風が渦を巻く


どれも'そういう'漫画やアニメに出てきそうな魔法ばかりだ


少なくとも自分がさっき起こしたような意味の分からない現象よりはずっと普通だった


何度か頭の奥へ意識を向けてみるが補助干渉リンクは沈黙したまま


あの低い声すら聞こえない


だからこそ余計に気味が悪かった


結局そのまま授業は終わり、その後の授業も特に何事もなく進んでいく


昼休みにはガイが「砂止め男」とかいう意味不明なあだ名を付けようとしてきたし、リオは横で笑っていた


当然却下した。いやあたりまえだろ


「でも実際止めてただろ」


「止めてない」


「止まってたじゃん」


「知らん」


「便利だなその返し」


ガイが笑う


リオまで肩を震わせている


結局そのまま放課後まで何度も弄られ続けた


窓の外を見ると空は少し赤く染まり始めていて、最後のチャイムが校舎へ響く


ようやく終わった


そんなことを思いながら席を立つ


「じゃあなー」


「また明日」


「次は砂だけ止めるなよー」


「止められねぇよ」


最後まで言われながら校門を出る


夕方の風が頬を撫でていく


昼間より涼しいその風に、どうしても訓練場での出来事を思い出した


適性変動


補助干渉リンク


頭の奥で聞こえた声


俺のちっぽけな脳で考えても答えは出ない


出ないまま歩き続け、気付けば見慣れた家が見えてきていた


玄関の前で立ち止まる


今日はとんでもなく長かった気がする


まだ一日しか経っていないのに、昨日までとは何かが少しずつ変わり始めているような感覚だけが残っていた


小さく息を吐いて扉を開く


「ただいまー」


「おかえりー!」


聞き慣れた声が返ってくる


その声を聞いただけで、張っていた気持ちが少しだけ緩んだ


学校では色々あったが、とりあえず無事に帰ってきた


今はそれだけで十分だった。


リビングへ入るとリリスはソファに座ったまま本を読んでいて、梓紗はその隣で天井をぼーっと見ている。いったい何してるんだ?


学校では色々あったはずなのに、この家へ帰ってくると不思議と現実感が薄れる気がした


「あー疲れた」


鞄を下ろし、そのままソファへ倒れ込む


「ずいぶん疲れてるわね」


「疲れた」


「見れば分かるわよ」


即答だった


葵は返事をするのも面倒になり、そのまま天井を見上げる。今日は朝から色々ありすぎたせいで頭も体も妙に重く、今はしばらくこのまま動きたくなかった。


すると梓紗がこちらを見ながら首を傾げる。


「なんかあった?」


「いや別に」


「その顔で?」


「その顔ってなんだよ」


「疲れてる顔」


雑だった。


けれど間違ってはいない。


「ねーねー葵お腹空いた?」


「空いた」


またまた即答だった。


梓紗が吹き出し、リリスは呆れたように本を閉じる


「帰宅して最初の感想がそれ?」


「しょうがない」


「しょうがなくないわよ。普通は今日何があったとか、疲れたとか、そういう話になるんじゃない?」


「疲れたとは言った」


「確かに言ったわね」


「じゃあ問題ない」


「あるのよ」


何が問題なのかは分からないが、リリスは納得していないらしい。


「ご飯まだ?」


「話を聞いていたかしら」


「聞いてた」


「なら今その質問は出てこないと思うのだけれど」


「腹減ってるからな」


「便利ね、その言葉」


横で聞いていた梓紗が笑い転げながら立ち上がる。


「今作ってる途中だからもう少し待ってて」


「あとどれくらい?」


「んー、十五分くらい?」


「長い」


「短いでしょ」


「今の俺には長い」


「知らないよそんなの」


そんなやり取りをしながら梓紗はキッチンへ向かう。


その背中を見送りながら、葵は再びソファへ沈み込んだ。


家の中は静かだった


テレビの音が聞こえて、キッチンからは何かを切る音が聞こえてくる。窓の外では夕日が少しずつ傾き始めていて、昼間の騒がしさが嘘みたいだった。


こうしていると今日の出来事も遠い話みたいに思えてくる


訓練場のことも


補助干渉リンクのことも


頭の奥で聞こえたあの声のことも


全部――。


そう思いかけた瞬間だった。


「ねぇ」


不意に梓紗の声が飛んでくる。


葵が視線だけ向けると、梓紗はコップを片手にこちらを見ていた


「ん?」


「葵ってさ、なんか前よりめっちゃ明るくなったよね」


数秒、意味が分からなかった。


何を言われたのか理解するまで少し時間がかかる


「は?」


ようやく出たのはそんな声だった


すると梓紗が吹き出した。


「いやだから、前より明るくなったなーって」


「どこが」


「どこがって……色々?」


全く説明になっていない。


葵が呆れた顔を向けると、梓紗は少し考えるように唸ったあと、ソファの背もたれへ体重を預けながら続ける


「最初会った頃なんてもっと静かだったじゃん。話しかけても返事短かったし、今みたいに普通に雑談とかもしなかったし」


「そんなに変わらないと思うけど」


「変わったよね?」


なぜかリリスへ話が飛んだ


本を読んでいたリリスはページをめくる手を止め、少しだけ考えるような顔をする。


「前のことは知らないけど」


「だろうな」


「少なくとも私と会った頃よりはずいぶん図々しくなっているわね」


「なんでそうなるんだ」


「帰宅して最初の言葉が『ご飯まだ?』だったでしょ」


「腹が減ってたからな」


「言い訳になっていないわよ」


即答だった。


梓紗がまた笑う


「分かるかも」


「お前までか」


「だって最初もっと遠慮してたもん」


「覚えてない」


「私は覚えてる」


「私も覚えているわ」


なぜか二対一になった。


納得はできない。


けれど二人とも妙に自信満々だった


葵は小さく息を吐きながらソファへさらに沈み込む。窓の外では夕日が少しずつ傾き始めていて、部屋の中へ差し込む光も昼間より柔らかくなっていた。


前より明るくなった


言われても実感は無い


けれど前の世界を思い返せば、放課後に誰かと話しながら帰ることも、家に帰ってからこうして騒がしく過ごすこともほとんど無かった気がする。いや中田とたまに帰ったぐらいか?


ガイやリオと話すことも、梓紗やリリスとこんなやり取りをすることも、少し前なら考えられなかったはずだった。


「まぁ」


小さく声が漏れる


「悪くは...ないかも」


自分でも無意識だった


梓紗は目を丸くし、リリスは本から顔を上げる。


しまったと思った時にはもう遅い


「へぇー?」


「今なんて言った?」


面倒な反応が返ってきた。


葵はすぐに視線を逸らす。


「別に」


「絶対別にじゃない」


「聞こえたわよ」


「気のせいだ」


「無理があるわね」


二人の声が重なり、葵は諦めたようにソファへ頭を預ける。


やっぱり黙っていればよかったかもしれない


けれど梓紗の言葉は少しだけ頭に残っていた


前より明るくなった


変わった


そんなつもりは無かったが、言われてみれば最近は誰かと話している時間が増えた気がする。


ガイ。


リオ。


気付けば一緒にいることも増えていた、いやあいつらがフリースタイルなだけか。


まぁ、前の世界なら考えもしなかったことだ


そしてそこで、ふと別の顔が頭をよぎる。


中田。


葵は少しだけ眉をひそめた。


そういえば――


あいつ今どうしてるんだっけ。


梓紗を助けてから色々ありすぎた


毎日のように何かが起きていて、気付けば考える余裕すら無くなっていた


前の世界で一番長く一緒にいた友人だったはずなのに。


最近は名前すら思い出していなかった気がする


「どうしたの?」


黙り込んだ葵を見て梓紗が首を傾げる


「いや」


葵は小さく首を振る


中田のことを説明する気にもならなかった


ただ、言われてみれば妙だった。


前の世界では学校へ行けば当たり前みたいに顔を合わせていた


なのに今は、その当たり前だった時間がずいぶん遠く感じる


まるで何年も前のことみたいに


そんなはずはないのに。

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