第55話 魔法学園㉔
能力を得たばかりの頃は何度か聞こえていた気がする。けれどいつの間にか聞こえなくなって今では存在すら忘れかけていた
それが今になって突然現れた
しかも補助干渉リンクを止める方法まで知っている
考えれば考えるほど分からない
「葵?」
不意に名前を呼ばれ、葵は顔を上げた
目の前ではリオが少し心配そうな顔をしている。
「大丈夫?」
「……まぁ」
そう答えたものの、自分でもあまり大丈夫な気はしていなかった。
頭の中ではまださっきの出来事が整理しきれていない。
風が暴走したこともそうだが、それ以上に気になっているのは補助干渉リンクの方だった
最近になって勝手に反応し始めたと思ったら、今度は風属性へ干渉するみたいな動きを見せた
あれが本当に適性そのものへ影響しているのだとしたら、今まで考えていた能力の常識ごと変わってしまう。
そんなことを考えていると、訓練場の奥から先生の声が飛んできた。
「水瀬、ちょっといいか」
周囲の視線が一斉に集まる。
さっきの騒ぎを見ていた生徒も多かったらしく、興味津々な顔をしているやつまでいた。
「怒られる?」
横でリオが小さく聞いてくる
「知らん」
「たぶん怒られるね」
「なんでだよ」
「なんとなく」
相変わらず適当だった
けれどそのおかげで少しだけ肩の力が抜ける
葵は小さく息を吐くと、そのまま先生の方へ歩いていった
近付くと先生は一度だけ葵の顔を見て、それから先ほど風が巻き上がっていた場所へ視線を向ける
地面には渦を描くような跡が残っていて、まだ完全には砂も落ち着いていなかった
「お前って、風属性だったか?」
「いや、確か微量程度です」
葵がそう答えると、先生は僅かに眉をひそめた。
この前の適性測定の結果は覚えている。
火、水、土は低
風だけ微量
少し珍しい結果ではあったが、少なくとも今みたいな規模の魔法を起こせる数値ではなかった。
先生はもう一度訓練場へ目を向ける。
周囲の生徒たちもまだざわついている。
初級魔法の失敗で片付けるには規模が大きすぎた。
「……おかしいな微量程度でこんな魔法使えるのか?」
小さく漏れた呟きに、葵は少しだけ視線を逸らした。
おかしいのは自分でも分かっている。
けれど理由を聞かれても答えられない。
補助干渉リンクのことも、頭の中へ響いた声のことも、自分自身まだ理解できていなかった。
すると先生は少し考え込んだあと、ふと何かを思い出したように口を開く。
「ちょっともう一回やってみろ」
「……はい?」
「さっきの風だ」
その言葉に周囲がさらにざわつく
ガイなんてさらに少し後ろへ下がっていた。
「いや先生、危なくないですか?」
「だから俺が見てる」
先生はそう言いながら結界担当の教師へ合図を送る。
どうやら本気らしい。
葵は思わず頭を抱えそうになった。
今の自分に、さっきと同じことをもう一度やれと言われてもできる気がしない。
なにせ暴走した原因すら分かっていないのだから。
「ほら、準備しろ」
先生に促され、葵は仕方なく前へ出た
周囲ではまだ何人かの生徒がこちらを見ている
さっきの騒ぎを目の前で見たのだ、気になるのも当然だった
葵は小さく息を吐くと、ゆっくり手を前へ向ける。
風をイメージする。
訓練場を吹き抜ける風
木々を揺らす風
砂を運ぶ風
さっきと同じように魔力を流そうとした、その瞬間だった。
『補助干渉リンク:再接続を開始』
頭の奥で表示が流れる。
葵の表情が僅かに強張った。
さっき無理やり遮断したはずなのに、もう戻ろうとしている。
『リンク率上昇』
『適性補正開始』
『風属性補正――』
まずい。
そう思った瞬間、頭の奥で別の気配が動いた
――馬鹿か。
低い声だった
今までで一番近く聞こえた
まるですぐ隣で話しているみたいな距離だった
葵が反応するより早く、その声は呆れたように続ける。
――今はまだ制御できない
――なら’止める’
次の瞬間、青い光が宙に舞い、再び強まり始めていた風が不自然なくらい急激に消えた。
制服の裾が止まり、訓練場の木々も揺れを失う。それなのにさっきまで巻き上がっていた砂は落ちなかった
本来なら地面へ落ちるはずの砂が空中へ舞い上がったままその場へ残っている
まるで見えない何かへ引っ掛かったみたいだった。
ざわついていた訓練場が静かになる。
どこかで誰かが息を呑む音だけが妙に大きく聞こえた。
頭の奥ではあの声が変わらない調子で続ける
――だから早いと言った。
その言葉と同時に、空中へ止まっていた砂が一斉に崩れた。
ざあっと音を立てて降り注ぎ、静まり返っていた訓練場へ再び音が戻る。けれど誰もすぐには喋らず、砂が落ち切ったあともあちこちで顔を見合わせるだけだった。
そして妙な沈黙を最初に破ったのはガイだった。
「いや待て、なんだ今の」
「知らん」
葵が即答するとガイは信じられないものを見るみたいな顔をする。
「お前がやったんだろ」
「だから知らんって」
「怖ぇよ」
「失礼だな」
「やった本人が分かってないのが一番怖ぇんだよ」
周囲から少し笑いが漏れる。
すると今度はリオがさっきまで砂が浮いていた辺りを見ながら小さく首を傾げた。
「でも途中で風なくなってたよね」
「あー、それは俺も思った」
ガイが腕を組みながら頷く。
「風なくなったのに砂残ってたし」
「うん」
「なんなんだろあれ」
「だから俺に聞くな」
葵がそう返すと今度は少し大きな笑い声が上がった。
先生はそんなやり取りを聞きながら額を押さえている。
たぶん頭が痛いんだろうし、実際葵もちょっと痛い。
「水瀬」
「はい」
「お前今なにした」
「俺も知りたいです」
「先生が聞いてんだろそれ」
ガイが横から突っ込む。
「だから俺も聞きたいんだって」
「意味分かんねぇよ」
先生は深く息を吐くと、一度空を見上げてから諦めたみたいに手を振った。
「とりあえず今日はもう魔法使うな」
「その予定です」
「絶対使うな」
「信用無さすぎません?」
「今の見たあとで信用できるか」
それを聞いた周囲からまた笑いが起こり、張り詰めていた空気が少しだけ崩れた。
けれど葵だけは笑えない。
頭の奥は静かなまま。
補助干渉リンクも、さっきまで聞こえていた声も何事もなかったみたいに消えていて、それが逆に気味の悪さを増していた。




