第53話 魔法学園㉒
先生が前へ出ると生徒たちも少しずつ話をやめて集まり始めた。訓練場に広がっていたざわめきも徐々に落ち着いていき、全員の視線が自然と前へ向く。
「よし、それじゃ始めるぞ」
先生は周囲を見回しながら腕を組む。
「今日は基礎制御の確認だ。威力はいらん、ちゃんと制御できてるかを見る...が、張り切りすぎて訓練場壊すなよー」
その言葉に何人かが苦笑し、周囲から小さな笑い声が漏れた。どうやら過去に似たようなことがあったらしい。
「元素系は属性ごとに分かれろ。能力持ちも今日は参加だからな」
指示が出ると、生徒たちはそれぞれ移動を始める。火、水、土、風。それぞれのエリアへ向かう人の流れを見ながら、葵もなんとなく風の集団へ混ざった。
「葵も風なんだ?」
隣からリオが声を掛けてくる。
「たぶんな」
「たぶんって何」
少し呆れたように笑われる。
「いや、適性はあるらしいけど使ったことほとんどないし」
「それで風のところ来たの?」
「だから試してみようかなって」
そう答えると、リオは少し楽しそうに笑った。
言霊なら何度も使ってきた。転移も最近では自然に発動できるようになっている、けれど元素魔法となると話は別だ。今まで触れる機会もほとんど無かったし、正直どうやって使うのかもよく分かっていない。
前方では風属性担当の教師が説明を始めていた。
「まずは風を起こす、大きさは小さくても気にするな。空気の流れを感じて、それを少しだけ動かすイメージだ」
その言葉と同時に周囲の生徒たちが手を前へ出し始める。
ふわりと風が吹く。
髪が揺れる。
制服の裾が揺れる。
足元の砂がわずかに転がる。
派手な魔法ではないけれど見ているだけで全員がちゃんと扱えていることは分かった
「……」
葵は自分の手を見る。
どうすればいいんだこれ。
言霊なら言葉を乗せる感覚がある。転移なら座標を掴む感覚がある。だが風は違う。何を掴めばいいのかすら分からなかった。
その時だった
『風属性適性:反応確認』
頭の奥で表示が流れる
次の瞬間、少しだけ違和感を覚えた。
風だ。
今までただ吹いているだけだった空気の流れがなぜか少しだけ分かる気がした。頬を撫でていく風、制服を揺らす流れ、その向きや強さがぼんやりと意識へ入ってくる。
まるで最初からそこにあったものへ、今になって気づいたみたいな感覚だった。
その感覚はほんの一瞬だった。
気のせいかと思ったが、目を閉じてみるとやはり少し違う。今までただ肌に当たっているだけだった風が、流れとして分かるような感覚があった。右から左へ抜ける風、前方から流れてくる風、生徒たちが魔法を使ったことで生まれた小さな乱れ。それらがぼんやりと頭の中へ入ってくる。
「……なんだこれ」
小さく呟く。
隣ではリオがすでに練習を始めていて、教師の指示通り小さな風を起こしていた。髪が少し揺れ、足元の砂がさらりと動く。周囲を見ても同じだった。大きさに差はあるものの、みんな普通に魔法を扱っている。
なのに葵だけはまだ立ったままだ。
どう動かせばいいのか分からない。けれど不思議と焦りは無かった。分からないならとりあえず感じたままやってみればいい。
葵はゆっくり手を前へ出す。
その瞬間、頭の奥でまた表示が流れた。
『風属性適性:0→+1』
これって。
少し前に何回かこの表示を見たことある、だけどしばらくすると消える謎の数値。何を意味しているのかは相変わらず分からない。
だが今はそれよりもさっき感じた流れの方が気になっていた。
風が流れている。
目には見えないが、確かにそこにある。
なら少しだけ触れてみるか。
そんな軽い気持ちだった。
次の瞬間、指先の前でふわりと空気が揺れた。落ち葉が一枚だけ転がる。本当にそれだけの変化だったが葵は少し目を見開く。
今のは気のせいじゃない、確かに自分が動かした
言霊とも転移とも違う。もっと静かで、もっと自然な感覚だった。無理やり動かしたというより、元から流れていた風へ少しだけ手を添えたような感覚に近い。
その時だった。
『適性変動を確認』
頭の奥で見慣れない表示が静かに浮かび上がる。
葵はわずかに眉をひそめた。
また何か始まった。今度はなんだ――と。
『補助干渉リンク:補正開始』
「……は?」
今度は何だ。
そう思った瞬間、次々と表示が流れ始める。
『風属性適性を検出』
『補強可能』
『補強を実行します』
待て
嫌な予感しかしない
最近の経験上、この手の表示は勝手に終わらない。
止めようとした時にはもう遅い
ふわり、と。
指先の前で揺れていた風が一段階強くなる。
落ち葉が宙に舞う
砂が風に吹き上げられて、上昇する
その'程度'の変化だったはずなのに、風はそこで止まらなかった。
まるで何かが勝手に出力を上げているみたいに、周囲の空気が少しずつ集まり始める。
「……おいおいちょっと勘弁してくれよ」
思わず声が漏れる。
自分は何もしていない
まだ風へ触れただけだ
なのに制服の裾が大きく揺れ始め、足元の砂が渦を描くように流れていく。
近くにいた生徒が違和感に気付いて振り返った
風はさらに強くなっていく。




