第49話 魔法学園⑱
「……ただいま」
靴を脱ぎながら返す
リビングの方を見るとソファに座った梓紗がこっちを見ていた
「学校どうだった?」
「普通かな」
「絶対普通じゃない言い方なんだけど」
梓紗は少し笑いながらそう言う
右腕側にはまだ包帯が巻かれている。けれど前より顔色はかなり良くなっていた
『天属性優勢』
『再生進行中』
また頭の奥で表示が流れる
……もう勝手に見えるようになってきてるな。
葵は少しだけ疲れたみたいに息を吐くとそのまま鞄を机の近くへ置いた
すると梓紗が、不意にじっとこっちを見る
「……なんか今日前より疲れてなくない?」
「え」
「学校行った日の顔じゃないんだけど」
その言葉に葵は少しだけ黙る
確かに自分でも不思議だった
普通なら久しぶりの学校だけでかなり神経を使うはずなのに、今は頭の中が妙に静かで楽だったからだ
「……まぁ、なんか前よりすごく楽だった」
葵が小さく答えると、梓紗は少し意外そうに目を瞬かせる
「へぇ、前まで学校行くだけでめっちゃ疲れてそうだったのに」
「……うるさい」
「否定しないんだ」
梓紗は少し笑いながらソファへ背中を預ける。
葵は小さく息を吐き、そのまま近くの椅子へ座った。学校から帰ってきたはずなのに身体はそこまで重くない。むしろ妙に頭だけが冴えている感覚が残っていた
「でも意外だな、葵が普通に学校行って帰ってくるの」
「どういう意味だよ」
「いや、途中で帰ってくるかと思ってた」
「……そこまでじゃない」
「前見てたけど前科あるじゃん」
「それは……」
言い返しかけて止まる。
確かに前は人の多い教室にいるだけで息が詰まりそうになることもあった
けれど今日は違った。視線を向けられても黒板の前へ立っても、頭の中だけは妙に静かだったからだ
『集中制御:維持』
表示がまた静かに流れる
ほんと便利だけど、だんだん人間やめてる気がするなこれ……。
そんなことを考えていると、リビングの奥から足音が近づいてくる
「お、帰ってた」
リリスが飲み物を片手にこっちへ歩いてきた
「どうだった学校は」
「……普通でした」
「その顔は普通じゃないな」
即座に返され、葵は少しだけ視線を逸らす
リリスはそんな様子を見ながら小さく目を細める
「で?」
「何かあったんでしょ」
その瞬間、頭の奥でまた小さく表示が揺れた
『未確認干渉体:観測継続中』
……まだ残ってるのか。
葵は少しだけ黙り込む
どう説明すればいいのか自分でもよく分からなかった。気のせいと言われればそれまでだし、けれど確かに見えていた。しかも補助干渉リンクまで反応していた以上ただの見間違いとも思えない
「……今日、変なの見た」
小さく呟く
梓紗がソファの上で少し首を傾げた
「変なの?」
「学校で?」
葵はゆっくり頷く
「人……っていうか、なんか光みたいなの」
「光?」
梓紗はまだよく分かっていないみたいだった。けれどその横でリリスの目だけがほんの少し細くなる
部屋の空気が少しだけ静かになった気がした
「……どんなものだった?」
さっきまでより少し低い声だった
葵はその反応を見ながら続きを話す
「小さい粒みたいなやつ。クラスメイトの近くにずっといて、なんか……こっち見てる感じがした」
思い出した瞬間、また背中の奥が少しだけざわつく。あの感覚は妙だった、ただ見えていただけじゃない。向こうも自分を認識していた気がした
『干渉反応を確認』
また頭の奥で表示が流れる
「補助干渉リンクも反応した。解析しようとしたけど途中で弾かれたし認識阻害とかも出てた」
そこまで聞いたところで、梓紗が少し驚いた顔をする
「え、補助干渉リンクが弾かれたの?」
「あぁ。梓紗の時みたいな危険な感じじゃなかったけど、なんか違った。静かっていうか……掴めない感じだった」
リリスは黙ったまま考え込んでいる
その表情を見て、葵は逆に少し落ち着かなくなった
「……なんだよ」
「いや」
リリスは小さく息を吐くと、近くの机へ飲み物を置いた
「可能性はいくつかあるわ」
「だけど、もし葵の見たものが本物なら――普通の干渉系じゃないかもね」
その言葉に、部屋の空気が少しだけ重くなる
梓紗もさっきまでの軽い表情を消し、静かにリリスを見る
「……珍しいのか?」
葵が聞くと、リリスはゆっくり頷いた
「干渉系は元々、認識や重力、空間みたいな“見えないもの”へ触れる系統」
「だけどその中にはごく稀に“こちら側じゃないもの”と繋がるタイプがいる」
リリスはそこまで言うと少しだけ視線を上へ向けた
「まぁ分かりやすく言えば、精霊とかそういう類」
「精霊……」
葵が小さく呟く
昼休みに見た淡い光が頭に浮かぶ。あれがもし本当にそういう存在なら、補助干渉リンクが弾かれたのも少しは納得できる気がした
梓紗も少し驚いた顔をしている
「え、じゃあそのクラスメイトって精霊使いみたいな感じなの?」
「まだ分からない」
リリスは軽く肩を竦める
「ただ、葵の補助干渉リンクへ反応したなら、完全に無関係ってことは無いと思うわね」
『干渉反応:安定化』
また頭の奥で小さく表示が流れる
……安定化?
昼からずっと表示が変わり続けている。まるで能力側が勝手に学習しているみたいだった
「……なんか最近、勝手に表示出る量増えてきたんだけど」
葵が少し疲れた声で言うと、梓紗が吹き出す
「なにそれ、もう半分ゲームじゃん」
「笑い事じゃないんだけど」
「でも実際ちょっと面白い」
「…面白くない」
そう返しながらも、葵は小さく息を吐いた
けれど不思議と嫌な感じはしなかった。むしろ少しずつ自分の能力が馴染み始めている感覚に近い
「で、結局その子かわいかったの?」
梓紗が急にそんなことを聞く
「は?」
「いやクラスメイトなんでしょ、その子」
「そういう話してないだろ……」
「図星?」
「違う」
即答すると、梓紗が少し笑う
リリスも飲み物を口へ運びながら、どこか面白そうに目を細めた
「まぁでも、干渉系って相性で引っ張られることあるから」
「近くにいるだけで反応強くなるタイプもいるの」
「……相性」
葵が小さく呟く
昼休みの光景が頭に浮かぶ
淡い光。
補助干渉リンクの反応。
向こう側から見返されるみたいな感覚。
「だから少し気をつけなさいよ」
リリスは軽い口調のままそう言った
『未確認干渉体:接続状態を維持』
また頭の奥で表示が流れる
……接続?
葵はわずかに眉を寄せる
なんとなくだけど、あの反応はまだ終わっていない気がした




