第5話 見えているのは俺だけ
教室を出て
人の流れに混ざって廊下を歩く
さっきまでのことが頭から離れない
でも周りはいつも通りで、笑い声も普通に聞こえてくる
その中にいるのに、少しだけ浮いている気がした
「おーい葵、早く行くぞ」
中田の声
振り向くと、もういつもの顔に戻っている
さっきのことなんてなかったみたいに
……そんなわけない
並んで歩き出す
階段を下りて、昇降口を抜ける。
外に出ると、夕方の空気が少しだけ冷たかった
しばらく無言が続く
話せばいいのに、言葉が出てこない
中田も何も言わない
でも分かる。
これはただの沈黙じゃない
考えてる、さっきのことを
「なぁ葵」
中田が前を向いたまま言う
一瞬、体が固まる
「今日葵さ、ぼーっとしすぎ」
……それだけか
「別に」
短く返す
中田は小さく笑う
「ほんとか?無理すんなって」
それ以上は踏み込んでこない
でも終わってない
ただ今じゃないだけだ
校門を出て、いつもの帰り道に入る
道端には小さな石がいくつも転がっていた
中田がそれを軽く蹴りながら歩いている
コツン、と乾いた音
「なぁ」
中田が声をかける
もう一度、音がした
コツン
でも
今のは違う
中田は、動いていない
それでも石が転がった
「……っ」
息が詰まる
何もしてない
何も考えてない
なのに動いた
どういうことだ
頭の中が一気にざわつく
心臓の音がうるさい
「どうかしたか?」
中田の声
「……いや」
無理やり言葉を出す
足を止めるわけにはいかない
そのまま歩き続ける
でも
さっきの感覚が離れない
――勝手に、動いた
理解できない
したくない。
そのまま少し進んだとき
視界の端、電柱の影に誰かがいた
昨日のあいつだ。壁にもたれるように立っている
最初からそこにいたみたいに。
中田は気づいていない、
俺だけを見ている
目が合う、逸らせない
「……やっぱりか」
小さく、そう言った
背筋が冷える
何を分かってる
なんでそんな顔をしてる
「止まらないぞ、それ」
続けて言う
軽い口調
でも言葉が重い
「...おい大丈夫か?」
中田の声で我に返る
振り向く、もう誰もいない。




