第31話 魔法学園⑦
葵は何も言わない、ただもう次を見ている、奥の気配、まだ来る
少しだけ間が落ちて、ガイが息を吐く
「……終わりじゃねえよな」
「いる」
短く返って、リオも奥に目を向ける
「近い?」
「……近い」
その直後、空気が揺れて影が二つ同時に飛び出す
ガイが前に出て一体を弾く、その横から滑り込んできたもう一体に体を引いて対応し、爪が服をかすめて抜ける
「っぶね」
そのまま踏み込んで一体を斬り、リオがもう一体に回ってナイフで流すが押し込まれて一歩下がる
詰められる寸前、わずかに動きが鈍ったところで振り抜き浅く当てる、そこにガイが横から入り込んで斬り落とす
少しだけ静かになって、ガイが奥を見る
「……まだだろ」
言い終わる前に奥の気配がまた揺れ、今度ははっきりと重い
リオが息を止めて眉を寄せる
「変わったね」
ガイが口の端を上げる
「いいね」
現れた影はさっきより一回り大きく、踏み出すたびに床を鳴らしながら距離を詰めてくる
ガイが正面から斬りかかるが弾かれて後ろにずれ、そのまま踏み込まれて振り下ろされるのを横に逃げてかわし、地面が抉れる
リオが反対側に回り込むと視線がそちらに流れ、その一瞬でガイが踏み込んで横から斬りつける、わずかに通る
「いける」
魔物が唸って腕を振るうのをリオが引いて避けるが軌道がずれて風だけが抜け、そのままガイが距離を詰めてもう一撃入れる
再び踏み込んできた足が一瞬だけ沈み、二人の動きが揃って同時に入り込む
一撃、もう一撃
大きく崩れる
重い音が残って、リオがその場で息を吐く
「……はぁ、きつ」
ガイが肩を回しながら奥を見る
「でも倒せるな」
葵は変わらず奥を見ていて、少し遅れて口を開く
「……遠い」
それで十分で、ガイが舌打ち混じりに息を吐く
「深追いはなしだな」
「うん」
そのまま三人で向きを変え、来た道を戻る
さっきより静かで、気配は遠いまま寄ってこない
歩きながらリオが小さく笑う
「思ってたよりやばいね」
「楽じゃねえな」
ガイが返して、少し間を置いてから続ける
「でもまあ、やれなくはねえ」
「その“やれる”毎回怖いんだけど」
葵は何も言わず前だけ見て歩く
通路を抜けるにつれて空気が軽くなり、やがて入口の光が見える
一歩外に出ると重さが抜けて、リオが大きく息を吐く
「……外ってこんな楽だっけ」
「中が重すぎんだよ」
ガイが言って肩を回す
少し間があって、ガイが葵を見る
「お前さ、さっきの」
葵は視線を外したまま
「……別に」
「別にじゃねえだろ」
言いかけたところで、リオが苦笑して間に入る
「助かったのはほんとだよ」
ガイが少し黙ってから小さく笑う
「まあな」
短い沈黙のあと
「次も来るだろ」
「……来る」
「だろうな」
リオが空を見上げて伸びをする
「今日はここまでにしよ」
「賛成」
三人で歩き出す
背後にダンジョンの入口が残る
中の気配は、まだ消えないまま少しずつ遠ざかっていく
ダンジョンを離れて少し歩いたところで、前に人影がある
リリスだった
壁にもたれたまま、こっちを見るでもなく立っている
ガイが先に気づく
「……誰だあれ」
リオも視線を向ける
「あれ、知り合い?」
葵は少しだけ足を止める
それだけで十分だった
リリスが顔を上げる
目が合う
「帰り?」
「……はい」
「どうだった」
「……普通」
短いやり取りで終わる
リリスはそれ以上聞かない
ただ一度だけ葵を見る
「無茶はしてないみたいね」
それだけ言って、壁から体を離す
そのまま横を通り過ぎていく
ガイが振り返る
「……誰だよ今の」
リオも少し遅れて葵を見る
「知り合い?」
葵は少しだけ間を置く
「……まあ」
それ以上は言わない
ガイが軽く笑う
「まあってなんだよ」
「先生とか?」
リオが言う
「……そんな感じ」
曖昧なまま返す
ガイが肩をすくめる
「変なやつだな」
「でもなんか強そうだったね」
リオが小さく言う
葵は何も言わない
少しだけ後ろを見る
もう姿はない
そのまま前を向く
三人で歩き出す
街の音が戻ってくる
ダンジョンの重さは、少しだけ遠くなる
でも消えてはいない
葵は何も言わないまま、ただ歩く
街に入って少し歩いたところで足が止まる
「じゃ、今日はここでいいか」
ガイが言う
「うん、またね」
リオが軽く手を上げる
「……また」
それだけ返して、三人は別れる
人の流れに混ざって歩く
さっきまでの重さが少しずつ薄れていく
でも完全には消えない
家に戻ると、扉の向こうはいつも通り静かだった
「……ただいま」
靴を脱ぎながら小さく言う
少し間があって
「おかえり」
リリスの声が奥から返る
それだけ
それ以上は何も聞かれない
ダンジョンのことも、帰り道のことも
葵も何も言わない
そのまま部屋に戻る
椅子に座って、少しだけ手を見る
何も変わっていない
ゆっくり息を吐く
外の音が遠くにある
静かだ
――ほんの一瞬だけ
指先の感覚が、先に触れる
遅れて、机に触れる
「……」
わずかに止まる
もう一度、同じように手を動かす
今度は何も起きない
普通だ
それでもさっきの感覚だけが残る
少しだけ目を閉じる
何も起きない
ただ静かに時間だけが流れる
葵は何も言わないまま、そのまま椅子に座り続ける
部屋の中は、いつも通りのままだった
扉が開く
「ねぇ葵ご飯できてるけど食べるでしょ?」
リリスが言う
「……食べます」
少しして、葵も部屋を出る
リビングに入ると、リリスはもう座っている
湯気が上がってる
「いただきます」
「葵、味どう」
「……美味しいです」
「そう」
一口食べる
もう一口
「さっきよりマシな顔してる」
「……そうですか」
「さっきはもっとひどかった」
葵は少しだけ止まる
「……そんなに?」
「そんなに」
短く返る
少しだけ間があって
また食べる
「量足りる?」
「……大丈夫です」
「足りなかったら言いなさい」
食器の音が続く
さっきより少しだけ軽い
「で」
リリスが言う
「明日、どうするの」
「……特に」
「ほんとに?」
「はい」
「毎回それ言ってる気がするんだけど」
「そんなことないです」
「あるわよ」
少しだけ笑う
葵は少しだけ考える
「……じゃあ、少し外出ます」
「へえ、珍しい」
「……たまには」
「いいんじゃない」
それで会話は切れる
でもさっきみたいな静けさじゃない
そのまま食べ続ける
外は暗いまま
部屋の中には、ちゃんと人がいる音が残る




