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第29話 魔法学園⑤

「……止まっている」


もう一度、少しだけ深く踏み込む。さっきと同じ形をなぞるのではなく、そのさらに奥へ意識を沈める。対象じゃない、その結果そのものを固定する感覚に触れる


リリスが動く。踏み込みはさっきより速い、明らかに試しに来ている


葵は逃がさない


「……止まっている」


重ねる


その瞬間、空気が落ちる。周囲の流れごと一段沈み、リリスの動きが完全に固定される。今度は一瞬じゃない、形が崩れないまま止まり続ける


「……」


静止


風も音もわずかに遅れるような感覚


さっきより深い


通っている


「……やるじゃない」


リリスの声がわずかに低くなる。動けないまま、それでも余裕は消えていない


だが次の瞬間、負荷が一気に跳ね上がる


「……っ」


視界がぶれる。意識が沈みすぎて引き戻せない、固定しているはずの感覚が逆に自分を引きずり込む


深い


入りすぎている


――やりすぎだ


声が強く響く


だがもう遅い


止めたまま維持しようとするほど、負荷が増える。支えている感覚そのものが崩れかける


「……っ、」


呼吸が乱れる


その瞬間


空気が弾ける


リリスが強引に抜ける。固定を内側から押し広げるようにして解くと、そのまま一歩で距離を取る


「そこまで」


はっきり止める声


同時に、葵の意識が一気に引き戻される


「……はっ」


呼吸が戻る。視界が揺れて、遅れて現実が追いつく


足元が少しだけ不安定になる


「……やりすぎ」


リリスが近づく。さっきまでの余裕は残しつつも、目だけはしっかり見ている


「今のは通ってた。でも維持に入った時点で崩れるわ」


淡々とした指摘


葵は何も言わない


まださっきの感覚が残っている


深い場所に触れたまま、完全には戻りきっていない


「一瞬ならいい。でも引き伸ばすな」


リリスが続ける


「今のあんたじゃ耐えられない」


現実的な線引き


「……はい」


短く返す


リリスは少しだけ息を吐くと、すぐにいつもの調子に戻る


「まあでも」


わずかに口元が上がる


「想像以上ね」


評価


「初日でそこまで行くとは思ってなかったわ」


素直な言い方


葵は視線を落とす


まだ完全じゃない


でも


確かに届いた


「今日はここまでにしとく?」


軽く聞く


だがその目は、どちらでもいいと言っている


「……もう少し」


即答


リリスが小さく笑う


「いいわね、その感じ」


くるりと背を向ける


「じゃあ次はもう少し現実的なやつにしましょうか」


少しだけ声の調子が変わる


「ダンジョン用にね」


空気が少しだけ落ち着く。さっきまでの無理な負荷は抜けているが、感覚だけははっきり残っている


葵は視線を落とす


止める、戻す、それはもう使える


でも、それだけじゃ足りない気がしていた


「……」


ふと昨日の光景がよぎる。教室で見た魔法、火や風、水、それぞれが単純な形で動いていたが、その“流れ”だけは妙にはっきりしていた


形じゃない


動き


「……混ぜる」


小さく呟く


リリスがわずかに目を細める


「へえ」


興味を持ったように見る


葵は足元の小石へ意識を向ける。ただ戻すだけじゃない、その周囲にあったはずの“流れ”も一緒に捉える。空気の動き、押し出すような力、その方向


「……戻る」


一拍


「……流れる」


重ねる


その瞬間、小石が動く。ただ引き戻されるのではなく、空気に乗るように滑って元の位置へ向かう


だが少し強い


石がわずかに通り過ぎる


「……」


止まらない


「……止まっている」


追加する


石が空中で止まる。ほんの少し揺れる


完全じゃない


「ふーん」


リリスが一歩近づく


「今の、風を真似た?」


軽く聞く


葵は小さく頷く


「……そのままじゃなくて、流れだけ」


短く答える


リリスは少しだけ笑う


「面白いことするわね」


素直な評価


「魔法そのものじゃなくて“動き”だけ抜く」


石を見ながら続ける


「それなら適性がなくても関係ない」


納得したように言う


葵はもう一度石に意識を向ける。今度は少しだけ順序を整える


「……流れる」


一拍


「……戻る」


滑らかに動く


「……止まっている」


ぴたりと止まる


今度は揺れない


「……」


成功


さっきよりも軽い


リリスが小さく頷く


「いいわね、それ」


納得した声


「言霊で流れを作って、魔法の形を借りる」


軽くまとめる


「普通は逆だけど」


少しだけ楽しそうに言う


葵は何も言わない。ただその感覚を覚える


石は空中で静かに止まっている


小さい


でも確実に変わっている


「それ、ダンジョンで使いなさい」


リリスが言う


「雑魚相手なら十分通用する」


現実的なライン


「……はい」


短く返す


空気は落ち着いている。さっきまでの張り詰めた感覚も少しずつ抜けていき、静かな余白だけが残る


リリスが軽く息を吐く


「一旦休憩」


そのまま近くの岩に腰を下ろす


葵も少し遅れてその場に座る


しばらく何も話さない時間が流れる。風の音だけが静かに通り過ぎる


「……」


葵はぼんやりと地面を見る。さっきまでの感覚がまだ頭の奥に残っている


リリスが横目で見る


「で」


軽く切り出す


「気になってるでしょ」


唐突


葵は少しだけ視線を上げる


「……何がですか」


リリスは少しだけ口元を緩める


「私のこと」


あっさり言う


「適性なかったのに、なんでここまでやってるのか」


核心を突く


葵は一瞬だけ黙る


図星


「……そういえば」


小さく返す


リリスは視線を空に向ける


「昔はね、普通にやろうとしてたわよ」


軽く言う


「魔法も、適性も、ちゃんと測って、ちゃんと伸ばそうとしてた」


どこか他人事みたいな言い方


「でも全部“中途半端”だった」


短く区切る


「どれもそこそこ、でも決め手がない」


少しだけ間が空く


「だからやめた」


あっさり


葵は少しだけ眉を動かす


「……やめた?」


リリスは小さく頷く


「合わせるのをね」


言い方が変わる


「“魔法に自分を合わせる”のをやめた」


視線を戻す


「だったら逆にすればいいって思ったのよ」


軽く肩をすくめる


「自分に合わせて使う」


その言葉は静かだが、芯がある


葵は何も言わずに聞く


「その結果が今」


リリスは指先で空気を軽く弾く


目には見えないが、わずかに空気が歪む


「適性なんて関係ない、力があれば押し切れる」


さらっと言う


だがそれは簡単じゃない


「……」


葵は少しだけ考える


「じゃあ、言霊は」


小さく聞く


リリスが少しだけ笑う


「それも同じ」


即答


「元々この世界のものじゃない。だからこそ使える」


少しだけ意味深


「枠の外にあるものは、枠に縛られない」


静かに言う


風が少しだけ強くなる


「……一人だったんですか」


ふと出る


リリスの動きが一瞬だけ止まる


ほんの少し


すぐに戻る


「さあね」


軽く流す


だが否定はしない


少しだけ間が空く


「……でも」


リリスが立ち上がる


「今は違うでしょ」


振り返る


その表情はいつも通り軽い


「弟子がいるんだから」


からかうような言い方


葵は少しだけ目を逸らす


「……まだ弟子ってほどじゃ」


言いかける


「もう十分よ」


即座に被せられる


逃がさない


少しだけ沈黙


風がまた通り過ぎる


リリスが軽く手を叩く


「はい、休憩終わり」


空気が切り替わる


「まだやるわよ」


いつもの調子


葵は小さく息を吐く


さっきまでの話は、もう戻らない


でも


確かに残っている


「……はい」

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