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第25話 魔法学園①

朝。


昨日の余韻は残っているのに、不思議と重さはなかった。頭の中で無理に整理しようとしなくても、感覚だけが静かに沈んでいる。意識を向ければ触れられそうで、でもまだ形にはならない


「……」


軽く伸びをして体を起こす。深く考えるのはやめる、今はまだその段階じゃない


支度を終えてリビングに出ると、リリスはいつも通りの位置にいた。特に何をしているわけでもなく、ただそこにいるという感じが妙に自然だった


「遅いわね」


変わらない一言


「……普通です」


それだけのやり取りなのに、どこか少しだけ距離が近くなったような感覚が残る。言葉にはしないまま、そのまま流れていく




リリスは一瞬だけこちらを見て、すぐに視線を外す


「じゃあ行ってらっしゃい」


あっさりした言い方


「……行ってきます」


小さく返して、そのまま玄関を出る


外の空気は少し冷たく、朝特有の澄んだ匂いが広がっている。少しだけ立ち止まり、何も考えずにその空気を吸い込む


昨日までと同じ景色のはずなのに、どこかだけ違って見える


理由は分からない。ただ、もう同じ場所には戻らないという感覚だけがはっきりしていた


「……」


ゆっくりと歩き出す


道は聞いている。街の中心を抜けた先、そのまま人の流れに乗るように進んでいく


時間が進むにつれて周りの人も増えていく。通勤する大人、同じくらいの年齢の学生らしき姿も見え始める


その中に自然と混ざる


特別なことは何もないはずなのに、ほんの少しだけ世界の見え方が変わっている気がした


視線を動かすと、人の動きや空気の流れがわずかに引っかかる。意識すれば感じ取れる程度の違和感


――まだ弱いな


頭の奥で、声がかすかに響く


葵は何も返さない。ただそのまま受け流すように歩き続ける


やがて、人の流れが一つの方向に集まり始める


その先に見えてくる


広く開かれた門、その向こうに並ぶ建物。派手ではないのに、はっきりとした存在感だけがある


「……ここか」


自然と足が止まる


門の向こうでは同年代の生徒たちが当たり前のように行き来している。その中に自分も入る


そう思った瞬間、少しだけ現実味が増す


「……」


ほんの一瞬だけ迷う


けれど、それもすぐに消える


昨日、決めたことだ


「……行くか」


小さく呟き、一歩踏み出す


門をくぐる


その瞬間、空気がほんのわずかに変わる


気のせいかもしれない。それでも確かに違う


そのまま中へ進む


もう戻る理由はない


門をくぐった先は、思っていたよりも静かだった


人は多いのに、騒がしさはない。歩く足音や小さな会話だけが、広い空間の中に淡く広がっている


建物はいくつかに分かれていて、それぞれが少し距離を置くように配置されている。無駄な装飾はないのに、どれも整っていて、どこか張り詰めた空気がある


「……」


葵はゆっくりと視線を動かす


初めての場所のはずなのに、不思議と違和感は少ない。ただ、その代わりに“何かがある”という感覚だけがずっと引っかかっている


――集まってるな


頭の奥で、声がかすかに響く


何が、とは言わない


けれど言われなくても分かる気がした


力の流れ。見えない何かが、この場所に集中している


「……」


そのまま歩き出す


人の流れについていくと、自然と一つの建物の前に集まっていくのが見える。他の建物より少しだけ大きく、入口も広い


どうやらここが最初の場所らしい


中に入ると、すでに何人かが集まっていた。年齢は同じくらい、初めて来たという雰囲気の者も多い


ざわつきはあるが、どこか様子を見ているような空気


葵は壁際に軽く寄る


無理に前に出る必要はない


「ねえ、あの人も今日から?」


近くで小さな声がする


「多分。見たことないし」


視線が一瞬だけこちらに向く


すぐに逸らされる


それだけで、十分だった


「……」


気にする必要はない


そう思いながらも、わずかに意識が向く


そのとき


前の方で動きがある


一人の男が前に立つ


視線が自然と集まる


「今日から入る者たちだな」


落ち着いた声が空間に通る


ざわつきが一瞬で収まる


「ここでは基礎から教える。だが覚えておけ」


一度だけ間が入る


「魔法は“適性”でほぼ決まる」


その言葉に、何人かが反応する


「できることと、できないことは最初から分かれている」


はっきりとした言い方だった


葵は何も言わず、その言葉を聞く


頭の奥に、昨日の表示が浮かぶ



微量


測定不可


「……」


無意識に視線が下がる


――違うな


声が重なる


「決まってない」


小さく、誰にも聞こえない声で呟く


その瞬間


ほんのわずかに、空気が揺れる


すぐに消える


誰も気づかない


前では説明が続いている


「まずは簡単な確認から行う」


男がそう言うと、奥の方から別の装置が運ばれてくる


見覚えがある形


昨日のものに近い


ざわつきが少しだけ大きくなる


「順に測る」


短い説明


一人ずつ呼ばれていく


火が出る者、水が揺れる者、小さな風を起こす者


それぞれに違いがある


その中で


「次」


名前が呼ばれる


葵の番が近づく


「……」


一歩前に出る


視線が少し集まる


気にしない


ただ前を見る


“変えられるかもしれない”


その感覚だけが、静かに残っている


ざわつきの中、ほんの少しだけ空気が変わる


葵は一歩前に出る


周囲の視線が集まるのを感じるが、気にする余裕はない。ただ装置の前まで歩く


昨日と同じ形


違うのは、ここには“見られている”ということだけ


「手を置け」


短い指示


葵は何も言わず、手を乗せる


冷たい感触


一瞬の静止


次の瞬間、装置が反応する


火:低

水:低

風:微量

土:低


昨日と同じ


そのはずだった


「……」


周囲から小さな声が漏れる


「なんだあれ」

「全部低くない?」


はっきりとした反応


教師は表情を変えない


「次――」


そう言いかけた瞬間


表示が、わずかに揺れる


風:微量 → 中


一瞬だけ上がる


すぐに戻る


教師の目がわずかに動く


「……?」


葵はそれを見ている


昨日と同じ


違うのは


“今は分かる”こと


「……」


意識を向ける


結果じゃない


その手前


――そこだ


声が響く


ほんの一瞬、深く沈むように意識を落とす


「上がれ」


小さく、ほとんど聞こえない声


その瞬間


水:低 → 微量

風:微量 → 中


同時に動く


ざわつきが一段階大きくなる


「今の見たか?」

「え、変わった?」


教師が一歩前に出る


「もう一度だ」


低い声


葵は手を離さない


呼吸が少しだけ乱れる


完全じゃない


けれど、掴みかけている


「……」


もう一度、意識を重ねる


触れる


固定する


「そのまま維持しろ」


教師の声


外からの圧が加わる


一瞬だけ、感覚が揺れる


数値が戻りかける


――離すな


声が強くなる


「……落ちるな」


言葉を変える


押し込むように


その瞬間


火:低 → 微量

水:低 → 微量

風:微量 → 中

土:低 → 微量


一斉に変わる


今度は、戻らない


「……」


空気が止まる


誰も声を出さない


教師も動かない


数秒


そのまま固定される


やがて


装置の光がゆっくりと落ち着く


表示が、確定する


火:微量

水:微量

風:中

土:微量


最初とは、違う結果


「……おい」


誰かの声が漏れる


「なんだ今の」


ざわつきが一気に広がる


教師が静かに口を開く


「……手を離せ」


葵はゆっくりと手を離す


指先に、まだ感覚が残っている


“変えた”


はっきりと分かる


「……」


視線が一斉に向けられる


さっきまでとは明らかに違う


評価じゃない


“分からないものを見る目”


教師が少しだけ目を細める


「後で来い」


短い一言


それだけで十分だった


葵は何も言わず、一歩下がる


ざわつきの中に戻る


でももう、さっきと同じ位置じゃない


「……」


胸の奥に、少しだけ熱が残る


できた


まだ不完全


それでも


“変えられる”


その確信だけが、静かに残っていた


ざわつきの中、教師に呼ばれて別室へ通される。


中は簡素で、机と椅子があるだけ。さっきまでの空気とは違って、やけに静かだった。


「座れ」


短い指示。


葵は何も言わずに従う。


教師は正面に立ったまま、しばらく何も言わない。ただ観察するように見てくる。


「……さっきのは何をした」


低い声。


葵は少しだけ視線を落とす。


「……分かりません」


嘘ではない。


教師は目を細める。


「ふざけてるようには見えないな」


一歩だけ近づく。


「だが、あれは“結果が変わった”動きだった」


静かに言い切る。


「お前、自分の数値を“書き換えた”な」


その言葉に、葵の中で何かがはっきりする。


否定はできない。


けれど説明もできない。


「……」


沈黙。


教師は小さく息を吐く。


「もう一度やってみろ」


装置が再び起動する。


葵は手を置く。


意識を向ける。


さっきと同じように、触れる。


「……」


動かない。


数値はそのまま。


火:低

水:低

風:微量

土:低


さっきの感覚が、掴めない。


――浅いな


声がかすかに響く。


集中が乱れる。


「……できません」


小さく言う。


教師はしばらく見ていたが、やがて納得したように頷く。


「再現性は低いか」


それ以上は追及しない。


「いいだろう」


少しだけ距離を取る。


「無理にやるな。今はまだ“偶然に近い”」


その言い方は否定ではなかった。


「だが覚えておけ」


一瞬だけ視線が鋭くなる。


「さっきのは、普通じゃない」


それだけ言って、扉の方を指す。


「よし戻っていいぞ」


葵は小さく頷いて部屋を出る。


廊下に戻ると、さっきのざわつきがまだ少し残っている。


そのまま外へ出る。


空気が少しだけ軽くなる。


「……」


歩き出そうとした瞬間。


「おい」


後ろから声がかかる。


振り返ると、一人の男子が立っていた。さっきの測定を見ていた中の一人だ。


少しだけ苛立ったような目。


「さっきの、なんだよ」


まっすぐ聞いてくる。


葵は少しだけ間を置く。


「……分からない」


正直に答える。


男の眉が動く。


「は?ふざけてんのか」


一歩近づく。


「全部低いくせに、いきなり上がるとかありえねえだろ」


声が少し強くなる。


周りの何人かも足を止めて見ている。


「なんかやってんだろ」


詰め寄る。


葵は動かない。


ただ見ている。


「……」


少しだけ息を吸う。


頭の奥で、感覚が繋がる。


言葉。


固定。


「……うるさい」


小さく呟く。


男が一瞬止まる。


「は?」


さらに何か言おうとする。


その前に。


「喋るな」


静かに言葉を落とす。


その瞬間。


空気が、わずかに沈む。


男の口が開いたまま止まる。


声が出ない。


「……っ」


何か言おうとしているのに、音にならない。


周囲が一瞬で静まる。


「……」


葵はそれ以上何も言わない。


ただ一度だけ視線を外して、そのまま歩き出す。


数歩進んだところで。


背後から、ようやく声が戻る。


「な、なんだ今の……」


小さく、震えた声。


ざわめきが広がる。


誰も、さっきまでと同じ目では見ていない。


「……」


葵は振り返らない。


ただそのまま歩く。


手の中に、さっきの感覚がまだ残っている。


“言葉で止めた”


はっきりと分かる。



ざわめきはまだ残っていたが、さっきまでとは質が違っていた。葵が動くたびに視線が少し遅れてついてくる、その感覚だけが静かにまとわりつく


気にする理由もないまま、そのまま建物の中へ戻るとすでに次の案内が始まっていた


「これからクラス分けを行う」


前に立つ教師が淡々と告げると、空気が少しだけ締まる


「先ほどの測定結果をもとに振り分ける」


その一言で周囲が軽くざわつく、誰もが自分の結果を前提にして話し始める


火、水、風、それぞれが自然と想像している配置


葵は何も言わない


「名前を呼ばれたら前に出ろ」


一人ずつ呼ばれていくたびに流れができていく。同じ系統ごとにまとまっていくのが見ていて分かる


当然の形、そのはずだった


「次、水瀬葵」


名前が呼ばれる


一歩前に出ると、教師がわずかに視線を向ける。その一瞬だけ空気が止まる


「……特別枠だ」


短い一言


周囲が一斉に反応する


「特別って何だよ」

「さっきのやつだろ」


ざわめきが広がるが、教師はそのまま続ける


「既存の分類に当てはまらないため、基礎クラスに所属させる」


説明はそれだけ


納得している者はいないが、誰も口を挟めない


葵は何も言わず、指定された位置へ移動する。周りと少しだけ距離がある、その配置が余計に目立たせる


視線が集まるが、それ以上は何も起きない


教師が手を軽く叩く


「では最初の確認を行う、自分の適性を使って簡単な魔法を発動しろ」


一人ずつ前に出る


火は火を灯し、水は水を集め、風は空気を揺らす。それぞれが迷いなく“自分の型”で発動していく


完成されている動き


決まっている流れ


葵はそれを見ている


理解はできる、けれど同時に違和感が残る。どこまでいっても“決められた形”の中に収まっている


「次」


葵の番


前に出ると視線がまた集まる


「好きな方法でいい、何か起こしてみろ」


曖昧な指示、それでも周囲は戸惑わない。普通ならやることは決まっているから


葵は手を見る


何もない


それでも意識を落とす


火でも水でもない、その手前に触れる


――どうする


声が響く


葵は小さく息を吸う


「……動け」


言葉を落とす


その瞬間、何もない空間がわずかに歪む。見えない何かが動くように、空気だけが揺れる


床の埃がふわりと浮く


一瞬


すぐに止まる


「今の何?」

「風じゃないのか?」


ざわつきが広がるが、誰も正体を掴めない


教師だけがわずかに目を細める


「……続けろ」


葵はもう一度やろうとする


けれど感覚が掴めない


何も起きない


静かな空白だけが残る


数秒


教師が手を下ろす


「……いい、次」


それで終わり


説明も評価もない


葵はそのまま下がる


視線だけが残る


さっきの現象、それが何なのか分からないまま。ただ一つだけ共通しているのは“普通じゃない”という認識


葵は何も言わない


ただ理解している


周りとは違う


同じやり方ではない


それでも確実に“何か”は起きている

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