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第17話 基礎練習

「……外って、どこに行くんですか」


葵は靴を履きながら、小さく聞いた


「安心しなさい、逃げ場のない場所よ」


女は軽く笑って、先にドアを開ける

夜の空気が流れ込んできて、葵の背中にぞわっとした感覚が走る


また、あの感じだ


「……妖気、まだ出てるんですか」


「ええ、隠せてない。むしろさっきより濃いわね」


さらっと言われて、葵は無意識に自分の腕を押さえる


「でも安心していい。今日は“止め方”だけやる」


「止める……」


歩きながら、女は振り返らずに続ける


「言霊はね、発動する前に“兆し”があるの。感情、呼吸、視線……全部が引き金になる」


「……」


「さっき、血を止めた時。あなた、何を考えてた?」


葵は少しだけ考えて、口を開く


「……止まれ、って」


「それだけ?」


「……強く、思いました」


その瞬間、女が立ち止まる


「それよ」


静かな声だった


「強く思った時、現実が引きずられる。あなたの場合、それが異常に強い」


夜の道、街灯の下

女はゆっくり振り返る


「だからまず、“思わない練習”をする」


「……え?」


「簡単でしょ?何も考えなければ、何も起きない」


「……そんなの」


できるわけない

そう言いかけて、葵は口を閉じる


「無理、って顔ね」


女は少しだけ笑う


「じゃあ試してみなさい。今ここで」


「ここで……?」


「ええ」


一歩、距離を詰められる


「目を閉じて。呼吸を整えて。何も考えない」


「……」


言われるままに、葵は目を閉じる

吸って、吐いて


頭の中を空にしようとする


でも


(何も……考えない……)


そう思った瞬間


──ざわっ


背中から何かが溢れる


「っ……!」


空気が歪む


「ほら、出た」


女の声がすぐ近くで聞こえる


「今、何考えた?」


「……何も、考えないって……」


「それがもう思考なのよ」


「……っ」


ぐっと息が詰まる


「いい?止めるっていうのは、“消す”ことじゃない」


女の手が、葵の額に軽く触れる


「“流す”の」


「……流す?」


「思考も感情も、止めようとするほど溜まる。だから流すのよ、川みたいに」


静かに、ゆっくりとした声


「浮かんでもいい。ただ掴まない」


「……」


「もう一回やるわ」


葵は、小さく頷く


目を閉じる


今度は、“消そう”としない


浮かんできた考えを、そのまま流す


(寒い)


流す


(怖い)


流す


(また何か起きるかも)


流す


──ざわっ


さっきより弱い


でも、まだ消えない


「……少し、マシね」


女の声


「それでいい。最初はそれで」


「……はい」


ゆっくり目を開けると、世界が少しだけ静かに見えた


「今日はここまでにしてあげる」


「……え」


「欲張ると暴走するからね」


そう言って、女はまた歩き出す


「明日からは、“出す側”もやるわよ」


「出す……?」


葵はその背中を追いながら聞き返す


「ええ。抑えるだけじゃ意味がない」


少しだけ振り返って、女は笑う


「あなたの力、本当は“壊す”だけじゃないから」


「……」


その言葉が、妙に引っかかった


夜の道を歩きながら


葵は、自分の中にある“何か”を、初めて少しだけ理解し始めていた




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


翌朝


「……眠い」


玄関を出た瞬間、葵は小さく呟いた


「当たり前よ、昨日あれだけ使ってるんだから」


すでに外で待っていた女、リリスは腕を組んだまま言う


「でも今日は楽よ。基礎しかしないから」


「……基礎」


少しだけ安心した顔になる


「ええ。むしろ一番大事なところ」


歩き出す


昨日と同じ道

でも空気が少し違う気がした


「言霊っていうのはね、“なんでもできる力”じゃない、簡単に例えれば、人に死ねと言って死ぬようなものじゃあない。」


「……」


「できることは限られてる。その代わり、精度が異常に高い」


「精度……」


「今日は三つだけ覚えなさい」


立ち止まる


人のいない場所


「一つ目。“止める”」


葵の方を見て、短く言う


「やってみなさい」


「……はい」


少し息を整える


昨日教わった通り、流す


余計な考えを流して


一点だけに意識を置く


目の前に落ちてきた小さな葉


「……止まれ」


ぴたり、と


空中で止まる


「……」


自分でも少し驚く


「いいわね。今のはちゃんと“弱く”使えてる」


「……弱く?」


「そう。強くやると暴れるから、基本は“最小限”」


葉が、力を失ったみたいに落ちる


「二つ目。“動かす”」


女が足元の石を軽く蹴る


「今度はそれを」


「……はい」


同じように、呼吸


流す


一点に絞る


「……動け」


石が、少しだけ転がる


コツン、と音を立てて止まる


「……できた」


「今のもいい。ただし」


リリスはすぐ続ける


「自分の意思で“どこまで動かすか”を決めなさい」


「……」


「止まるまでを任せると、無駄に力を使う」


葵は小さく頷く


「三つ目」


少しだけ間を置く


「“戻す”」


「……戻す?」


「ええ。一番大事」


リリスはさっきの石を指さす


「さっきの位置、覚えてる?」


「……だいたいなら」


「そこに戻しなさい」


「……」


少しだけ、難しそうな顔


「これはね、“結果をなかったことにする”イメージ」


「なかったこと……」


「動かした事実ごと、元に戻す」


葵は石を見る


さっき動いた軌跡を、頭の中でなぞる


そして


「……戻れ」


石が、ゆっくりと


逆再生みたいに元の位置へ戻る


「……」


「……」


少しだけ、沈黙


リリスがふっと息を吐く


「……やっぱりおかしいわね、あんた」


「え」


「普通はそこで詰まるのよ」


「……すみません」


「褒めてるの」


少しだけ笑う


「この三つ。“止める”“動かす”“戻す”」


指を三本立てる


「これだけで、大体のことはできる」


「……」


「逆に言えば、これができないと何もできない」


葵はその言葉を、静かに受け止める


「今日はこれを体に染み込ませる」


女は少しだけ距離を取る


「ひたすら繰り返しなさい」


「……はい」


葉を止める

石を動かす

元に戻す


何度も、何度も同じことを繰り返す


単純で

地味で


でも確実に、昨日とは違う感覚があった


「……」


ふと


葵は小さく息を吐く


「……少しだけ、わかってきた気がします」


リリスはそれを聞いて少しだけ目を細めた


「そう。それでいい」


短く言って


「じゃあ最後」


「……はい」


「それ、三つ同時にやってみなさい」


「……え?」


一瞬思考が止まる


葉を止めて、石を動かして、戻す

それを同時に


「……無理です」


素直に言う


「今のあんたじゃね」

リリスはあっさり肯定する


少しだけ間を置いて


「でも、いずれはできるようになる」


「……」


葵が黙ると、女は軽く肩をすくめる


「参考までに言っとくけど」


そのまま、何でもないことみたいに


「私なら“一万以上”制御できるわ」


「……は?」


思わず声が出る


「同時に、よ、それでも私は君にはできると思ってる」


「……」


言葉が出てこない


さっきの三つでさえ、頭が追いついていないのに


一万


桁が違う


「まあ、最初は三つでいい」


女はくるりと背を向ける


「できるようになりなさい」


「……はい」


葵は小さく答える


でもその視線は、さっきよりも強くなっていた


葉を見る

石を見る


「……止まれ」


一つ


「……動け」


二つ


「……戻れ」


三つ


ぎこちなく、少し遅れて


それでも、同時に近づけようとする


「……っ」


空気が揺れる


ほんの少しだけ、三つが重なる


「……今の?」


「悪くない」


すぐに返ってくる声


「崩れかけてるけどね」


「……はい」


息が少し荒い


でも


「……もう一回」


自然に言葉が出る


リリスはそれを見て、ほんの少しだけ笑った


葵が息を整えようとした瞬間


「待ちなさい」


女の声で止められる


「その前に、もう一つ教える」


「……はい」


少しだけ視線が向けられる


「さっきのやり方じゃ、三つが限界よ」


「……え」


「視点が足りてない」


「視点……?」


リリスはゆっくり周囲を指さす


落ち葉、石、遠くの電柱、揺れる草


「今の君、“一個ずつ見てる”でしょ」


「……」


図星だった


「それじゃ増えない」


少しだけ間を置いて


「もっと操るには、視点を増やすのよ」


「……」


「見てる範囲を、360°細かく一ピクセルも見逃さないように」


「360°……」


「一つのものだけを見るんじゃない」


女の声が少し低くなる


「全部」


風が、少し揺れる


「ありとあらゆるものを、同時に“認識”する」


「……そんなの」


「できるようにするの」


ぴたり、と言い切る


「いつでも動かせるようにする」


「……」


葵は周りを見る


葉、石、地面、空気


全部を見ようとする


でも


視線が定まらない


「……無理です」


正直に言う


「最初はね」


リリスはあっさり返す


「だから練習する」


少しだけ近づいて


「まずは、視線を固定しない」


「……」


「一点を見るな。ぼやかせ」


「ぼやかす……」


「ピントを合わせないで、全部を“なんとなく見る”」


葵はゆっくり目を細める


焦点を外す


ぼやける


でも、その中で


全部が同時に視界に入る感覚


「……」


「その状態でやるの」


「……はい」


呼吸


流す


視点を広げたまま


「……止まれ」


葉が止まる


「……動け」


石が動く


「……戻れ」


少し遅れて戻る


「……っ」


さっきより、バラけてない


「さっきよりいい」


短く返る


「それが“視点”」


葵は少しだけ息を吐く


「……難しいです」


「そのスピードならすぐに慣れるわ」


女は軽く言う


「それができないと、増やせないから」


「……」


一万、という言葉が頭をよぎる


「……やります」


小さく、でもはっきり


女はそれを聞いて


少しだけ満足そうに目を細めた

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