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第16話 リリス

目が覚めたとき、天井が一瞬わからなかった。見慣れない木の板が視界に入って、少し遅れて思い出す


「……ああ」


体を起こすと、昨日のことが少しずつ繋がっていく。森、薬草、あの声、そして――


「リリス」


小さく口に出した瞬間、頭の奥がわずかにざわついた


『更新待機中』


「……普通にいるのな」


思わず息を吐く。返事はないけど消えてもいない。その曖昧な存在が妙に現実感を持っていた


軽く体を動かすと、昨日よりも違和感が減っている気がする。重さもズレもほんの少しだけ収まっている


「慣れてきてる……のか?」


自分でもはっきりしないまま立ち上がり、部屋を出る


廊下を抜けて階段を降りると、そのまま宿の一階に出た


入口の横には、簡単な食事ができるスペースがある。数人が静かに食事をしていた


「……ここでいいか」


小さく呟いて席に座ると、少しして奥から人が出てきた


「おはよう、食事か?」


「あ、はいお願いします」


短く返すと、相手は軽く頷いてそのまま奥に戻っていく


それだけで注文が通ったらしい


「……雑だな」


思わず呟く


しばらくすると、皿が目の前に置かれる


パンと、温かいスープ


「10レイだ」


「あ、はい」


袋から取り出して渡すと、そのまま受け取られて終わる


やり取りはそれだけだった


「……いただきます」


口に運ぶ


味はある。ちゃんと温かいし、まずくもない


でも、なぜか印象に残らない


食べたはずなのに、感覚だけが抜けているような感じがする


「……なんだろうこれ」


もう一口食べてみるけど、やっぱり同じだった


違和感だけが残る




食べ終えて外に出ると、朝の空気が少しだけ冷たかった。町はもう動いているはずなのにどこか一歩引いた感じが抜けない


「……まぁいいか」


昨日の掲示板の前を通る。人は増えているけど今日は足を止める気にならなかった


やることはもう決まっている


「南、だよな」


地図なんてないのに、不思議と方向は分かる気がする。あの声のせいなのかそれともただの感覚なのかは分からない


そのまま町の外れに向かって歩く。人の数が少しずつ減って建物もまばらになっていく


途中で一度だけ足が止まる


「……リリス」


名前を口に出してみるけど、何かが分かるわけでもない。ただその言葉だけが妙に残る


少し息を吐いて視線を前に戻す


「行くしかないか」


そう呟いて、また歩き出す


やがて町を抜けると視界が開けて、南へ続く道が静かに伸びていた


道は思っていたよりも静かだった


町の外に出たのに、風の音すらどこか薄い


足音だけがやけに残る


「……こんなもんか」


誰に言うでもなく呟く


振り返ると、町はもう少し遠くに見えていた、戻ろうと思えば戻れる距離


でも、足は止まらない


しばらく歩くと道の脇に背の低い草が広がっている場所に出る


森ほどじゃないけど、視界が少しだけ遮られる


「この辺か……?」


特に理由はない


でも、なんとなく“それっぽい”感覚がある


そのとき、頭の奥がわずかに反応する


『進行方向:維持』


「……またか」


小さく息を吐く


「南に行けばいいんだろ」


確認するように呟くと、少し間を置いて返ってくる


『肯定』


「……ほんとに喋るなこれ」


思わず苦笑が漏れる


歩きながら周りを見る、同じような景色が続く


でも、完全に同じではない


少しずつ、何かが変わっている気がする


「……近づいてるのか?」


答えはない


でも、間違ってない気はした


さらに進んでいく


時間の感覚が曖昧になってきた


どれくらい歩いたのか分からない


でも、疲れはあまりない


「……それも能力か?」


返事はない、そのときだった


視界の端に、何かが引っかかる


「……?」


足を止める、道の少し先何かがある


人影だった


道の先、少し離れた場所に一人立っている


距離があるのに、不思議とはっきり見えた


「……」


足が止まる


相手は動かない


こっちを見ているのか、それともただ立っているだけなのかも分からない


少しだけ迷ってから、ゆっくり近づく


距離が縮まるそれでも相手は動かない


ただ静かにそこにいる


「……あの」


声をかけると、わずかに反応が返る


視線がこちらに向く


「ここ、南で合ってますか」


自分でも変な聞き方だと思いながら口にする


少しの沈黙


それから、相手が口を開いた


「……来たのね」


短い一言


それだけで、空気が少し変わる


「……え?」


思わず間の抜けた声が出る


「あなたのことよ」


当然のように言われる


「いや、なんで」


言葉が追いつかない


そのまま相手は背を向ける


「ついてきなさい」


それだけ言って歩き出す


「ちょ、ちょっと待って」


慌てて後を追う


少し歩くと、木々の間に小さな小屋が見えてきた


簡素な作りだけど、ちゃんと人が住んでいる気配がある


「ここよ」


そう言って立ち止まる


「……ここって」


「私の家」


あっさり返される


「……で、なんで俺がここに?」


正面から聞く


少しの間があって、相手は軽くこちらを見る


「決まってるでしょ」


何でもないことのように言う


「ここで暮らすのよ」


「……は?」


完全に思考が止まる


思考が止まったまま立っていると、リリスは気にした様子もなく扉を開ける


「入りなさい」


「いや、ちょっと待っ――」


言い終わる前に中へ入っていく


少し迷ってから、結局あとを追った


中は外見よりも少し広かった


最低限の家具だけが置かれている


生活感はあるのに、どこか整いすぎている感じがした


「そこ、座っていいわよ」


言われるまま、近くの椅子に腰を下ろす


落ち着かないまま、部屋の中を見回す


「……あんた、名前は?」


ふいに聞かれる


「あ、水瀬 葵です」


少しだけ間を置いて答える


リリスは軽く頷いた


「そう」


一瞬だけ視線が細くなる


「いい名前ね、葵」


「……どうも」


なんとなく落ち着かない


少しの沈黙


そのあと、何でもないように続けられる


「言霊、使えるんだって?」


「……」


一瞬だけ固まる


なんでそれを、と思考が追いつかない


「……はい、まぁ……そうですけど」


曖昧に返す


リリスは小さく息を吐く


「奇遇ね」


軽く肩をすくめる


「私もよ」


「……え?」


思わず聞き返すと、リリスは少しだけ首を傾ける


「さっき」


視線がこちらの背中に向く


「言霊、使った?」


「……え」


一瞬、思考が止まる


使った覚えは――ない


いや、意識しては使っていない


「……使ってない、と思いますけど」


曖昧に答える


リリスは小さく息を吐いた


「そう」


それだけ言ってから、もう一度こちらを見る


「じゃあ無意識ね」


「無意識って……」


言いかけたところで、言葉が止まる


「君の背中からね」


ゆっくりと言葉が落ちる


「すごく強い“妖気”が出てる」


「……妖気?」


反射的に振り返る


当然、何も見えない


でも、背中に何かあるような感覚だけが残る


「見えないの?」


少しだけ不思議そうに言われる


「いや、全然……」


自分の腕を見る


変わったところなんて何もない


「……やっぱりか」


小さく呟く声が聞こえる


「やっぱりって?」


「自覚ないまま使ってる」


淡々と返される


「それ、一番面倒なやつよ」


淡々と言われて、言葉に詰まる


「……面倒って」


聞き返そうとした瞬間、リリスが立ち上がる


「これから」


そのままこちらを見る


「私が抑える方法と、他の修行を教える」


「……は?」


話が急すぎて追いつかない


「今から外に出るわよ」


当然のように言われる


「いや、ちょっと待ってください」


思わず立ち上がる


「いきなりすぎません?」


リリスは一瞬だけこちらを見る


その視線だけで、言葉が止まる


「時間がないの」


短く、それだけ言う


「今のままだと――」


少しだけ間が空く


「きっと壊れるわよ」


「……」


どこかで聞いた言葉だった


一瞬だけ、あのときの感覚がよぎる


「……分かりました」


小さく息を吐く


「行きます」


リリスは何も言わず、先に歩き出す


そのまま外へ出る

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