第15話 新たな生活
息を整えながら、ようやく見えてきた人の気配に向かう
さっきまでの追跡は、気づけば遠のいていた
「……助かったのか?」
確信はないまま、足だけが止まらない
木の間を抜けた先に、道が続いていた
その先に見えたのは、思ったよりもしっかりした町だった
石造りっぽい建物が並んでいて、人の姿もある
「……ちゃんとあるじゃん」
思わずそう呟くけど、どこか引っかかる
静かすぎる
騒がしさがない
人はいるのに、会話の音がほとんどしない
「……なんか変だな」
入口らしき場所に近づくと、視線が一瞬だけ集まる
でもすぐ逸れる
見てるのに見てないみたいな感じ
「……なんだこれ」
町の中に入ると、思ったより人は多かった
ただ、やっぱりどこかおかしい
声はあるのに、活気がない
「……とりあえず、誰かに聞くしかないか」
そう呟いて、近くを歩いていた男に声をかける
「すみません」
男が一瞬だけこっちを見る
「……なんだ」
普通に返ってきた
「……通じてる」
思わず小さく呟く
「ここってどこですか」
少し間が空く
「セラスの外れだが」
「セラス?」
聞き返すと、男はそれ以上は答えない感じで視線を逸らした
「……あの、日本語通じてるんですよね」
「にほんご……?」
逆に首をかしげられる
「いや、今普通に会話できてますよね」
「それは“共通語”だ」
短く返される
「共通語?」
「この辺りじゃ普通だ」
それだけ言って歩いていく
「……そういう感じか」
少し混乱しながら、周りを見回す
確かに、言葉は通じているのに“言語”の概念が違う感じがある
「じゃあここ、異世界ってことでいいのか……」
小さく呟いたとき、横から声がする
「旅人か?」
振り向くと、今度は別の人が立っていた
さっきのやつよりは話が通じそうな雰囲気がある
「……まぁ、そんな感じです」
とりあえず曖昧に返す
男は少しだけこっちを見てから、軽く顎を動かした
「ここは初めてか」
「はい」
短く答えると、相手は納得したように息を吐いた
「なら最低限は知っといた方がいいな」
その言葉に少しだけ身構える
「この辺は“境界外”だ」
「境界外……?」
聞き返すと、男は歩きながら続ける
「まともな国の管理が届かない場所ってことだ。魔物も出るし、まともじゃない連中もいる」
「魔物って……さっきのやつか」
思わず小さく呟くと、男はちらっとこっちを見るだけで否定もしない
「あと、お前らみたいな“突然来るやつ”も珍しくない」
その一言で少しだけ嫌な予感がする
「……俺だけじゃないんですか」
「そんな感じだな」
さらっと言われる
「そんな感じって...」
「そのままだ」
会話は淡々としてるのに、内容だけが重い
「あと一つ」
男が立ち止まる
「ここでは、力がないやつから順に消える」
「……」
一瞬だけ言葉が詰まる
「だから、さっきみたいにぼんやりしてるとそのうち死ぬぞ」
その言葉のあと、少しだけ間が空く
「……で、もう一個いいですか」
「なんだ」
「お金って、どうなってるんですか」
男は少しだけこっちを見る
「金?」
「ここでは“レイ”って単位だな」
「レイ……」
初めて聞く単位を反芻する
「じゃあ、持ってないと何もできない感じですか」
「基本はな」
男は淡々と歩き出す
「まぁ、お前みたいなのは最初はどっちにしても詰む」
「言い方きついな」
そう返すけど、否定できないのが嫌だった
「すみません急にいろいろ教えてもらって」
「おう、じゃあ気をつけてな」
男はそう言い残して歩き去ってしまった。
町の中を歩いていると、広場の一角に掲示板みたいなものがあった
紙がいくつか貼られていて、人も何人か集まっている
「……これか」
近づいて見ると、文字は読めるのに内容はすぐ理解できる不思議な感じだった
その中の一枚に目が止まる
「薬草採取……?」
隣から男の声がする
「初心者向けだな」
「これやれば金もらえるんですか」
「100レイだな」
「それってどのくらいなんですか」
男は少しだけ間を置いてから言う
「リンゴ一個分くらいだ」
「しょぼくない?」
「最初はそんなもんだ」
淡々と返される
「冒険者レベルが上がればもっとレイはもらえるぞ」
少しだけ考える
今の自分には何もない、戻る手段も分からない、他のやつらもバラバラ
「……これ受けます」
そう言うと、男は特に止めなかった
「それ受ける気か?」
「まぁ……とりあえずは」
そう返すと、男は軽く顎を動かした
「なら先に登録しとけ」
「登録?」
「そのまま受けるやつはほぼいない」
淡々と言って歩き出すので、ついていくしかない
町の一角、小さな建物に入ると中は意外と静かだった
カウンターの奥にいる人がこちらを見る
「冒険者登録だな」
「はい」
短く返すと、紙を一枚出された
名前を書く欄と、簡単な確認だけ
「これだけでいいんですか」
「最初はな」
受付は淡々としている
少しだけ迷ってから書く
水瀬 葵
その瞬間、軽く光ったような感覚があった
「登録完了だ」
「え、これだけ?」
「最初は皆そんなもんだ」
隣の男が笑う
「これでクエスト受けられる」
「……ほんとにシンプルだな」
外に出ると、さっきの掲示板が見える
空気はまだ少しだけ重い、でも“やること”は決まった
「じゃあ、行くか」
森の入口に立つ
「といっても……薬草なんてどこにあるんだ?」
ただの草と何が違うのかも分からないまま、足を踏み入れる
木が多くなって、視界が少し暗くなる
「これ普通に歩いて見つかるもんなのか……」
そう呟いた瞬間だった
頭の奥で、軽くノイズみたいなものが走る
『検出補助を開始します』
「……は?」
またあの声だ
周りを見ても誰もいない
『対象:薬草種・赤系統・青系統』
勝手に視界が少しだけ変わる感覚がある
地面の一部が、なんとなく“浮いて見える”
「……おい、待て」
視線の先に、さっきまでただの草にしか見えなかったものがある
赤っぽい葉と、青く光るような草
「これ……か?」
しゃがんで触れようとした瞬間、また声が重なる
『採取可能』
「……便利すぎだろ」
思わず小さく笑う
「いや、これズルじゃん」
少し間を置いて、手を伸ばす
「でもまぁ……助かるけどな」
森の中で薬草を見つけたあと、少しだけ立ち止まる
「……これ、ほんとに合ってんのか」
赤い葉と青く光る草を見比べる
さっきの声がまだ頭の奥に残っている
『採取可能』
「いや便利すぎだろこれ」
ひとつ摘み取る
手に取った瞬間、ほんの少しだけ反応が返ってくる感じがした
「……今のも能力か?」
答えはない
ただ、視界の端に薄く文字が残る
採取完了:1
「勝手にカウントされてるし」
思わずため息が出る
でも悪い気はしない、むしろ“分かっていく感覚”がある
「これなら……いけるかもな」
少し歩く
同じように見える草でも、たまにだけ反応が違うものがある
それを拾っていく
頭の中の声は必要な時だけ短く入る
『対象一致』
『採取可能』
それだけ
「……こういうの、最初から教えてくれよな」
そう言いながらも、手は止まらない
森から戻って薬草をカウンターに出すと、受付の人が一瞬固まった
「……これは」
「全部です」
淡々と答えると、袋の中身を数え始める
「おいおい……」
数が増えていくほど、表情が変わっていく
「10……20……いや、待て」
「130あるぞこれ」
「そんなにダメでした?」
「ダメどころじゃない」
受付は軽く頭を押さえる
「普通はな、これの10〜20個で達成だ」
「じゃあ十分すぎるってことですか」
「十分どころか異常だ」
少し間を置いて、ため息をつく
「本来なら報酬は100レイ固定だ」
「これが初心者クエストの相場だな」
「……やっぱ少ないんですね」
「そういうもんだ、これは金稼ぎじゃなくて登録者の実績用だからな」
そこで一度薬草に目を落とす
「ただな」
少しだけ声のトーンが変わる
「ここまで持ってくるやつはまずいない」
「……」
「だから今回は特別だ」
奥から小さな袋がもう一つ出される
「追加で300レイ付けとく」
「いいんですか、そんなに」
「いいというか、むしろ助かるレベルだ」
「とりあえずこれで受け取っておけ」
受付から袋を渡される
中を確認すると、思ったよりしっかりした重さがあった
「400レイだ」
「……結構あるな」
「まぁ、無駄遣いはするなよ」
そう言われて建物を出る
町の中を少し歩くと、宿らしき建物がすぐに見つかった
木造で、看板には簡単なマークだけが描かれている
「ここか」
中に入ると、カウンターの人がこちらを見る
「一泊か?」
「はい」
「10レイだ」
思ったよりあっさりしている
袋から取り出して渡すと、鍵のようなものを渡された
「上の部屋な」
階段を上がって部屋に入ると、最低限の部屋だった
ベッドと机、それだけ
でも今はそれで十分だった
「……とりあえず落ち着いたな」
椅子に座ると、今日のことが一気に頭に流れ込んでくる
薬草、森、声、転移、あの男、そしてこの世界
「……現実感なさすぎだろ」
小さく笑う
そのとき、頭の奥でまた声がする
『状態更新』
視界に文字が重なる
【状態】
・不安定 → 軽度不安定
・適応進行(空間系)
「……適応?」
『空間干渉の理解率が上昇しています』
『対象転移の安定性が微増しました』
その下に、見覚えのない一文が勝手に追加される
【新規取得】
・補助干渉リンク(試験版)
「……は?」
思わず声が出る
「いや、増えてるんだけど」
頭の奥の声が淡々と続く
『環境適応に伴い、補助機能を追加しました』
「なんだそれ」
返事はない
ただ、視界の端に“さっきより細かい情報”が見える気がする
地面、空気、人の動きみたいなものが、少しだけ整理されている
「……これ、ほんとに能力か?」
そう呟くと、静かに反応が返る
『はい』
一拍遅れて、頭の奥でその声が返ってくる
「……しゃべった?」
思わず声が出る
今までのはただの表示みたいなものだと思っていたのに、今のは明らかに“返事”だった
「いやいやいや、今のは違うだろ」
『認識:正常』
また短く返ってくる
「正常ってなんだよ……」
ベッドに座ったまま、少しだけ黙る
目の前には何もいないのに、確かに“誰かと会話してる感じ”だけが残っている
「……お前、何なんだよ」
そう言った直後だった
頭の奥で、今までよりはっきりした声が返ってくる
『補助干渉リンク』
少し間を置いて、続く
『次の更新は一日後』
「一日後?」
思わず聞き返す
さらに声は続いた
『この町の南側へ進んでください』
「……南側?」
『対象:リリス』
一拍置いて
『リリスという存在と接触してください』
「……は?」
体が止まる
ベッドの上で固まったまま、言葉だけが漏れる
「リリス?いや、誰だよそれ」
『目的:適応促進』
「説明になってねぇんだけど」
声はそれ以上続かない
まるで当然のように、そこで終わる
部屋の中は静かだった
さっきまでの“会話してる感覚”だけが残っている
「……勝手に予定決めるのやめろよ」
小さく呟く
でも同時に、頭の中では妙に整理されていく感覚もあった
「南側……リリス……」
意味は分からないのに、行くべきだという感覚だけは残る
「リリス、ねぇ……」
意味は分からないまま、その名前だけが頭に残る




