第14話 崩壊転移
開いた先の景色を見て、誰もすぐには動かない
「……は?」
中田が一歩前に出る
「なんだよこれ、外……だよな?」
見えるのは見慣れた校舎じゃない
少しだけ空気が違う
「ここ、どこ」
「分かりません」
梓紗が短く返す
後ろからもざわつく声が増える
「おい、これどうなってんだよ」
「さっきまで図書室じゃなかったか?」
何人かが出口の方に近づく
そのまま外を覗き込む
「……知らねぇ景色なんだけど」
誰かがそう言う
その瞬間、足元がわずかにズレる
「……?」
違和感が走る
さっきと同じ感覚
「ちょっと待て」
思わず声が出る
「またかよ」
空気が引っ張られる
「え、なに地震??」
「ちょ、やば――」
誰かが言い終わる前に、視界が揺れる
今度はさっきより強い
立っている感覚が消える
「葵?」
梓紗の声が近い
手が伸びてくる
その位置がはっきり見える
「――」
言葉が出ない
そのまま、全部が途切れる
視界が戻る
波の音が入ってくる
体を起こして顔を上げると、目の前に海が広がっている
「……どこだ、ここ」
小さく呟く
「梓紗?」
呼んでも返事はない
「……中田」
何も返ってこない
立ち上がる
砂が少し沈む
そのとき、後ろから声がする
「――やっと来たか」
振り向く
少し離れた場所に、男が立っている
見たことはないはずなのに、どこか引っかかる
「……お前誰だよ」
男が少しだけ笑う
「忘れたか?」
「……は?」
「壊れるって言っただろ」
一瞬、言葉が止まる
頭の奥で、同じ声が重なる
「……お前か」
「そうだ」
軽く頷く
波の音だけが残る
「……なぁここ、どこだよ」
「“別の場所”だ」
短く返す
少しだけ間が空く
「前に言っただろ」
波の音の中で、その声だけがやけに残る
「……だからって、いきなりすぎるだろ」
男は肩をすくめる
「いきなりじゃない、お前がやったんだ」
「……は?」
少し間が空く
「範囲を広げすぎたな」
その一言で、さっきの感覚が頭に浮かぶ
「……あれか」
「そうだ、しかも」
男が一歩近づく
「境界に触れた」
「境界?」
聞き返す
「お前がいじってたのは位置じゃない、場所そのものだ」
少しだけ海の方を見る
「だからズレた」
「で、その先に来た」
「……それがここか」
「そういうことだ」
波の音だけが続く
少し黙る
「……戻れんのか?」
男は少しだけ考えてから答える
「今は無理だな」
「は?」
「やり方を知らない」
「お前もかよ」
男が少しだけ笑う
「俺は知ってる」
一拍置く
「お前が知らない」
少しだけイラっとする
「……で?」
男が顎で軽く示す
「ほら一旦ステータス、見てみなよ」
「……は?」
「あるだろ、そういうの」
軽く言う
「ここ、そういう場所だからな」
少しだけ黙る
「……どうやって」
「出せば出る」
雑に返される
「意識すりゃいい」
眉をひそめる
「……適当すぎだろ」
「やれば分かる」
それだけ言って黙る
少し迷ってから、目を閉じる
さっきと同じ感覚を探る
内側に向ける感じ
「……ステータス」
小さく呟く
視界の端に薄く文字が浮かぶ
「……出た」
思わず声が漏れる
「ほらな」
表示を見て、少しだけ止まる
「……なんだこれ」
数字が目に入る
「レベル……マイナス?」
思わず読み上げる
「は?」
もう一度見る、間違いじゃない
「レベル -100ってなんだよ」
男が笑う
「珍しいな、中々そんな奴いないぞ」
「珍しいで済ませんなよ」
「普通は0からだ」
肩をすくめる
「お前、だいぶズレてるな」
少し黙る
「……ふざけてんのか」
「真面目だ」
短く返す
「使えてない証拠だな」
「……は?」
納得いかないまま、もう一度表示を見る
その下に目がいく
「……なんだこれ」
細かい項目が並んでいる
「身体能力……?」
思わず読み上げる
「見れるだろ」
「ああ見えてるよ」
少しだけ目を細める
「SとかAとか書いてあるんだけど」
「ランクだな」
「まぁだろうな」
一つずつ確認する
「筋力……C」
「まぁまぁだな」
男が軽く言う
「敏捷……B」
「普通よりちょい上」
「耐久……D」
「それは低いな」
眉をひそめる
「魔力……A」
少し止まる
「……高くね?」
「まぁな」
男が少しだけ笑う
「で?」
もう一つ目に入る
「空間適性……S?」
思わず声が変わる
「なんだこれ」
男が肩をすくめる
「お前、それでここ来てんだろ」
「……スキルもあるな」
視線を下に動かす
「座標転移……これは分かる」
「対象転移もある」
少しだけ止まる
「……なんだこれ」
未解放の欄が並んでいる
「???」
いくつも続いている
「まだあるな」
「全部見えてるわけじゃない」
男が軽く言う
「使えるようになれば出る」
少しだけ黙る
「……不親切すぎだろ」
「そんなもんだ」
そのまま全体を見直す
【ステータス】
名前:水瀬葵
レベル:-100
筋力:C
敏捷:B
耐久:D
魔力:A
空間適性:S
【スキル】
・座標転移 Lv.1
・対象転移 Lv.1
・???
・???
・???
【状態】
・不安定
「……まだあるな」
視線を下に動かす
一瞬、表示が揺れる
さっきまでなかった欄が浮かぶ
「……なんだこれ」
「見えてるか」
男が少しだけ笑う
「人によっては見えない」
眉をひそめる
「隠しステータス、みたいなもんだ」
そのまま目を通す
【隠しステータス】
・空間干渉率:異常値
・認識干渉:有効
・???
そのとき
頭の奥で、声がする
『――確認、完了』
一瞬で体が止まる
「……は?」
「聞こえたか」
男がこっちを見る
『個体識別:完了』
『適合率:基準値を超過』
無機質な声
「……なんだこれ」
『管理補助を開始します』
少しだけ間が空く
「おい、これ」
「そいつか?」
男が軽く息を吐く
「まぁまぁな当たり引いたな」
少しだけ間が空く
「……何がだよ」
男はすぐには答えない
波の音だけが続く
「お前、その状態で来たのは珍しい」
「状態?」
「マイナスってのは普通“何もできない側”だ」
視線だけこっちに向く
「でもお前は違う」
少しだけ沈黙
「壊れかけのまま動いてる」
「……褒めてんのかそれ」
「事実だ」
軽く言って、男は砂の方を見る
そのとき、視界が一瞬だけ揺れる
頭の奥で声がする
『表示更新』
「……またかよ」
勝手に文字が浮く
【ステータス更新】
【種別】
人間
名前:水瀬葵
レベル:-100
空間適性:S
【状態】
・不安定 → 軽度不安定
「……勝手に動いてるんだけど」
男が少し笑う
「それも含めてだ」
「……で、どうすればいいんだよ」
ようやくそう言うと、男は少しだけ視線を上げたけど、すぐには答えなかった。波の音だけが続いて、間が少し長く感じるくらいだった
「探すか」
「……は?」
思わず聞き返すと、男は肩をすくめるみたいにして続けた
「それともここで待つか、どっちかだな」
「いや選択肢雑すぎだろ」
そう言いながらも、周りを見ても状況が変わるわけじゃないのは分かる。さっきまで一緒にいたはずの梓紗も中田もいないし、戻れる手段も今のところ分かっていない
「他のやつらはどうなってんだよ」
そう聞くと、男は少しだけ間を置いてから答えた
「散ってる」
「……散ってる?」
「全部同じ場所にはいない。お前みたいに一箇所に残ってるやつもいれば、別の場所に飛ばされてるやつもいる」
その言葉で、少しだけ現実味が出てくる
「……梓紗もか」
問いかけるみたいに言うと、男はそれには答えなかった。ただ、否定もしなかった
その沈黙だけで十分だった
「……クソ」
小さく吐き出すと、男がようやくこっちを見る
「決めろよ」
「何をだよ」
「動くか、止まるかだ」
「……とりあえず、動く」
そう言って砂の上から視線を上げると、男は特に止めることもなく軽く顎を動かしただけだった
「好きにしろ」
その言い方が余計に腹立つけど今はそれどころじゃない
「人がいる場所ってどこだよ」
「歩けば分かる」
雑に返される
「もうちょいまともなヒント出せよ」
返事はない
仕方なく海沿いから少し離れて歩き出すと、砂浜の端に小さな道のようなものが見えてくる。ちゃんと舗装されてるわけじゃないけど、人が通った跡みたいなものはある
「……いるにはいるんだな」
そう呟きながら進んでいくと、少しずつ景色が変わっていく。木が増えて、建物らしき影も遠くに見えてくる
そのときだった
空気が一瞬だけ重くなる
「……?」
足を止める
風が止まったみたいに静かになる
次の瞬間、草むらの奥が揺れた
何かが“出てくる”音がする
「おい……嘘だろ」
姿が見えた瞬間、言葉が止まる
人じゃない
形は曖昧で、輪郭だけが異様に浮いている
「……モンスターってやつかよ」
目の前のそれを見た瞬間、反射的に一歩下がる
形がはっきりしないのに、そこに“いる”圧だけが異常に強い
「……無理だろこれ」
即座に背を向ける
考える前に足が動く
「よし、逃げるぞ」
走り出すと同時に、後ろで地面が鳴る音がした
一瞬遅れて振動みたいなものが追いかけてくる
「は!?速っ……!」
砂浜じゃない、普通の地面に出た瞬間も構わず追ってくる
呼吸が一気に乱れる
「クソ、どこだよ人いる場所……!」
木の間を抜けて、見えたのは小さな道と、さらにその先にぼんやりとした建物の影だった
そこに向かって全力で走る
後ろの気配はまだ消えない
「やば、もう真後ろにいるじゃんか」
「クソ、どこだよ人いる場所……!」
走りながら叫ぶように息を吐く
背後の気配はまだ離れない、むしろ近づいてる感じすらある
「はぁ……っ、はぁ……!」
視界の端に人の影みたいなものが見えた瞬間、頭の奥で何かが引っかかる
さっきと同じ感覚
空間が“合う”感じ
「……対象転移」
思わず口に出す
「いや待て、今じゃねぇだろ!」
自分でツッコミ入れながらも、意識だけはその影に向ける
人、人、人──掴む感じじゃなくて、合わせる感じ
「……っ」
一瞬、視界が歪む
でも全部じゃない
体の一部だけがズレたような感覚
「……失敗かよ!」
次の瞬間、バランスが崩れて地面に転びかける
それでも何かは変わっていた
さっきまで真後ろにあった気配が、少しだけ横に逸れている
「……ズレた?」
振り返る余裕はない
でも確かに、追跡の軌道が一瞬だけ狂った
「いける……!」
息を吐いて、そのまま走り続ける
少し先に、ようやく人のいる気配が見えてくる




