9.
お茶会の準備が出来たらしいので、席につく。
隣にはもちろん、セドリック。
さっきはちょっと怖い感じだったけど、今は何事もなかったかのように紅茶を飲んでいる。
わたしも用意された紅茶を飲む。
湖のほとりで、よく知らない男と並んでお茶を飲むって、どんな状況よ。
しかも特に話すこともないから、空気が重い。
太陽の光が暖かくて、たまに吹く風が気持ちよく心地良いのに、空気最悪。
でも今かもしれない。
もうこれ以上、空気が悪くなることもないだろうと、私は意を決して、口を開く。
「あの、一つ聞いてもいいですか...?」
「...構わない」
セドリックの視線がこちらを向く。
「あなたは、どうしてわたしのことを知っているの?」
他にも聞きたいことは山ほどあるが、まず知りたいのはそれだった。
わたしの実家は子爵家だが、領地が辺境すぎて、中央の王都に滅多に行くことはない。
それにわたしは今まで貴族間で行われている舞踏会の類には一切参加してこなかった。
あまりにも得体のしれないわたしと婚約なんて絶対なんか裏があるに決まってる。
セドリックは考え込むように目を伏せた。
やがて静かに顔を上げ、落ち着いた声で答える。
「君の兄、アンドリューから聞いていた」
それは、思いもよらない答えだった。
まさか、セドリックの口からアンドリューの名前が出てくるとは思わなかったので、一瞬息が詰まる。
「アンドリューを、知っているの...?」
震える声で尋ねると、セドリックは小さく頷いた。
「寄宿学校での、友人だ」
寄宿学校と聞いて、数日前セドリックが着ていたローブを思い出す。
見覚えがあると思ったのは、アンドリューも同じローブを着ていたのを見ていたからだった。
「そう、だったの...。でも、ごめんなさい。わたし、アンドリューからあなたの話を聞いたことないの」
胸元のロケットに軽く触れ、平静を装いながら話を続ける。
「王族も通う学校だ。校内のことは口外しない決まりになっている。知らなくても無理はない。」
あの口から生まれたと言われているお喋りアンドリューがそのことを守っていたということに少し驚く。
「...アンドリューはわたしのことをなんて言っていたの?」
「それは...」
セドリックは眉をひそめ、視線を逸らす。
一瞬考えてから、ゆっくりと、口を開く。
「アンドリューは君のことを、思慮深く、芯の強い、素直な女性だと」
嘘だ。
セドリックの困ったような反応を見て、彼が言葉を選んでくれているのがわかった。
アンドリューめ...
アンドリューのことだからきっと、あることないことペラペラと喋っていたのが容易に想像できる。
若干アンドリューに対して苛立ちが芽生えてきた。
しかし、セドリックは続けて言った。
「それと、とても大切な妹とも、言っていた」
.....まったく。
その言葉で苛立ちが消え、心が少し温かくなる。
「....そう」
一息つくために、紅茶を口に含む。
少しだけ温くなった紅茶は甘みが際立って感じられる。
ティーカップを置き、もう一度目の前のセドリックを見据える。
セドリックは真っ直ぐこちらを見ている。
「学校でのアンドリューのことを教えてほしいの」
「それは...」
セドリックの渋るような反応にわたしは口を尖らせる。
「わたしばかり言われっぱなしだと面白くないわ!!それに....」
ティーカップに添えてある指に力がこもる。
「もう、アンドリューから聞くことなんて、出来ないでしょ?」
そう言うと、セドリックは小さく息を吐き、肩を落とした。
「...わかった。そこまで言うなら、教えよう」
「本当!?」
「あぁ。ただ、話が長くなる。先にお茶を入れ直そう。サラ、セシル」
セドリックの呼びかけでサラは机の上のティーポッドとティーカップを回収し、セシルは新しいティーカップを用意した。
少し経って、サラが新しく淹れた紅茶がティーカップに注がれる。
紅茶の湯気越しにセドリックを見る。
「さて....」
そして、セドリックの口からわたしの知らないアンドリューが語られ始めたのだった。
・
セドリックから語られるアンドリューの話に、わたしは思わず頭を抱えたくなった。
授業を抜け出して湖に飛び込んだとか、寮の屋根を登って怒られて、教師に追いかけ回されたと思ったら逆に追いかけ回していたり。
……完全に、わたしの知っているアンドリューだ。
口が軽く、突拍子もなく行動し、気付いたらあらゆる出来事の中心人物になっているぐらい滅茶苦茶な人。
むしろ家の中でのほうが大人しいと思ってしまうほど学校でのアンドリューは凄まじかった。
話を聞いていくうちに、そんなアンドリューに毎回振り回されていたセドリックが段々不憫にさえ思えてきた。
それどころか、兄がご迷惑をおかけして申し訳ないという気持ちが湧き上がるぐらいお世話になっていた。
我が兄ながら、なんてことを...と若干引いていたわたしとは裏腹にセドリックは意外にも楽しそうに話していた。
時折、小さく笑った顔を見せることもあった。
・
「....すまない、随分遅くまで付き合わせてしまった」
湖からの帰りの馬車の中でセドリックが申し訳なさそうに声をかけてきた。
セドリックが話し終えたのは、日が沈み始め、空にうっすら星が輝き出した頃だった。
「わたしから、申し出たことなので気にしないで」
空の星を眺めながら、そう答えた。
「そうか...」
馬車の中にまた沈黙が流れる。
さっきまで、あんなに話してたのが嘘みたいに静かだった。
でも不思議と今朝ほどこの静けさに居心地の悪さを感じなかった。
今日一日、わたしの知らないアンドリューの話をたくさん聞いた。
窓の外の夜空には、さっきよりも多くの星が瞬いている。
兄はもういないはずなのに、少しだけ近くにいるような気がした。




