星灯祭へ、ようこそ!(下)
「すごかった...」
セドリックたちの公演を見終わり感極まったわたしは、人混みの中で小さく呟く。
セドリックと別れた後、リースたちと合流すると、涙目のリースにものすごく怒られた。
散々怒られてから、セドリックたちの公演を見に行ったのだが、圧巻の一言だった。
どうすごかったのかは言葉では言い表せないけどとにかくすごかった。
今回の公演にあまり興味のなかったリースでさえ、最後には涙を流しながら食い入るように見ていた。
演目が終わると緞帳が下がりきっても喝采の拍手が鳴り止むことはなく、嗚咽で言葉にならない叫びも観客席のあちらこちらから聞こえてきていた。
総じてとてもよい公演だったので、リースと二人余韻に浸りながらベンチで呆けていると、目の前の人集りからアンドリューが抜け出てくる。
「あー、いたいた、アンナ!!!こんなところにいたんだ!!」
「アンドリュー...」
アンドリューも劇中で中々いい役を演じていて、というかほぼアンドリューだったのだけど、なんだかいつもと違う感覚が胸を過る。
「どうだった?面白かったろ?」
「ええ...、とても」
左隣に座ってきたアンドリューがわたしの返事を聞くと、にこーとますます頬を緩める。
「よかったー、楽しんでもらえて、やっぱり誘った甲斐があったよ」
今回のお祭りに誘ってくれたアンドリューの真意は測りかねないが、少なくともわたしはとても満足である。
今日中にセドリックにもう一度会うのは難しいので、今度会った時にこの感動を伝えよう。
きっと渋い顔をされるとは思うが、伝えたいものは伝えたいのだ。
夜も更けてきたし、そろそろ帰ろうかなと右隣のリースに声を掛けようとすると、アンドリューが手を握ってきた。
「アンナ、もう少しだけ時間いいかな?君に、見せたいものがあるんだ」
「...見せたいもの?」
・
手を引かれながらアンドリューについていくと、とても大きな建物の前まで連れてこられた。
見上げると、頭上には巨大な時計がそびえ立っており、どうやら時計塔のようだ。
その時計塔の入り口らしき扉の前で少し待っていると、綺羅びやかな衣装から普段のローブへと着替えてしまったセドリックが姿を現した。
「えーーー、セドリックもう着替えちゃったのかい!?」
少し残念だなと落胆していると、その気持ちを代弁するかのようにアンドリューが抗議の声を大きく上げる。
「いつまでもあんなもの着ていられない」
「似合ってたのに、勿体ない」
アンドリューの言葉に激しく頷くと、セドリックは複雑そうに眉を寄せる。
「こんなところに呼び出して、いったい何が目的なんだ」
どうやらセドリックも理由を告げられず呼び出されたようだ。
すると、アンドリューがいたずらっ子のような笑みを浮かべ、時計塔の入り口の扉を開けた。
「まぁまぁ、それは着いてからのお楽しみってやつだよ」
よく分かっていないわたしは目を瞬かせ、何か察したセドリックは大きくため息を吐いた。
入り口の外にリースを残し、アンドリューとセドリックと三人で時計塔の中へと入る。
中は薄暗く、頭上から重たい機械音が鳴り響いており、少しだけ怖くなったので、アンドリューの手を強く握る。
そんなわたしを慰めるかのようにアンドリューも手を握り返してくれるも、何故かすぐに手を離されてしまった。
温もりが消えて不安が押し寄せてくるも、それを掻き消すように今度はセドリックがわたしの手を取り、強く握る。
大きな手に包まれて安堵したわたしは小さく息をついた。
「何してるんだい、早く来なよ!!」
いつの間にかガス灯の灯りを手にしていたアンドリューが上へと続く螺旋階段に一歩足を踏み出していた。
勝手に連れてきたくせに、自分で先に進んでしまうなんて、なんて自分勝手と呆れつつ、わたしはアンドリューの後を追う。
セドリックもわたしに合わせて、ゆっくりと歩き出した。
アンドリューが持っているガス灯の灯りに照らされた階段を一段ずつ上っていく。
セドリックの屋敷にある離れの塔も同じような螺旋階段だけど、さすがにここまで長くはなかった。
引きこもりの身にとって、一日の終盤にこの長さの階段を上るのは中々キツイもので、セドリックに手を引かれながらでも息が上がってしまう。
「ちょっと待って...、少し休ませて...」
「もぉーーーー!!アンナったら全然体力ないんだから!!!!」
少し先に行っているアンドリューが唇を尖らせる。
先ほどまで舞台を駆け回っていたというのに、二人からはまるで疲れを感じない。
これが普段からの運動量の差というものなのだろうか...。
「そんなんだったら、結婚してから大変だよ。ねぇ、セドリック」
「わたしを見るな」
からかうようにアンドリューが笑うと、セドリックが声を強張らせる。
体力がないのと結婚生活が大変になる理由がよくわからないのだが、きっと気力の話だろうと深く考えはしなかった。
それにしてもいつまでこの螺旋階段は続くのだろうか。
上を見上げても、終わりが見えそうにない暗闇しかなく、目眩が起きそうになる。
すでに体力が限界に近いわたしが項垂れていると、半歩先のセドリックが近付いてきて、横抱きで抱っこされる。
「じ、自分で歩けるわ!!」
「無理はよくない。わたしが運ぼう」
確かに今の状態で運んでもらえるなら非常にありがたいのだが、何せアンドリューがいるから若干恥ずかしさもある。
「えー、アンナばっかりずるい!!じゃあ、僕も!!」
しかし、アンドリューは全く気にする素振りを見せず、あろうことかセドリックの首に手を回し、背中に乗ってきた。
「お前は自分で歩けるだろう」
「そんなことないよ、もうクタクタだよ」
「降りろ」
無理やり背中に乗ってきたアンドリューを振り落とそうとセドリックが少し強引に体を揺らす。
だが、意地でも降りる気がないのか、アンドリューは笑いながらセドリックの体に足を絡めてきた。
「ほら、セドリック!早く行かないと、間に合わなくなる!!急いで!!」
「......」
もう何を言っても、何をしてもアンドリューが降りることがないと悟ったセドリックは無言で階段を上り始めた。
だいぶ苦い顔をしているけど、二人を担いで階段を上っても息を切らすことのないセドリックはやっぱり凄いんだなと今日何度目かわからないほど、セドリックの力に感心した。
セドリックに横抱きされたまま時計塔の頂上まで着き、外へと繋ぐ扉が開かれると、そこから見える景色に目を見張った。
「ふわぁ...すごい...」
上を見上げると、薄暗くなっていく空に点々と輝く星々が目の前に広がっている。
下を覗くと、夜空に瞬く星を連想させるような光が不規則に辺りを照らしており、まるで360度全てが星空のような光景だった。
「綺麗でしょー。星灯祭とは上手く名付けたもんだよね。いよっと!」
「本当ね...」
景色に見惚れているうちにアンドリューがセドリックの背中から降りて、わたしもゆっくりと地面に降ろされる。
もっと近くまで見たいと外側の手すりの方まで近付こうとすると、セドリックに腕を掴まれる。
「これ以上は危険だ」
少し残念だが、セドリックを不安にさせるわけにはいかないので、大人しくその場から見える景色だけで満足しようと足を踏み留める。
一方で、アンドリューはそんなの気にすることなく、慣れた様子で手すりに手を付き、勢いづけて足を乗せる。
「僕ねー、ここから見える景色が一番好きなんだよね」
「...アンドリュー...?」
危なっかしい足取りで細い手すりの上に立ち、外側へ背を向けたまま、何事もないようにいつもの笑顔を向けてくる。
心臓が大きく跳ねる。
「...アンドリュー、やめて」
「どうしたんだい、アンナ。そんな怖い顔して」
「いいから、降りて!!!」
必死に声を上げるも、アンドリューは手すりから降りようとしてくれない。
演劇の中のアンドリューを見て感じていた違和感が今になってやっとわかった。
小説の登場人物たちはどれも題材にした実際の人物にとても似ていたのだが、なんだかアンドリューだけ違う人を演じているようだった。
それは、本来のアンドリューの内に秘められた、いつでも命を落としかねない狂気が感じられなかったからである。
誰よりも世界の全てを楽しんで生きているくせに、何よりも自分の命を軽んじる。
そんなアンドリューが今まで生きていたのはきっと、最愛の双子の妹であるわたしを生かすため。
でも、今のわたしにはセドリックがいて、アンドリューがいなくなっても、もう後を追うことはない。
だったら、今アンドリューをこの世に留められるものはいったい何だというのだろうか。
鼓動がどんどん加速していく。
「お願い、アンドリュー...、お願いだから...」
「もぉー、アンナったら大袈裟だな。こんなことで一々怒らないでよ。それより見てよ、ここの景色。ずーっと見ていられるよね」
「わかった、わかったから...」
もう景色なんて、どうでもよかった。
早くアンドリューを安全な場所へと着地させなければと焦り、呼吸が荒くなる。
掴まれている腕を振り払おうとしても、セドリックが掴む力を緩めてくれない。
硬い面持ちでアンドリューを睨むセドリックにわたしは泣き出しそうになってしまう。
そんな時、目も開けていられないような強い突風に襲われる。
「おわっ...!」
風のせいで一瞬目を離した隙に、手すりの上のアンドリューの体が風に煽られ、大きく体勢を崩す。
「アンドリュー!!!」
今度こそアンドリューがいなくなってしまうという恐怖で堪らず、駆け出そうとした時、隣にいたセドリックがわたしよりも早く動き出した。
目にも止まらぬ速さで手すりまで駆け寄ると、手すりから身を乗り出し、今にも落ちてしまいそうなアンドリューの足首を掴んだ。
「...うっわっー!!ビックリした!!」
手すりの向こう側からアンドリューの気の抜けた声が聞こえてきて、一気に力が抜けてしまったわたしはその場にへたり込んでしまった。
「間一髪だったね!!!ありがとう、セドリック!!!」
「アンドリュー...、お前...」
怒気を隠そうともしないセドリックの強張った声が聞こえてくる。
「ちょっとこの体勢、かなりキツイから早めに上げてくれると助かるんだけど...!!」
セドリックが怒っていることに気付いていないのか、アンドリューが呑気すぎて、なんかわたしまで腹立たしくなってくる。
けれども、セドリックに持ち上げられ、無事に地面に着地したアンドリューの姿を見たら、心の底から安堵してしまう自分もいた。
「...アンドリューの馬鹿ぁ...」
もうわけがわからなくなり、堪えていたものが抑えきれなくなり、目からボロボロと涙が溢れ出てくる。
「アンナ!?」
突然、わたしが泣き出したことに驚いた様子のアンドリューは慌てて傍へと駆け寄ってくる。
「どうしたんだい?何か変なものでも食べて、お腹でも痛くなったのかい?」
人をなんだと思ってるんだとムカつきはしたが、怒りよりアンドリューが生きていることに安堵してしまい、涙が止まらない。
「...もう、二度と、二度と、こんなことしないで...」
「大袈裟だな、アンナ。僕にとってこんなこと日常茶飯時...」
「アンドリュー」
茶化すような口振りのアンドリューを制するようにセドリックの重圧を帯びた低い声が落ちる。
「......わかったよ、そんな怖い顔で睨まないでおくれ」
さすがのアンドリューもセドリックが本気で怒っていることを無視できなくなったのか、観念したかのように息を漏らした。
・
「アンナー、動きづらいから、そろそろ離してもいいかい?」
「...いや」
「えー、困ったな。セドリックからも言っておくれよ、いつまでも兄離れが出来ないのは君にとっても喜ばしいことではないだろう?」
「......今、だけだ」
「えーーーーー」
アンドリューは不満気にわたしと繋いでいる左手を振り回した。
今の状態を簡単に説明すると、わたしの右手はアンドリューと、左手はセドリックと繋いでいて、三人で並んで手すりの前に立っていた。
経緯としては、アンドリューは手すりの近くで景色を見たいと主張したけど、わたしがそれを断固拒否すると、だったらアンナも一緒に来ればいいと言われたが、今度はセドリックがそれを拒否。
じゃあセドリックも一緒に行けばいいとなるも、セドリックが近くにいることで油断したアンドリューが懲りずにまた手すりに登ろうとするので、今の形でアンドリューを繋ぎ止めることにした。
空もすっかり暗くなり、より鮮明に星が瞬いている。
「...アンドリューはいつもここで星空を見上げていたの?」
「そうだね。ここが一番王都で高い建物だからね、一番空が近くに感じられるしね」
アンドリューが空いている手を宙へと伸ばす。
暗くて、横顔がよく見えず、どんな表情をしているのかわからなかった。
「...今日って、この景色を見せてくれるためにわたしを呼んだの?」
最初はセドリックたちの演劇を見せるために面白半分でわたしを招待したものだと思っていた。
でも今となると、本来の目的はこっちのような気がしてきた。
「うーん、どうだろうね」
しかし、アンドリューははぐらかしてくる。
それが一番の答えだと知っているわたしは、アンドリューと繋がっている右手に力を込める。
「......もうすぐ、この景色ともお別れしなければいけないからね。少し寂しかったかもしれないね」
聞き取るのも困難なぐらいアンドリューが小さく呟く。
わたしの左隣にいるセドリックに聞こえているかはわからないが、わたしの耳にはしっかりと届いていた。
今日の継承祭が終われば、アンドリューたちは本格的に寄宿学校から卒業するための準備が始まる。
態度では出さないが、アンドリューもいつまでもこんな風に馬鹿騒ぎ出来ないことを憂いているのだろう。
アンドリューが突然いなくなってしまったあの日から、帰ってきて穏やかに過ぎていった今日まで、双子の兄がどれほどこの寄宿学校での生活を大切にしていたのか身に沁みてわかった気がする。
自分が大好きな景色が見れなくなる。
寂しくて見えなくなってしまう前に、自分一人だけの景色にしたくなくて、わたしに見せてくれたのだろうか。
真意はアンドリューの胸の内に秘められたままだが、わたしは静かに双子の兄が愛した景色を目に焼き付けることにした。
だが、突如として地上から聞き馴染みのある高笑いが聞こえてきて、集中することができない。
「すごいわ...この高さからでもどこにリチャード殿下がいるのがわかるなんて...」
「なんたって、リチャードだからね。存在感の塊みたいな男だから」
雰囲気をぶち壊されたというのに、意味わからなすぎて逆に尊敬してしまいそうになる。
暗闇でわからなかったが、左隣のセドリックが小さくため息を吐いたのが聞こえてきた。
「...最後は、騒がしくいこうじゃないか」
「えっ?」
何を思いついたのか、アンドリューが不穏な言葉を呟く。
いったいどういうことかと問う前に、アンドリューが思いっきり右手を振り上げる。
何かを察知したセドリックが左隣で動いたが、制する間もなくアンドリューが声を上げた。
「おーーーーい、リチャーーーード!!!」
すると、高笑いが止まる。
「こっちだよ、こっちーーー!!!」
自分の居場所を知らせるために、どこからともなく取り出したガス灯をアンドリューが振り回す。
「む、アンドリューではないか!!そんなとこで何をしている!?」
「ちょっとねーーーー!!!それより、今隣にセドリックもいるんだけど!!!最後にもう一発だけ派手に盛り上げたくない!?」
「アンドリュー!!」
セドリックが慌ててアンドリューの口を塞ぐも、時すでに遅し。
地上からまたあの高笑いが聞こえてくる。
「面白い!!よかろう、その提案に乗ってやろう。すぐにそちらに向かうので、俺の到着を待ち侘びるがいい!!」
すっかり乗り気になってしまったリチャード殿下はどうやら時計塔に乗り込んでくるらしい。
そして、今の二人の会話のせいなのか、何やら地上が騒がしくなってきた。
「......ねぇ、アンドリュー」
「なんだい、アンナ?」
「ここって、普段から解放されている場所なの?」
嫌な予感がしたので尋ねると、アンドリューは大きく首を振る。
「ううん、基本的に立ち入り禁止さ!入っただけで懲罰ものだよ!!」
そんな大事なこと当然かのように言われて、戸惑ってしまう。
つまりバレたら怒られるとわかってて、面白さのためにこの兄はわざと自分の居場所を教えるような真似をしたというのか!?
全ての事情を知っていたであろうセドリックが諦めたように額に手を当てる姿が見えた。
そんなこんなしているうちに、リチャード殿下の高笑いがどんどん近付いてくる。
「さぁ、星灯祭はまだまだこれからだよ!最後まで楽しんでいってね、アンナ!!」
「こんの...馬鹿アンドリューーーーーー!!!!」
こうして、静かな星空の下で騒がしいお祭りはもう少しだけ続くのであった。




