消えない傷痕※
※本編より甘めです。事後です
苦手な方はご注意ください。
体内からセドリックの熱が離れていく。
それを惜しむように唇を寄せると、セドリックが応えるように再び口付けた。
唇が離れると熱に侵された灰色の瞳に見つめられる。
もう終わったはずなのに、体の中で何かが蠢く。
誤魔化すようにセドリックの胸に顔を寄せ、背中に手を回す。
セドリックも包み込むようにわたしを抱き寄せ、耳元に唇を寄せる。
「愛している、アンナ」
今晩だけでもう何十回も聞いた愛の言葉に耳が熱くなるのを感じる。
結婚してから半年は経つのに、まだ情事が終わった後のこの時間をこそばゆく感じてしまい、セドリックの胸に顔を埋める。
規則的に脈打つ心臓の心地よさに耳を傾けながら、不意にセドリックの右の脇腹に指が触れる。
指先に硬い感触が触れた。
滑らかな肌の感触の中に、そこだけ僅かな段差がある。
無意識に指でなぞると、盛り上がった傷痕だった。
あの日、ベアトリクスに拉致されてしまった時に、わたしのせいでセドリックに負わせてしまった傷だった。
「...まだ、痛む?」
傷痕を軽くなぞりながらセドリックに尋ねると、上から小さく息が漏れる音がした。
「問題ない。すでに完治している。痛みは感じられない」
「......そう」
その返答に胸を撫で下ろすも、あの時目の前で斬られて、血を流しながら倒れていくセドリックの姿が鮮明に脳裏に浮かび上がってくる。
もしあの時、アンドリューが現れてくれなかったらセドリックは助かっていなかった。
今、温度を感じられるのは奇跡なんだと改めて実感し、セドリックを更に強く抱き締める。
わたしの異変を察知したセドリックは頭を抱き寄せ、宥めるように優しく髪を撫でる。
「大丈夫だ、アンナ。わたしが、君を置いていなくなることはない」
「...絶対に?」
胸から顔を少しだけ上げ、目線だけをセドリックに向けると、灰色の瞳が細くなる。
「絶対にだ」
揺るぎない声で誓ってくれたその言葉に、喜びで身体が震えるも、少しだけ疑ってしまう。
「...例えばの話なんだけど、もしわたしとアンドリューが危険な目に遭っていて、どちらかを犠牲にしないともう一人助けられないって場面だったら?」
「迷わず、君を選ぶ。あの男は、助けずとも勝手に姿を消す」
「ふふ、そうね」
あまりにも即答だったので、思わず笑ってしまった。
そして、アンドリューへの理解度も高くて、余計に面白い。
「それじゃあ、リチャード殿下とわたしだったら?」
質問の意図がわからないのか、セドリックが一瞬眉間を寄せるも、こちらの問いにもすぐ答えた。
「それでも、君だ。殿下は殺しても、すぐには死なない」
「何それ、それはあまりにも不敬じゃない?」
「そんなことはない。まだ試したことはないが、本人がそう言ってる」
確かにあの王太子殿下なら言いそうだなと、また笑いがこみ上げてくる。
何がそんなにおかしいのかわからず戸惑いを見せるセドリックだったが、わたしに釣られて、口元が少し緩んだのが見えた。
「......じゃあ、わたしとセドリック、だったら?」
「...それでも、やはり君だ」
予想通りすぎる答えに、ため息が漏れる。
あの時も、セドリックは迷わずわたしを選んだ。
その選択に、わたしはやはり何度でも異を唱えたくなる。
「セドリック...、それだとさっきのあなたの言葉と矛盾してしまうわ。わたしを一人にはしないんじゃなかったの?」
「わたしが生きている限り、一人にはしない。しかし、君との命を天秤にかけなければいけなくなった時は、迷いはしないだろう」
「......」
あまりにも誠実すぎるセドリックの言葉に、何も言い返すことができない。
不服を訴えるように睨み上げると、セドリックが困ったように眉尻を下げる。
「アンナ、わたしはあの時の選択を今でも後悔はしていない。例えわたしが、君の隣にいられなくても、それは変わらない」
「でも...、わたしは嫌よ。セドリックがまたあんな目に遭うなんて、生きた心地がしなかった」
右手を伸ばし、セドリックの頬を撫でると、大きな手にその手を包まれる。
「それは、わたしもだ、アンナ。あの時、君を失うかもしれないと意識したとき、本当に恐ろしかった。同時に、自分の愚かさにも気付かされた」
包まれたままの右手の甲をセドリックが頬ずりする。
「失う恐怖で、初めて君への愛を自覚できたんだ。こんなにも愚かなことはない」
熱が籠められた灰色の瞳に真っ直ぐ見つめられる。
「愛している、アンナ。この命ある限り、わたしの愛の全てを君に捧げる。例えこの愛で身を滅ぼすことになろうとも、それはわたしにとって本望だ。それまで、君に何度でもこの愛を、伝えることにしよう」
......そういうことでは、ないのだけれど。
相変わらず重たい愛を真正面からぶつけられるも、普通に論点をずらされてしまっていることに気付かないほどわたしも馬鹿ではない。
もちろん、セドリックの気持ちは嬉しい。
心の底から嬉しいのだけれども、そういう話をしたいのではない。
わたしはセドリックと共に生きていきたいのであって、セドリックの愛で生かされたいわけではないのだ。
どうしたら、このことをわかってくれるのか、本当に困っている。
いっつもこの手の話題になると、セドリックはわたしへの愛の重さで逃げようとするも、さすがに何回も同じ手に引っかかるわけにはいかない。
しかし、以前セドリックとまだ結婚する前に二度とわたしのために死ぬようなことはしないでって約束させたはずなのに...
努力の方向を完全に間違えている!!!
どうしたものかとセドリックの胸に頬を寄せる。
わたし以外にセドリックが愛を注げるような存在が現れてくれればいいのに...
そしたら、頭の固いセドリックだってちょっとは妥協してくれるはず。
愛、愛、愛、愛おしい、可愛い...
「そうよ、セドリック!!子供よ!!!」
突然舞い降りてきた閃きに興奮して、わたしは勢いよく起き上がる。
わたしの急な言動に、セドリックが目を見開かせ、ゆっくりと体を起こす。
「アンナ...?」
「子供がいれば、あなたの愛はわたしだけのものじゃなくなるはずよ!!違う?」
「...それはそうだが、それでも君への愛と同じでは...んっ」
反論しようとしてくるセドリックの口を自分のもので塞ぐ。
まさかの行動に、セドリックの動きが止まる。
その隙に、わたしは自分の言いたいことを好きなだけぶちまけることにした。
「少なくともわたし以外の未練が出来るはずよ、だってあなたがいなくなって悲しむのはわたしだけじゃなくなるもの!!」
さすがのセドリックだって自分の子供の悲しむ姿を想像したくはないはず。
というか、わたしが悲しむ姿も想像してほしいんですけど!!
「だから、お願いセドリック!!わたしと、子供たちのためにも自分の命を差し出す選択なんて選ばないで!!」
「アンナ、少し待ってくれ、そもそもわたしたちの間にまだ...」
「絶対によ!!!」
戸惑うセドリックへにじり寄り、確固たる意志を貫き通す。
セドリックが首を縦に振ってくれるまで、引くつもりはない。
いつものわたしとは違う気迫に押され、困ったように視線を泳がせたセドリックも、暫く経ってもわたしが引くつもりがないと察したのか、諦めたように息を吐いた。
「......わかった、善処しよう」
「善処じゃなくて、絶対にやめて!!」
「それは約束出来ない。例え愛する者が増えても、わたしの考えは変わらない」
「ぐぬぬぬっ...」
なんて強情な...!
ここまで来ると、頭固いを通り越して、岩と話しているみたいだ。
「しかし」
説得が失敗し、悔しがるわたしとは裏腹にセドリックが穏やかに微笑む。
「わたしは、わたしと君の未来のために尽力しているつもりだ。そのためにわたしは今の立場があると思っている」
確かに、セドリックはリチャード王太子殿下の側近だから、国の中枢にいるのはわかっている。
「けど、もしも...」
「もしも、が起きなければ、君の不安も杞憂で終わるはずだ」
「そ、それはそうなんだけど...」
「わたしも、君と生きられる権利をそう簡単に手放すつもりはない。君との時間を何としても死守するつもりだ」
わたしの手を取り、セドリックがその甲に唇を落とした。
これはセドリックなりの譲歩と捉えてもいいのだろうか。
イマイチ腑に落ちないが、セドリックも簡単に死ぬつもりはないと意思を示してくれてるみたいだし、今回はここまでにしてあげよう。
決して、これ以上説得しても落ちない難攻不落すぎる城の前で敵前逃亡をしたわけではないんだからね!!
そんなことを考えていたせいで、セドリックの手がそっと腰へ回されていることに気付かなかった。
「それにしても、アンナがそんなに子供を欲しているとは気付かなかった」
「...んえっ!?」
いつの間にかセドリックに腰を掴まれ、身動きが取れない状態になっていた。
顎を掴まれ、見上げさせられると、セドリックが実にいい笑顔だ。
これは非常に、よくない展開だわ...!!!
「あ、あの、セドリック...」
「君の意思を尊重して、今まで加減をしていたのだが、どうやらもうその必要もなさそうだ」
あれで、加減をしてたの...!?
もう少しだけ愛を抑えめにしてもらえると非常に助かるな...って内心思ってたあの行為が控えめだったってこと!?
衝撃の事実に驚愕しているわたしをよそに、セドリックが首筋に唇を寄せる。
そこから、愛おしむように顔の輪郭をゆっくりと辿っていく。
「それでは、じっくりと愛を育んでいこう」
「えっ、あの、んむっ」
すっかり熱が戻った灰色の瞳にたじろいでいると、深く唇を塞がれる。
そのまま抵抗する間もなく、不意に視界が揺れると、気付いたときにはわたしはベッドへ押し倒されていた。
もぉぉぉーーー、なんで結局こうなっちゃうの!!!




