セドリックの弱点
ある日の昼下がり、退屈な授業を抜け出したアンドリューとリチャードは、学校敷地内にある川辺で日向ぼっこをしていた。
「セドリックて怖いものとかあるのかな」
唐突にアンドリューがそう呟くと、隣で寝そべっていたリチャードが長い金髪に大量の草をくっつけながら起き上がる。
「突然どうした?」
「いや、ふと思っただけ。決して、昨日怒られてゲンコツ食らった腹いせとかじゃないからね」
先日、いつもの悪ふざけでアンドリューとリチャードが学校敷地内にある噴水に赤い塗料を流し込み、血しぶきを再現していたら、どこからか聞きつけたセドリックに捕獲され、鉄拳の制裁を受けていた。
おかげでアンドリューの後頭部に瘤が出来ており、今も尚、ズキズキと鈍い痛みに苛まれている。
「俺は、額を小突かれた程度だぞ!!災難だったな!!」
そんなアンドリューと張り合うように、リチャードは前髪を掻き分け、赤くなった額を自慢げに見せつける。
「えぇぇ、リチャードだけずるい!!なんで僕だけ!!!」
「俺が美しいからじゃないか?」
「忖度か!!くっそー」
「ふふ、俺が美しすぎるからな...」
しでかしたことは一緒なのにリチャードが王太子であることから、セドリックの対応の違いを見せつけられ、アンドリューは面白くなさそうに唇を尖らせる。
「リチャードは、知らない?セドリックの怖いもん。昔馴染みだろ?」
「ふむ...。思い返してみれば知らないな。あいつは、幼いころからあんな感じで感情を表に出さないやつだったからな」
顎に手を当て考え込むリチャードだったが、何も思い浮かばないのか首が折れるのではないかと思うほど傾げる。
「ちぇ、なーんだ」
「ふむ..、だが、面白そうだ。俺もやつの弱点を見てみたい」
首を傾げたまま、リチャードが不敵な笑みを浮かべると、それに釣られてアンドリューも愉しげに目を細めた。
・
「ということで、第一回セドリックの弱点はなんだろう選手権を開幕したいと思います!!選手は僕、アンドリューと殿下こと、リチャードでーす!!」
その日の夜、アンドリューは仲間内であるロビンとダニエルを無理やり夜の校舎に連れ出した。
妙にテンションが高いアンドリューに二人はまたなんか始まったと、嫌な予感しか感じなかった。
「そして、協力者のロビン君とダニエル君です。今日はよろしくねー」
「アンドリュー、お前ほどほどにしろよ」
「昨日も殿下と二人で怒られたばっかりだろ」
「えー、それではルールの説明をしようと思います」
「「聞けよ」」
相変わらず自由すぎるアンドリューにツッコミを入れるも、そんな二人を無視して話は続けられる。
「まずロビン君とダニエル君、2人にセドリックを暗がりの校舎に呼び出してもらいます。理由は適当に考えてください。そこで待ち伏せている僕たちがありとあらゆる手を使ってセドリックを怖がらせようっていう算段です」
「あまりにも雑すぎる」
「もうオチが見えてるんだけど」
二人から漏れ出る不満に気分を害したのかアンドリューが不服そうに唇を尖らせる。
「もぉー、君たちうるさいなー。とっととセドリック呼んできてよ。リチャードなんて楽しみすぎて1時間前から所定の位置でスタンバイしてるよ」
「何してるんだ、あの人」
「それを早く言え」
自国の王太子に何やらせてるんだと怖いもの知らずすぎるアンドリューに驚かされるも、何を言っても彼が止まらないことを知っている二人は泣く泣く付き合わせられるのであった。
・
「...で、この教室に入っていったのか」
セドリックが歩みを止めて、ロビンとダニエルに振り返る。
校舎に野生の狐が出たと苦し紛れな理由でセドリックを連れ出した二人は内心冷や汗が止まらなかった。
「そうそう。確かにここだった」
「ここにぴゅーっと逃げるように」
「はぁ...」
二人の様子に違和感を感じているのか、セドリックが疑いの目を向けてくる。
凍てつくような灰色の瞳に睨まれると、心臓をぎゅっと掴まれているような感覚に陥る。
二人は笑顔のまま壊れた首振り人形のように首を縦に振る。
明らかに何かがおかしいと感づいているセドリックだったが、強く追及することはせず教室の扉に手をかける。
セドリックが教室の中に入る。
すると、上から何かが降ってきて、ビチャビチャという音が床に響く。
視線を下に向けると、カエルやヘビなどの爬虫類がうごうごと蠢いていた。
「「ぎゃあああああああ」」
セドリックの後ろにいたロビンとダニエルが大声を上げる。
すると今度は教室の奥から白い影が近づいてきて、セドリックの前で大きく広がる。
「ばあっ!!」
「..........」
「ばあっ!!」
何の反応も見せず、セドリックは目の前の白い物体に冷ややかな視線を送る。
「何、してるんですか。殿下」
「なんだ、バレてるではないか」
淡々としたセドリックの問いかけに、白い布からつまらなそうに眉をひそめるリチャードが出てくる。
「もぉー、セドリックったら全然いつも通りなんだけど!!」
教室の奥から様子を窺っていたアンドリューも不満げな声を上げながら、暗闇から出てくる。
「どういうことか、説明しろ」
「お前の怖がるところが見たかった!!!以上!!!」
セドリックがアンドリューに向けて説明を求めると、なぜかリチャードが堂々と胸を張る。
暗闇に、沈黙が流れる。
額を手で押さえ、セドリックははあぁぁと大きくため息を吐く。
「殿下の頬を一発や二発ほど殴ったら、肝も冷えますかね」
「やめて、セドリック!!!」
「俺たちが泣いちゃう!!!」
どんな理由であれ一国の王太子に目立つ傷をつけたりなんかしたら、この場にいる全員が責任を問われかねない。
ロビンとダニエルは必死にセドリックを宥めようとする。
「ちなみにアンナはねー」
下手したら王太子傷害事件に発展しかねない空気の中、アンドリューはいつもの調子で世間話を始める。
「アンドリュー、お前は通常運転すぎるだろ!!」
「こんな時ぐらい妹の話するのやめろ!!」
さすがに空気読めと異論を唱えるも、アンドリューは笑顔を崩さない。
「ふっ、安心しな。今回はアンナの話だけじゃないぜ。聞いて損はさせないから、とりあえず聞いてほしい」
「いや、今ここでする必要ある?」
「あれは、とても暗い夜の日のことだった」
「人の話、聞けよ」
全ての流れを無視して、アンドリューは窓から差し込む月の光に目を細めながら、語り始めた。
「あの日、アンナはやめとけばいいのに怖い話を読んでいたんだ。案の定、夜に怖くて眠れなくなり、別室で寝ている母様の部屋に行こうとした。そこで廊下で待ち伏せていた僕に驚かされて、怖さのあまり気絶しちゃったんだよね!!いやーあの時はさすがに母様に死ぬほど怒られたよ!!」
「....で?」
茶々を入れる隙も与えず、アンドリューは息継ぎもせずに一気に言ってのけた。
しかし、山も落ちもない話を聞かされたロビンは思わず聞き返してしまった。
「え?」
「結局、何の話だったんだよ」
同じ気持ちだったダニエルも目を丸くするアンドリューに何か意図があったのかと確認する。
「何って、お化けより母様のほうが怖いって話」
「どうっでもいいわ!!今の時間、返せ!!」
想像より遥かにくだらない理由であったことから、ダニエルはつい怒鳴り返してしまった。
「ふむ、つまりは母は強しということだな」
「殿下は話を聞いてるようで聞いてないし!!!」
突然にゅっと乗り込んできて、的外れな発言をするリチャードにそのままの流れでダニエルが声を荒げて、ツッコミを入れてしまう。
「ちなみに俺の怖いものは、寝不足の時の俺の顔だ!!!俺の美しさが半減される!!」
「そして勝手に話、変えるし!!!」
もう何がなんだかわからなくなりつつある会話にまたもやアンドリューが爆弾を投下する。
「僕は絶対にアンナだねー。アンナがいなくなったら、僕は躊躇なく死ねる」
「極端すぎだろ」
「そんなことないよー。僕たちは二人で1つだからね。この王都で一番高い塔から、笑顔で飛び降りてみせるよ」
「発想がぶっ飛びすぎて、お前が一番怖い」
双子の妹を溺愛していることは知っていたが、あまりにも普通の人間には理解しがたい価値観にロビンとダニエルはアンドリューに恐怖を覚えた。
そして、こいつならやりかねないと確信している。
「......アンドリューがいなくなったら、困るな...」
くだらないやり取りの中、ずっと静観を貫いていたセドリックが、唐突に口を開く。
普段自分の感情をあまり口にしないセドリックから出たまさかの発言に、驚いたロビンとダニエル。
そして、その発言に一番驚いているように見えるアンドリューが口元を押さえ、わざとらしく震えている。
「セドリック、それって....愛の告白じゃん...!!!」
確実に地雷を踏み抜いていくアンドリューにロビンとダニエルは叫びそうになる。
「でも、セドリックごめん。僕、君のこと友達としか思えないんだ。だから、君の気持ちには応えられないよ...」
セドリックが無言でアンドリューの胸ぐらを掴む。
「わあああああ、セドリック待て!!!早まるな!!!」
「アンドリュー、お前もヘラヘラしてんじゃねよぉ!!」
どっからどう見ても、今のはアンドリューが悪いがセドリックを加害者にするわけにいかず、ロビンとダニエルは止めようと腕を下ろそうとするもびくとも動かない。
さすが王太子の護衛なだけあって、腕力が違いすぎる。
「殿下ー!!!殿下も、止めてください!!」
一応、セドリックの上司であるリチャードに助けを求めるも、返事がない。
「リチャード、寝てるよ」
「「なんで!?!?!?!?!」」
胸ぐらを掴まれているアンドリューが指差す方向を見ると、本当にリチャードが寝息を立てて横たわっていたので、ロビンとダニエルは状況の理解が追いつかない。
「リチャードの特技っていついかなる時、どんな場所でも寝られることだよ」
「だからって、今寝るの!?」
「さっき言ってたじゃん。寝不足の自分が一番怖いって。もういい時間だしね」
「本当に自由すぎる!!!」
この状況で自身の睡眠を優先させるリチャードも意味不明だが、さも当然のように淡々と答えるアンドリューも異質すぎる。
ここでロビンとダニエルはある問題に気づく。
いったい誰がリチャードを寝室まで運べばいいのかということに。
もちろん、教室に放置することはできない。
だが、自分たちが運んで万が一のことが起きることは避けたい。
一番いいのはセドリックに運んでもらうことなんだが、この状況でそれ頼めるほどの度胸があるやつと言ったら...
「セドリックが運べばいいんじゃない?」
ロビンとダニエルを不安をよそに、アンドリューがなんでもないかのように口を開く。
「セドリックが運んだら絶対落とすことなんてないし。もし何かあっても、セドリックだったら許してもらえるよ」
よく胸ぐら掴んでる相手に堂々とお願いできるなと思うが、今回ばかりは激しく同意するロビンとダニエルであった。
「ちなみに僕が運んでもいいけど、絶対に落とす自信しかないから。僕がいなくなったら、セドリックも困るだろ?」
まったく見習いたくないけど、アンドリューの図々しさに毎度助けられるロビンとダニエルは安堵する。
セドリックは暫く考え込み、諦めたように息を吐く。
「...わかった。殿下はわたしが運ぼう」
「ありがとー!!さすが、セドリックだね」
そして、今夜の一番の被害者なのに、きちんと後始末をしてくれるセドリックの真面目さに涙を禁じ得ないロビンとダニエルであった。
セドリックがリチャードを運ぶ横でアンドリューが口を開く。
「でもね、セドリック。君は僕にとって一番の友達なのは忘れないでほしいな」
「...そうか」
アンドリューが不慮の事故で亡くなる1カ月前の出来事である。




