今日も君は美しい②
アンドリュー、遅いな...。
フレデリカ王女殿下が去ってからも、中々アンドリューが戻ってこなかったので、手持ち無沙汰になってしまった。
「あの...」
困って、顔を俯かせてると、声をかけられた気がしたので、顔を上げる。
目の前に見知らぬ男性が立っていた。
突然話しかけられたので、目を瞬かせていると、男性のほうが続けざまに話しかけてきた。
「不躾にお声がけしてしまい、申し訳ありません。1年前も同じように声をかけさせていただいたのですが、覚えていませんか?」
1年前の舞踏会...?
記憶を遡り、思い出してみる。
あの時は確か、初めての舞踏会なのに色々起こりすぎて、全部を思い出せるか不安だ。
けど、わたしに声をかけてきた人ってほとんどいなかったような...。
そこでわたしは、目の前の人物が名前を聞いてきたことで、逃げてしまったことを思い出す。
「あっ、あの時の...名前を...」
「そうです。思い出していただけて、よかったです」
男性は安堵の表情を浮かべる。
「あの時は、申し訳ありません。話しかけていただいたのに、途中で逃げ出してしまい...」
セドリックと婚約破棄した魔性の女として噂になっていたので、好奇の目に晒されたくなくて、極力名前を出さないようにしてたんだっけ。
「いえ、こちらこそ驚かせてしまい、申し訳ありません」
礼儀正しく軽く頭を下げ、再度顔を上げると、男性はわたしをじっと見下ろす。
「...何か?」
「その、以前も美しかったのですが、今日は一段とお美しいなと」
いきなり容姿を褒められて、戸惑ってしまう。
しかし、関わりのない第三者から見ても変ではないということに少し安心した。
男性にお礼を言おうと、口を開こうとすると、後ろから強引に腰を引かれる。
戻ってくるなり、いったいなんなんだと双子の兄に文句を言おうと顔を上げる。
「...セドリック?」
だが、そこにいたのはアンドリューではなく、硬い面持ちをしたセドリックだった。
「わたしの、婚約者に何か?」
目の前の男性に威嚇するような冷たい視線を送り、低く重たい声を発する。
「れ、レッドフィールド卿...」
そんなセドリックに威圧されたのか、男性の表情がみるみるうちに強張っていく。
「も、申し訳ありません。あなたの婚約者だとは知らずに声をかけてしまい...」
セドリックは何も答えず、静かに男性を見据える。
掴まれてる腰の力が強くなる。
「し、失礼します」
すっかり萎縮してしまった男性は逃げるように、その場から立ち去った。
せっかく話しかけてくれたのに、なんだか申し訳ない気持ちになる。
「......アンドリューは?」
頭上からセドリックの硬い声が振ってきて、顔を上げる。
まだ表情も硬い。
「用事があるって、少し前にいなくなってしまったわ」
「肝心な時に...」
アンドリューに対し苛立っているのか、珍しくセドリックが小さく舌打ちをする。
ちょっと雰囲気が怖いけれど、セドリックが来てくれたのが少し嬉しくて、自然と表情が綻ぶ。
すると、セドリックに腰を掴まれたまま、腕を引かれる。
そのまま会場の出口まで連れて行かれるのだが、かなり目立っていたのか、気付けば進行方向の人々が次々と道を空けていた。
すれ違う人々の視線が痛いぐらいに突き刺さってくる。
こちらを見て、何かをひそひそと囁く声も聞こえてくる。
正直とても居た堪れないのだが、セドリックはそんなこと気にも留めず、硬い面持ちのまま前だけを見ている。
そんな状態のセドリックに声をかけるのを躊躇ってしまっていると、舞踏会前に訪れた控え室まで連れてこられた。
灯りで明るかった部屋は今は消されていて、窓から差し込む月の光でしか照らされていなかった。
ようやく腰から手を放してもらえたので、セドリックに振り返る。
「どうしたの、セドリック?リチャード王太子殿下の護衛は終わったの?」
恐る恐るそう聞くも、セドリックから反応が見られない。
暗くてはっきりとした表情は見えないが、何かを抑え込むように唇を固く結んでいる。
何か気に障るようなことをしてしまったかと不安になり、わたしは当たり障りのない会話で場を和ませようと口を開く。
「あのね、セドリック、さっきねわたし、美しいって褒められたのよ」
純粋に嬉しかったことを共有しようと、笑顔で語りかける。
セドリックの体がそれに反応して、小さく動いた気がした。
婚約者であるわたしが周囲に認められたら、セドリックだって悪い気分ではないはず。
最終的にセドリックだって機嫌を直してくれると信じ、わたしはそのまま話を続ける。
「しかも、1年前に少し話しただけなのに覚えていてくださったのよ。すごいでしょ」
派手ではないわたしを覚えていてくれたことが感激で、つい興奮気味になる。
しかし、そんなわたしの予想とは裏腹にセドリックの反応があまりよろしくないことに気付く。
「セド...」
「アンナ」
腕に触れようと手を伸ばすが、セドリックの低い声で止まってしまう。
「...君は、少し無防備すぎる」
押し殺すような声でそう呟くと、セドリックはわたしの頬に手を伸ばす。
壊れものを触るかのようにゆっくり撫でられ、くすぐったくてわたしは目を細める。
「君は美しいと、常日頃から伝えているはずだが、足りなかったのか」
「そ、そんなことないわ...」
会う度に十分すぎる愛を注いでもらっている。
「で、でもそれはセドリックがわたしに好意を抱いてくれるからそう見えるのであって、他の人から見たらわたしなんて...」
「わたしが主観で君を判断しているのが不服だと?」
「そ、そういうわけではないわ!!」
責められているような感覚に陥り、目を伏せてしまう。
ど、どうしたらいいのかしら...。
必死に次の言葉を探していると、セドリックにもう片方の頬も触れられ、顔を両手で包まれる形で上へと向けさせられる。
目の前には真剣な表情のセドリック。彼の灰色の瞳には、わたしの顔が映っていた。
「アンナ、君は客観的に見ても十分に美しい。今夜も、君の姿を一目見ようと大勢の人間の視線が君に向けられていた」
「そ、それは双子が珍しいからって...、フレデリカ王女殿下もいらっしゃってたし...」
「それでも、君は美しいと声をかけられただろう」
そう言われると、もう何も反論できない。
真っ直ぐすぎるセドリックの言葉に逃げたくなるも、頬を包まれてるので視線から逃れることが出来ない。
「アンナ」
熱を帯びたセドリックの瞳がわたしを捉える。
「どうすれば、君の美しさを君に伝えることが出来るだろうか」
も、もう十分です...。
セドリックによる愛情の許容量が限界に近付き、頭の中が既に大混乱である。
どうにかして止めてもらわないと愛情過多で息することもできない。
なんとか意思表示を試みようと、首を縦に何度も小さく振る。
包んでいる手越しに振動が伝わったのか、セドリックは一瞬だけ目を閉じ、安堵の表情を浮かべる。
「そうか...」
目を細めて、真っ直ぐわたしを見るセドリックがいつもの穏やかな表情に戻っていた。
「ようやく理解してくれたか」
そう呟いたセドリックの指が優しく頬を撫でる。
灰色の瞳が愛おしむように揺れている。
これで、ようやくまともに空気が吸える...。
そう安心したのも束の間、頬から手が離れることなく、そのまま唇を塞がれた。
「んむ!?」
いきなりだったので、無防備に半開きだった唇の隙間から、セドリックの熱が入り込んでくる。
元々混乱気味だった頭が酸欠状態によりますます何も考えられなくなる。
セドリックにされるがままキスをされ、やっと唇が離れたと思ったら、体を強く抱き寄せられる。
耳元に吐息が触れ、無意識に体が揺れる。
「...それでも、やはり君の美しさはわたしだけのものであって欲しい」
完全に限界を超え、もう何も考えられなくて、耳元で何か囁かれるも理解が追いつかない。
唇の柔らかい感触を耳に感じると、それは顔の輪郭を伝っていき、首にも落ちる。
熱を感じるたびに、体が震えてしまう。
そして、再び強く抱き寄せられ、セドリックの唇が肩口から背中へと滑った。
唇の感触を感じたと同時に、小さな痛みが背中に走る。
その痛みに耐えるように、小さく震えていると、唇が離れ、抱き締められている力が緩くなる。
呼吸を整えながら、ぼんやりとセドリックを見上げる。
今まで見たことのない熱で瞳が揺れていて、愛でるような視線をわたしに落とす。
少しだけ余裕なさげに眉をひそめるその表情に胸の奥がぞくりと震える。
「アンナ...」
わたしの唇を親指で愛でると、セドリックは再度唇を深く塞いだ。
...もう、勘弁してほしい...。
愛情過多で死にそうである。
・
「やっと見つけたよ、アンナ!!どこ行ってたの?」
舞踏会会場である大広間から控え室に繋がる廊下をぼんやりと歩いていると、前方からアンドリューが早足で近付いてきた。
「すぐ戻るって言ったのに!!どうして勝手に離れてしまったんだい?」
勝手に置いていったのはアンドリューのくせに身勝手な言い分である。
しかし、今のわたしにはそんな文句を言う気力もなく、ぼんやりとアンドリューを眺める。
セドリックから過剰すぎる愛を浴びせられた後の記憶がかなり曖昧である。
あの後、どんな会話をして別れたのか、まったく覚えていない。
ただ、最後に感情を抑えられなくて暴走してしまったことをしきりに謝られたことだけは覚えている。
セドリックもさすがにやり過ぎたと思ってくれたらしい。
本当によかった...。
あれが通常運転になってしまったら、さすがに耐えきれる自信がない。
セドリックと別れた後は控え室で暫く呆けていたが、アンドリューのことを思い出し、会場に戻ろうと廊下を歩いていたらわたしを探していたアンドリューと再会したのである。
「......何か、あったのかい?」
反応の鈍いわたしに違和感を感じたのか、アンドリューが心配そうに顔を覗き込んでくる。
わたしは小さく首を振り、微笑んだ。
疑り深いアンドリューはまだ何か言いたげな様子だったが、とりあえずわたしが無事だったことに安堵したのか笑顔を返してきた。
「それならいいんだ。それじゃあ、会場にもど...」
隣に並び、わたしの肩を抱き寄せようとするアンドリューの動きが止まる。
不自然に言葉が途切れたので、アンドリューを見る。
わたしの背中を凝視し、笑顔のまま固まっている。
「...アンナ、さっきセドリックと一緒にいたのかい?」
どうしてわかったのだろうか。
わたしがその言葉に小さく頷くと、アンドリューが珍しく眉をひそめ、難しい表情をしている。
「セドリックめ、少しは加減しろよな...」
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
笑顔で誤魔化されたので、アンドリューが何を言ったのか聞き取れなかった。
アンドリューは自分が着ていた背広をわたしの肩にかける。
「ごめんね、アンナ。さっき一緒に行った控え室で少し待っててくれないかな」
「...どうして?」
首を傾げると、アンドリューが力強く肩を掴んできた。
「君の兄として、このままの状態で大勢の人間の前に出すにはいかないんだよ!!」
結局よくわからなかったが、アンドリューの圧に負けて、わたしはもう一度控え室に戻ったのだった。
・
控え室でアンドリューを待つこと数分。
扉が開いたので、そちらに振り向くとアンドリューとその傍らに少しだけ驚いた様子のフレデリカ王女殿下が部屋に入ってきた。
「フレデリカ王女殿下!」
まさかの人物が現れたので、慌てて立ち上がり会釈する。
「...どういうこと?」
「まぁ、見ればわかるよ」
状況が理解できず困惑気味のフレデリカ王女殿下をわたしの背後まで連れてきて、アンドリューは肩にかけてある背広に手をかける。
「......これは」
背後でどのような表情をしているのかわからないが、フレデリカ王女殿下が息を呑むのがわかった。
「まさか、セドリックが?」
「その、まさかだよ」
フレデリカ王女殿下の言葉に、アンドリューが呆れた声で返す。
二人がいったい何について話しているのがわからないが、セドリックが関係することだけはわかった。
「フレデリカ、君にお願いしたいことというのは、これをどうにかして目立たないようにしてほしいんだ!!君になら、出来るはずだろう?」
懇願するようにアンドリューがフレデリカ王女殿下を見つめると、彼女は不服そうに眉をひそめる。
「...さきほど、あなたが言っていた、わたくしにしか頼めないことというのは...」
「そう!このことだよ!!頼むよ、フレデリカ!!君だけが頼りなんだ」
フレデリカ王女殿下はアンドリューの言葉に一瞬だけ落胆するような表情を見せるも、すぐにいつものように気丈に振る舞う。
「わかりました。できる限りのことはするわ。ただ、これだけはっきり付けられたら、完全に消すことは不可能よ」
「くそー、やっぱりか...」
悔しげな声を漏らすアンドリューの横で、フレデリカ王女殿下は小さく笑みを漏らす。
「それにしても、あの唐変木がこのような行動を取るなんて...。中々面白いものが見れたわ」
「笑い事じゃないよ、フレデリカ。こんな姿のままのアンナを外に出すなんて、僕には出来ないよ!!」
「まぁ、これで無闇にアンナに近付く人はいなくなるんではなくて?」
「それはそうだけど...。でも、それとこれとは話が別だよ!!」
後ろで繰り広げられる二人の会話にまるでついていけない。
わたしの背中にいったい、何がついているのだろうか...?
確認したいけど、場所も場所だけあって見ることが叶わない。
「アンナ」
名前を呼ばれ、隣に視線を向けると、フレデリカ王女殿下の麗しいお顔がすぐ近くにある。
「先ほど、あなたに忠告した言葉なのだけれど、あなたではなくセドリックに言うべきでしたね」
「あの、わたしの背中にいったいなにが...」
そこまで言うと、フレデリカ王女殿下から笑顔を向けられ、無言の圧を感じ取る。
...セドリック、あなた、わたしにいったい何をしたの...?
結局最後まで答えを教えてもらえないまま、わたしは大人しくされるがままになったのだった。




