今日も君は美しい①
アンドリューに手を引かれながら、わたしは王宮敷地内の北東の離れにある別邸の廊下を歩いていた。
今夜は春の訪れを祝うための舞踏会が王宮で開かれている。
丁度去年の今頃も同じような舞踏会に参加したことを思い出す。
あの時は、セドリックに婚約破棄されたばっかりで、文句を言ってやろうと息巻いてたが、会場の空気に圧倒されて、意気消沈していたっけ。
あの頃はアンドリューが死んだとばかり思っていたので、こんな風に二人で会場である別邸に訪れることができるなんて夢にも思わないだろう。
「どうしたんだい、アンナ。僕の顔をじっと見て。まさか、いつもと違う格好だから、兄としての威厳が溢れ出てきてしまってるのかな?」
じっとアンドリューを見ていたら、そんな見当違いなことを冗談ぽく言ってのけるのでわたしは首を振る。
「いいえ、何を着ても、どこに居ても、いつものアンドリューよ」
「ちぇー、つまんないのー」
唇を尖らせ不満を露わにするアンドリューはある扉の前で足を止める。
アンドリューの手を握る手に少しだけ力を込める。
それに気付いたアンドリューがわたしの顔を覗き込んできた。
「大丈夫だよ、アンナ。世界中の人間が君を醜いと卑下しようと、セドリックだけは君の美しさに跪くよ」
「そこまで話を大きくしないで」
「じゃあ、すごく綺麗だから心配ご無用だぜ、妹よ」
茶化すような口調で言ってくるので、正直に喜んでいいのかわからなくなる。
「あなた、さっきわたしの姿を見て、何言ったか覚えてる?」
「夜空にきらめくお星さまの仮装みたいって言ったね」
「......」
「そんな睨むなよー。冗談に決まってるだろ、可愛い僕のアンナ」
長年双子をやっていてもどれが本心で、どれが冗談なのか本気でわからなくなる。
「もぉー、めんどくさいな!!そんなに心配なら、セドリックに直接見せたほうが早いって!!」
しびれを切らせたアンドリューが勢いよく扉を開けた。
差し込んでくる光が眩しくて、目を細める。
灰色の髪が目に入り、自然とそちらへ視線が向く。
見慣れた姿を認めた瞬間、胸の奥が少しだけ落ち着いた。
黒い燕尾服に身を包み、部屋の中央に佇んでいるセドリックと目が合った。
「アンナ」
穏やかな表情で名前を呼ばれ、自然と体がセドリックへと引き寄せられてしまう。
目の前に来ると、セドリックは身を屈め、わたしの額に唇を落とす。
くすぐったくて目を伏せたが、すぐに視線を上げると、熱の籠もった灰色の瞳と目が合う。
「今日も、君は美しい」
「あ、ありがとう...」
相変わらずのセドリックの熱量に圧倒されるも、先ほどまで胸の内にあった不安がほどけていく。
今夜の舞踏会は前回の舞踏会とは違い、正真正銘セドリックの婚約者として参加する。
そのため、セドリックに恥をかかせないように、隣に立っても不釣り合いと思われないためにドレス選びから慎重になっていた。
変に目立ちたくはないけど、みすぼらしいとも思われたくない。
リースとあーでもないこーでもないと頭を悩ませながら選んだのは、今着ている星が瞬く夜空を連想させるドレスである。
上から下にかけて紺色のグラデーションが広がり、裾へ近づくにつれて夜空の色へと変わっていく。
深い紺色の生地に織り込まれた銀糸が光を受けるたび、まるで星が瞬くように静かに輝いていた。
あまり大声では言えないのだが、セドリックみたいなドレスだなって思って、つい手に取ってしまった。
わたしにとって、派手ではないが、暗い夜に静かに輝く星のような存在なのかもしれない。
セドリックの視線がわたしの首元のネックレスに落ちる。
去年の花の日、わたしの誕生日にセドリックから贈られたネックレスを付けている。
嬉しそうに目を細め、わたしの右頬にキスをする。
そのままの流れで唇に口付けされそうになったが、既のところで邪魔が入る。
「ほら、やっぱり僕の言った通りになったでしょ?」
いつの間にか隣に立っていたアンドリューに驚き、思わずセドリックの胸を軽く押し退けてしまった。
「アンナったら心配することなんてなかったんだよー。セドリックだったら、アンナがどんな格好でも褒めてくれるんだしー」
わたしとセドリックの周りを忙しなく回っているアンドリューはとても鬱陶しい。
「アンドリューがお星さまの仮装なんて変なこと言うからでしょ」
「わかってないな、アンナ。君がお星さまなら、それを愛でる僕は星の王子さまってことなんだよ」
「意味わからないこと言わないで、あと止まって」
いつまで経っても回り続けるアンドリューを捕まえようと手を伸ばすも、すぐ逃げられてしまう。
最終的にはセドリックに無言で首根っこを掴まれ、大人しくなった。
そして、すぐに扉の向こうの廊下から聞き慣れた高笑いが聞こえたと思ったら、扉が勢いよく開かれた。
「待たせたな!!俺が、来てやったぞ!!」
高笑いの発生源であるリチャード王太子殿下がマントをはためかせながら、騒がしく部屋に入ってくる。
王太子殿下らしく、派手な刺繍が全身に施された礼服に赤いマントを肩からはためかせている。
それと綺麗に手入れされている長い金髪を靡かせ、全身から溢れ出る美形オーラで、本日もだいぶ鬱陶し...ではなく、麗しい。
自分が部屋に来たというのに静まり返っている現状が不服なのか、リチャード王太子殿下は眉を顰ませる。
「どうした、お前たち?普段とは違う装いの俺が来てやったんだ、称賛する許可を与えよう」
手を広げ、どこからでも褒めるがよいという姿勢を取るも、どう反応すればいいかわからず、わたしは固まってしまう。
「そうですね、本日も殿下が眩しすぎて何も見えませんでした」
「リチャードは相変わらず自己主張が強くて、面白いね」
そんなわたしとは違い、長年付き合いのあるセドリックとアンドリューは、即座に言葉を返した。
「そうだろ、そうだろ。うむ!!」
そんな二人の言葉に、リチャード殿下は満足したように大きく頷く。
いまのは、褒められていたのかしら...?
相変わらずなリチャード殿下の登場に、王族であることを忘れてしまいそうになる。
今夜の舞踏会前に、アンドリューに連れてこられて訪れたのは王族や上流貴族が使用する控え室みたいな場所。
本来なら子爵家の人間が立ち入れる場所ではないのだが、セドリックの婚約者ということで特別に入れる許可が下りた。
アンドリューはなんだか慣れた様子でくつろいでるので、きっと今までも勝手にこの二人のもとに訪れていたんだと思う。
「今宵も皆、俺の美貌を待ち構えている。そろそろ出向くとしようか」
「かしこまりました」
セドリックはリチャード王太子殿下の側近なので、舞踏会の間は殆ど殿下の側に控えなければいけない。
だから、婚約者として参加するけど一緒にいられる時間は限られている。
少しだけ寂しいが、セドリックはお仕事なので仕方ない。
あまり困らせないようにと気丈に振る舞おうと背筋を伸ばす。
「アンナ、また後で」
すると、体を抱き寄せられ、セドリックが名残惜しそうに右瞼に口付けを落とす。
そのままの姿勢でセドリックはアンドリューに顔を向ける。
「アンナを頼む」
「はいはい、セドリック代わりに頑張りますよ」
軽いノリで返事をするアンドリューに一瞬だけ顔を顰めるも、セドリックがわたしの体を離す。
そして、最後にわたしの左瞼に口付けし、扉の前で待つリチャード殿下へと向かった。
「それでは、グランヴィルの双子よ!!俺の美貌が恋しくなったら、後ほど会場で拝みに来るといい」
いつもの調子でそう言い残し、高笑いしながらリチャード殿下は部屋から出て行った。
セドリックもその後を追いかけ、わたしたち二人を残し、部屋を後にした。
騒がしいリチャード殿下がいなくなり、静かになった部屋でわたしは小さく肩を落とす。
もうちょっと、一緒にいたかったな...。
セドリックもいなくなってしまい、気落ちしていると、アンドリューが背中を小さく叩いてきた。
「僕たちもそろそろ行こうか」
「...そうね」
「セドリックではないけど、お手をどうぞ、お嬢さん」
目の前に手を差し出されるも、アンドリューには似つかわしくない紳士的な振る舞いに思わず笑ってしまった。
そんなわたしを見たアンドリューも嬉しそうに頬を緩める。
アンドリューなりに気遣ってくれているのかと嬉しくなったわたしは、差し出された手に自分の手を重ねる。
そういえば、兄妹で舞踏会に参加するのはこれが初めてかもしれない。
子供の頃のように手を繋ぎながら、アンドリューとともに舞踏会の会場へと向かった。
・
舞踏会の会場には着飾った人々で賑わっていた。
人混みがあまり得意ではないアンナはその場の雰囲気に気後れしそうになるも、慣れた様子のアンドリューに手を引かれ、なんとか人の間を通り抜けていく。
人があまりいない窓際まで来ると、やっと少し気が抜けたので、小さく息を吐く。
「アンナ、はい」
いつの間にか飲み物を持っていたアンドリューからそれを受け取る。
「ありがとう」
緊張で喉が渇いてたので、すぐに口に含む。
スッキリとした甘さが口内に広がり、喉を潤してくれる。
それにしても...
「ここに来るまでの間、結構視線を感じたのだけど...やっぱり、わたし、変じゃないかしら」
今もなんだか見られているような気がして、居心地が悪い。
不安になり、自分の格好を見下ろす。
「双子が珍しいんじゃない?気にすることないさ、僕らの仲良しっぷりを見せつけてやればいいんだよ」
わたしとは違い、そんなことをまったく気にしていないアンドリューはわたしの肩を軽く抱き寄せる。
やっぱり、経験値の差なのかしら。
人に見られることに慣れていないので、どうしても落ち着かなくなる。
そんな中、聞き慣れた高笑いが聞こえてきたので、そちらに視線を向けるとリチャード王太子殿下が舞踏会の参列者たちに囲まれている。
傍らに控えているセドリックの姿が見えて、少しだけ胸を撫で下ろす。
「あっ、やばっ...」
隣のアンドリューが遠くを見て、不穏な声を漏らす。
「ごめん、アンナ!僕、ちょっと野暮用を思い出した!すぐに戻ってくるから、ちょっと待っててね!!」
何やら慌て始めたアンドリューは肩から手を放すと、一目散に逃げるようにその場から離れた。
一体何があったんだろうと、アンドリューが消えた方向を眺めていると、後ろから名前を呼ばれた。
「アンナ、久しぶりね」
「フレデリカ王女殿下!」
振り向くと、いつにも増して見目麗しいフレデリカ王女殿下と目が合い、わたしはドレスを持ち上げ、お辞儀をする。
「お久しぶりでございます。本日もより一層
お美しくあらせられます」
「相変わらず、美しさに正直でよろしいです」
フレデリカ王女殿下の後ろに控えている彼女の護衛騎士、シノン様の美貌も相まって、とても目の引く二人が現れたことによってますます周囲の視線が痛い。
「...もう一人いたと思ったけど、まぁいいわ」
「王女殿下?」
フレデリカ王女殿下は口元を隠すように持っていた扇子を広げた。
「なんでもありません!それよりもアンナ、あなたもとても美しいわ」
「あ、ありがとうございます!」
「セドリックも大変ね。美しいあなたを置いて、兄の護衛なんて...」
横目でセドリックたちの方向に視線を向けるフレデリカ王女殿下はパチっと音を立てて、扇子を閉じた。
「気をつけなさい。このような場所では気が大きくなる輩が増えるから、しっかりと己の立場を弁えた振る舞いを忘れないように」
「はぁ...」
「楽しんでいってね、アンナ」
華奢な体を翻し、フレデリカ王女殿下はシノン様を連れて、人混みの中に消えていった。
王女殿下の忠告はきっと、婚約者がいる身分で他の男にうつつを抜かさないようにということだろう。
でも、美しいフレデリカ王女殿下と違い、辺境田舎の子爵令嬢に声をかけてくるような物好きはいないと思うので、少しだけ見当違いである。
多少着飾ったぐらいで会場にいる他のご令嬢を差し置いて、わたしを狙いにくる人なんて早々いないはずなのだから。




