双子の取り替えっこ騒動
「絶対に赤ですよ。アンナ様は顔立ちが少し地味なので、派手な色のほうがよく映えるんです。以前あった舞踏会でも赤いドレスを着ていただきましたが、大変似合っていました」
「しーろーでーす!!白に決まってます。純粋無垢なアンナ様には白が一番お似合いです。それに結婚式後の披露宴なのですから、同じ白でも、披露宴ならもっと柔らかい雰囲気にできますし!」
目の前で繰り広げられるリースとサラの論争をわたしはサラの用意してくれたお茶を口に含みながら、眺めていた。
今日は来たるセドリックとの結婚式のため仕立て屋をセドリックの屋敷に呼んで、衣装合わせをしている。
ウエディングドレスは先日、セドリックと一緒に見て、何を着ても綺麗だとか美しいとしか言われなくて、愛情過多で息が詰まりそうになったが、なんとか決まった。
今は大聖堂での結婚式後に行われる披露宴用のドレスを見ていたのだが、いつの間にかリースとサラのほうが熱中し始めていた。
「アンナ様は、どっちがいいと思います?」
「正直なご意見をお願いいたします」
リースとサラ、2人から意見を求められ、思わず苦笑いを浮かべる。
正直、どっちでもいい。
結婚式を歴史ある大聖堂で行うってだけでも気が重いのに、その後の披露宴では侯爵家馴染みの方々に挨拶回りとかしなければならないので、ドレスとか気にしてられない。
レッドフィールド侯爵家に嫁いだ娘の値踏みをされる場でもあるので、粗相は許されない。
わたしだけではなく、セドリックの今後のためにも、今から上流貴族の淑女たる振る舞いを身に付けなければと思うと、少しだけ億劫になる。
もちろんセドリックとの結婚がイヤなんてことは絶対にありえないんだけど、そのために気負わなければいけないことがたくさんあるのだ。
だから、今はドレスのことで頭を悩ませてるほどの余裕がない。
リースとサラ、それぞれが選んだドレスを交互に見ていると、隣から馴染みのある声が飛んできた。
「どっちも着ればよくない?セドリックなら、アンナのためにお金は惜しまないだろうし」
隣に座っているアンドリューがゆったりと足を組み替える。
さも当然のように居座っているが、今日アンドリューは誘っていない。
本当はセドリックが一緒にいるはずだったのに、急に王宮から呼び出されてしまい、それと入れ替わるように、アンドリューがタイミングよく訪ねてきた。
絶対になにか仕組んだに違いないとアンドリューを疑うも、本人は恍けたように偶然を言い張っている。
そして、セドリックがいない状況で勝手に話を進めようとしている。
「た、確かにそれはそうでした...」
「それでは、アンナ様に着ていただきたいお召し物を片っ端から選んでいきましょう」
アンドリューの言葉を謎に納得した二人は、またドレスを選び始める。
「ちょっと、アンドリュー!!何を勝手なことを...」
「だって、本当のことだろ?」
まったく悪びれる様子もないアンドリューに言葉を失う。
確かにセドリックなら、わたしの要望は全て叶えてくれるだろう。
披露宴用のドレスが決まらないから、着れるだけ着たいとお願いすれば、きっとアンナが着たいものを全て着ればいいと、言ってくれるはずだ。
だが、それはセドリックが言えばの話であって、決してアンドリューの口から出ていい台詞ではないはずだ。
「僕も楽しみだなー、アンナの色んなドレス姿が見られるかもだから」
「アンドリュー...」
あまりにも無責任すぎる双子の兄に、わたしはため息を吐いた。
その後、わたしはリースとサラに引っ張られ、試着部屋で試着できるだけドレスを試着させられた。
まるで着せ替え人形のような気持ちになるも、着替えるたびにリースとサラが褒めちぎってくれるので、悪い気はしなかった。
最後に、リース渾身のお化粧を施してもらい、銀糸を織り込んだ灰青色のドレスを着て、応接間に戻った。
ずっとそこで待機していたセシルはわたしの姿を見るやいなや、お綺麗ですと微笑んでくれた。
ソファで寛いでいたアンドリューは口笛を吹いて、いつもの調子で口角を上げる。
「ひゅー、アンナ。そのドレス、君が選んだんだろう?セドリックみたいだ」
図星をつかれてしまい、思わず目を伏せる。
まさにその通りで、このドレスを見た瞬間、セドリックの綺麗な灰色の髪と静かな瞳が頭に浮かび、自然と手に取っていた。
そんな露骨にわかりやすかったかしら...。
「それにしても、リース、腕を上げたね。元の素材がいいのもあるけど、ここまでアンナの魅力を際立たせるとは...」
「当然です。アンナ様が陽の目に当たる日を夢見て、鍛錬を積んできましたからね。アンナ様の魅力を一番に引き出せるのはわたしだと自負しております!」
そこまで自信満々に言われると、少し恥ずかしくなる。
しかし、リースのお化粧の技術は本当にすごくて、毎回着ているものや用事に合わせて施してくれるので、いつもなんだか違う自分になった気分になる。
「ふーん...、それじゃあ僕をアンナみたいにすることっできるかい?」
「......はい?」
言われたことが理解できなかったのか、リースが目を丸め、首を傾げる。
いったい何を言い出すんだとアンドリューに視線を向けると、いたずらっ子みたいに無邪気に笑っている。
「アンナ、久しぶりにアレ、やってみようよ」
「...アレ...って、まさか!!」
わたしの反応を見て、アンドリューが目を細める。
「そう、僕とアンナしか出来ない秘密の遊び。僕が君で、君が僕になるんだよ」
・
「うわっ...、本当にアンナ様そっくり...。というかまんまアンナ様です...」
リースにお化粧を施されたアンドリューの顔を見て、サラが顔を引きつらせる。
双子だから元々顔立ちは似ているのだが、やはり性別が違うのもあり、輪郭や眉骨など細かな違いがある。
しかし、鏡の中のアンドリューはわたしと瓜二つの顔になっていた。
「当然です。アンナ様の顔の構造は誰よりも熟知しています。アンドリュー様をアンナ様にするなんて、朝飯前ですよ」
なんかわからないけど、リースが鼻高々と胸を張っている。
「あとは、ウィッグを付けたらと...これで、完成です!!」
どこからともなく栗色のウィッグを取り出すと、リースはそれをアンドリューの頭にのせる。
「うわっ...」
髪を整えると、どこからどう見ても自分で、鏡の中にわたしが二人いて、不思議な感じがする。
「へへ、懐かしいな。昔はよくこんな風にアンナの格好して、色々いたずらしたもんだよ」
椅子から立ち上がり、鏡の前でアンドリューがくるりと回ると、スカートがふわりと舞い上がる。
既にわたしが着ていた普段着のワンピースを着用している。
男性だが元々肩幅がそこまで広くないため、違和感がまるでない。
「そうね...。わたしもアンドリューの格好をして、よく屋敷の人たちを困らせていたわね...」
「母様にはすぐバレたけどね」
「お父様は一度も気付かなかったわ」
「あの人、適当だからねー」
はははと口を開けて笑う目の前の自分と同じ顔に違和感を感じるも、どこか懐かしいなと思ってしまった。
「それじゃ、アンナも僕の服着て」
先程までアンドリューが着ていた紳士服を雑に渡される。
「えっ、何するつもり?」
「言ったろ?久しぶりに遊んでみようって、セドリックを試してみようぜ」
アンドリュー扮するわたしの顔が、愉快そうに笑い、片目を瞑り、ウィンクを投げてきた。
「そ、そんなの無理よ!すぐバレるわ!」
「こんなにそっくりなんだ、すぐにはバレないさ」
「だって、声が違うし、身長だって...」
そこで、アンドリューを見上げようとすると、視線がわたしと同じ位置にあった。
「そんなの、僕が靴を脱いで、君が少し高めの靴を履いてたらそんなに変わらないよ。もし心配ならアンナはソファに座っていれば、絶対にわからない」
「でも、声は...」
「あー、それはね、ん゙ん゙」
わざとらしく大きく咳込み、首元をアンドリューが強めに叩く。
「あーあー、これで、どうかしら?」
すると、アンドリューの口からわたしの声が発せられた。
あまりにも同じ声でその場にいたアンドリュー以外の人間の動きが止まり、一瞬空間に沈黙が走る。
「アンドリュー、それ...」
「女性の声くらい出せるわ。……アンナの声は、特によく知ってるし」
手を口元にあて、ふふと女性らしく笑うと、もう本当に自分がもう一人いるように思えてくる。
ここまで来たらもう昔の服だけ交換した、取り替え遊びと同じとは言えなくなる。
本気の成り代わりだ。
これだとさすがのセドリックも気付かないんじゃないかと、不安が過る。
「どうしたの、アンナ?浮かない顔をして」
わたしとそっくりの顔が、わたしの声で、わたしを覗き込んでくる。
もうわけがわからない。
「もしかして、セドリックに見破れなかったら、どうしようって怖がってる?」
頭の中まで見透かされたようで、なんだか癪に触る。
挑発するような笑みに、のってはいけないとわかっていても、妙に腹立ってきた。
「わかったわよ、やってやるわよ!!やればいいんでしょ!?」
アンドリューの衣服を片手に、わたしは試着部屋へと足を向ける。
試着部屋に入る間際、閉まっていく扉越しにわたしの姿が目に入る。
余裕そうな笑みで手を振られ、余計に苛立ちが増していく。
あんなやつの変装、セドリックだったらすぐに気付いてくれるわ!!
ぜーったいに、大丈夫なんだから!!
・
「待たせてしまった、すまない」
アンドリューと成り代わってから数十分後、王宮での用事を終わらせたセドリックが部屋に入ってきた。
紅茶を飲んでいたわたしの姿のアンドリューの動きが止まる。
そして、こちらに目配せすると、にこりと微笑む。
仕草まで完璧で、本当にわたしを見ているみたいだ。
アンドリューの衣服を着たわたしはセドリックにバレぬよう、表情を崩さず奥歯を噛みしめる。
「おかえりなさい、セドリック」
立ち上がり、セドリックに駆け寄るアンドリューを横目にわたしはなんともいえない不安に掻き立てられる。
そんなはずないと思いながらも、もしセドリックがアンドリューと気づかなかったらどうしよう。
もしそうなったら、この場で泣いてしまうかもしれない。
だから、お願い、セドリック!!
わたしじゃないって、気付いて。
不安を胸に、アンドリューとセドリック、二人の様子をじっと見つめる。
「王宮での用事は済んだの?」
「あぁ、大したことではなかったので、他のものに後を頼んだ」
「そう、よかった」
あまりにも自然な流れで会話してるので、今の時点ではセドリックは目の前にいるアンナがアンドリューだと気が付いていない。
セドリックは一瞬だけこちらに視線を向けるも、すぐにアンドリューに戻す。
そんな何気ない仕草にも、ショックを受けたわたしは目頭が熱くなるも、ぐっと耐える。
そりゃあ今のわたしはアンドリューの格好してるから、仕方ないんだけど、普段セドリックから向けられる熱の籠もった視線に慣れてしまったわたしにとっては少し物悲しくなってしまうのだ。
「...アンナ」
聞き慣れたわたしを呼ぶ声が、アンドリューに向けられる。
しかも動作的にどこかしらを触れようとしている。
やだ、やめて!
それはアンナじゃなくて、アンドリューなの!!
お願いだから、早く気付いて!!
セドリックがアンドリューに触れる瞬間を見たくなくて、思わず視線を逸らす。
「...どうしたの、セドリック?」
すると、アンドリューの口から戸惑いが漏れる声が聞こえてきた。
恐る恐る視線を戻すと、アンドリューの頬に触れようとしていたセドリックの指が既のところで止まっている。
怪訝な表情をアンドリューに向けると、すぐに顔を上げ、わたしのほうを見る。
そして、目の前のアンナそっくりなアンドリューの肩を押し退け、真っ直ぐとこちらに向かってくる。
「ちょっと、セドリック!!」
アンドリューがわたしの声で、呼び止めるも見向きもしない。
ソファに座っているわたしの前まで来ると、片膝をつき、ゆっくりと頬に手を伸ばしてくる。
指が頬に触れた瞬間、目を伏せ、またすぐに視線を戻すと、目の前のセドリックが安堵の表情を浮かべる。
「君が、アンナか」
「せ、セドリック...!!」
その瞬間、積もり積もった不安が一気に崩れ、涙が溢れて出てきた。
「もぉおーー、アンナ!!君もちゃんと僕を演じてくれないと意味ないじゃないか!!」
「だ、だって...」
感情がぐちゃぐちゃになってしまっているわたしを意味もわからず責めるアンドリューから守るようにセドリックが抱き寄せる。
「...何のつもりだ、アンドリュー」
降ってくるセドリックの声が硬い。若干苛ついているようだ。
「そんな怖い顔するなよ。ただの遊びだよ、遊び。君だって、途中まで気付かなかっただろう」
アンドリューはつまらなそうにわたしに扮したまま隣に座り、足と腕を組む。
「どうだった、僕のアンナは?可愛かったろ?」
挑発するようにアンドリューは口角を上げ、長い髪をかきあげた。
肩に回ってるセドリックの腕の力が強張る。
二人の間に緊迫した空気が流れる。
このままではいけないと、わたしは咄嗟に声を上げる。
「ごめんなさい、セドリック。あなたを試すようなことをしてしまって」
アンドリューの口車に乗ってしまったわたしにも
非があるはずだ。
だから、怒られるならわたしも一緒に怒られるべきだ。
セドリックの腕に手を添える。
すると、セドリックが少し身を屈め、目線をわたしと同じ高さに合わせる。
至近距離で灰色の瞳と目が合い、視線を逸らそうとするも、近すぎてどこを向いても灰色に捉えられる。
「大丈夫だ、アンナ。例え何度同じことをしようと、わたしが君を間違えることはありえない」
そして、躊躇うことなく額に口付けを落とした。
「せ、セドリック...」
アンドリューが隣にいることを忘れ、セドリックと見つめ合う。
「嬉しいわ、セドリック。そんなにわたしのことを愛してくれるなんて」
セドリックの背中越しからわたしの声真似をしたアンドリューの声が聞こえてくると、セドリックの動きが止まった。
「...アンドリュー、その格好でその声を出すのをやめろ」
凄みのある声が、セドリックから向けられるもアンドリューは気にせず続ける。
「ひどいわ。どんなわたしでも愛してくれるんじゃな、あだだだだだだいだいいいい」
調子に乗るアンドリューの顔にセドリックの手が覆われ、指先の力で容赦なく締め上げられている。
悲痛な叫びが部屋を木霊すも、セドリックの忠告も聞かずに調子に乗ったアンドリューが悪いので、助けを出す者は誰もいなかった。
・
「どうやって、アンドリューとわたしを見分けたの?」
変装を解いたアンドリューを部屋から追い出した後、少し気になっていたことを隣に座るセドリックに聞いてみた。
わたし本人でさえ見間違えてしまう恐れがあるほど、アンドリューが扮したわたしは完璧な仕上がりだった。
さすが生まれたときから一緒の双子だけあるなと思っていたが、セドリックは見破ってくれた。
嬉しいと思う反面、どうやって見分けたのだろうと純粋に知りたかった。
それを聞いて何を思ったのか、セドリックの指が突然わたしの頬を撫でる。
驚いて、一瞬だけ目を伏せると、セドリックは満足そうに頬を緩める。
「アンナ、君はわたしが触れようとすると一瞬だが瞳を伏せる癖があるんだ」
「...そうなの?」
「あぁ、わたししか知らない君の癖だ」
なるほど。
だから、アンドリューに触れようとした時にそれが見られなかったから、動きが止まったのね。
それと、自分にそんな癖があるなんて気付かなかった。
案外細かいところまで見てくれてるのねと、セドリックを見上げると愛おしさを秘めた瞳とぶつかる。
この瞳も、穏やかな笑みも、柔らかな声も、全てわたしにしか向けられない、わたししか知らないセドリック。
なんだかとても幸せな気分になったので、頬を緩めると、セドリックの唇がゆっくりとわたしの唇へと落ちてきた。
わたしはそのまま瞼を閉じ、口付けを受け入れる。
結婚式や披露宴など、不安は消えることはないけれど、セドリックとの結婚がとても待ち遠しい。
早く結婚して、この幸せがいつまでも続くことを強く願った。




