52.
アンドリューが残していった言葉があまりにも不穏すぎて悶々としていると、扉がノックされる。
応えると、セドリックが部屋に入ってきた。
「セドリック」
化粧台から立ち上がり、セドリックに駆け寄る。
淡いシルバーグレーのモーニングコートを身に纏ったセドリックは普段にも増して男前に見える。
ちょっと男前すぎて、目線のやり場に困っていると、頬に手を添えられる。
顔を上げられ、灰色の瞳と目が合う。
セドリックが目を細め、柔らかく笑う。
「綺麗だ」
はっきりとそう言われ、思わずたじろぐ。
恥ずかしくて視線を伏せると、セドリックは少し身を屈め、わたしの額にキスを落とした。
....やっぱり、慣れない。
この、甘ったるい空気は何度経験しても、そわそわしてしまう。
胸に高鳴りを抑え込むように、胸元に手を当てる。
....それにしても
「こんな直前にどうしたの?何か用事でも?」
首を傾げると、セドリックの動きが一瞬止まる。
「...君が、呼び出したのではないのか?」
「えっ...?」
嫌な予感が、頭を過る。
「....もしかして、さっきアンドリューがそっちに来なかった?」
「あぁ、来たが」
「......その時に、意味もなく謝られなかった?」
「......あぁ」
セドリックも何かを感じ取ったのが、表情が硬くなる。
その時。
無数の破裂音が遠くのほうから響いてきた。
それと同時に人の叫び声や、驚きの悲鳴も一緒に聞こえてくる。
騒ぎになっているのは、今から結婚式を行う予定の大聖堂。
セドリックと顔を見合わせ、大聖堂へと向かう。
向かっている途中も、破裂音が鳴り止まない。
あまり、大事じゃなかったらいいのだけど...
・
しかしその希望を打ち破るかのように、大惨事が目の前で繰り広げられていた。
今日結婚式を行うのは、王都の中でも古くから建築されている格式高い大聖堂。
子爵令嬢のわたしにとっては不相応な場所すぎるが、レッドフィールド侯爵の子息であるセドリックの結婚式ということもあってこの場所で結婚式を執り行うことが勝手に決められていた。
下見で訪れた時、磨き上げられた空間が張り詰めた空気に包まれていて、息をするだけでも緊張したのを覚えている。
そんな厳粛で神聖なる場所が、場違いなほど色鮮やかな無数のカラー煙幕によって、今もなお混沌と化していた。
煙によってよく見えないが、祭壇へと続く道が無数の色で色付けされている。
参列者たちが叫び声を上げながら、煙から逃げ惑う。
祭壇に控えている司祭が状況を飲み込めずにいるのか呆けている。
事態を収拾するために近衛兵が次々と煙の中へと突入していく。
「...ふむ、まさかこんな風になるとはな」
あまりにも想像を絶する光景を目の当たりにして呆然と立ち尽くしていると、いつの間にかリチャード王太子殿下がセドリック越しの隣に立っていた。
「とりあえず、言われた通り、色付きの煙幕を用意したが、うむ。想像よりずっと派手に暴れているな」
何がおかしいのか、腰に手を当て大きな声で高笑いしている。
というか、この人も騒動の一因ということね。
「まぁ、ここは俺の美しさに免じて大目に見てもらうと助かる」
相変わらず、謝罪が軽いし意味がわからない。
セドリックも呆れたようにため息を吐いている。
すると、アンドリューの笑い声が煙の向こうから聞こえてきた。
....アンドリューめ、やってくれたわね。
やはり、一筋縄ではいかない兄である。
ドレスの裾を持ち上げ、アンドリューの元へ歩き出そうとしたら、腕を掴まれる。
振り向く間もなく、そのまま腰を引かれ、足を抱えられる。
「....セドリック!?」
「...ドレスが汚れる」
気付いたら、セドリックに横抱きで抱っこされていた。
突然のことで驚いていると、セドリックはわたしを抱えたまま一歩、前に進み出す。
煙幕の煙のおかげであまり前がよく見えないのか、歩みがゆっくりである。
アンドリューがいるであろう祭壇の方へと向かっている。
.....まさか、バージンロードをわたしと歩けないからって理由でこんなことしてるわけじゃないわよね。
......いや、アンドリューならやりかねない。
足元を見ると、赤色だったカーペットがカラー煙幕によって、色んな色が混ざって鮮やかになっている。
こんな時に、とても不謹慎だが、花畑みたいだなって一瞬思ってしまった。
「....まるで、花畑みたいだな」
セドリックを見上げる。
少しだけ、照れたように視線を逸らされる。
そんなセドリックの姿に胸の奥から愛しさが込み上げてきた。
「そうね、わたしも同じことを思っていたわ」
セドリックの頬に自分の頬を擦り寄せる。
そのまま、その頬に触れるぐらいの口付けをした。
歩みが止まる。
セドリックも、わたしの頬にキスを返してくる。
少しだけくすぐったくて、自然と笑みがこぼれる。
両手でセドリックの顔を包むように、触る。
「ねぇ、セドリック。今年も、あの丘にたくさんの花を植えたわね」
「....あぁ」
去年は、わたしが選んだのと、セドリックが選んだの、それぞれの花が別々の季節で咲いていた。
でも、今年は二人で選んだ花々が、あの丘の上で咲き誇っている。
「来年も、そのまた来年もあなたとずっと一緒に花を植えていけたら、これ以上幸せなことなんてないわ」
「....わたしもだ、アンナ」
目元をやわらかく緩めて、セドリックは穏やかに笑う。
胸がきゅっと締め付けられる。
胸の奥が、じんわりと満ちていく。
.....幸せのはずなのに、一つだけ胸につっかえていることがある。
ずっと言葉にすることが怖かった。
でも、言わないと。
これからの二人の未来のために。
「......セドリック」
少しだけ躊躇ってから、わたしは口を開く。
「わたしね、アンドリューのこと......きっと、切り離せない」
胸の奥に触れるような言葉に、自分でも少しだけ苦しくなる。
「どれだけ時間が経っても、あの人はわたしの中に残り続けると思う」
一度視線を落としてから、もう一度顔を上げる。
「それでも.....いいの?」
ほんの少しの沈黙。
セドリックはすぐには答えなかった。
その間が、やけに長く感じる。
「......構わない」
静かに返ってきた声は、いつも通り落ち着いていた。
「それが、君だ」
まっすぐに向けられる視線に、息が詰まる。
「......本音を言えば、面白くはないがな」
ぽつりと付け足された言葉に、思わず瞬きをする。
「だが、それを無かったことにしてまで隣にいられても、意味がない」
ゆっくりと、言葉を選ぶように続ける。
「君がそれを抱えたまま、それでもわたしを選んでくれた」
一瞬だけ、言葉が途切れる。
「それで十分だ」
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
わたしは小さく息を吸って、ほんの少しだけ、笑った。
「......うん」
「それに、」
セドリックが歩みを進める。
「そんな君だから、わたしは共に生きたいと思ったんだ」
真っ直ぐと瞳を見つめられる。
「泣いて、傷ついて、どれだけ壊れそうになっても、君は自分で生き方を選ぼうとしていた」
歩みが止まる。
ゆっくりと地面に降ろされる。
気付いたら、祭壇が目の前にある。
「アンナ」
低く、静かな声。
騒がしかったはずの空間が、不思議と遠く感じる。
「改めて、問おう」
その言葉に、胸が跳ねる。
「わたしと共に、生きてくれるか」
手が差し出される。
息を少し整える。
セドリックを見上げると、視線を逸らすことなく、見つめている。
その視線に応えるように笑みを返し、手を取る。
「.....はい」
そして、そのまま引き寄せられるようにキスをした。
喧騒の中で、静かにわたしたちの未来は進み始めていた。
【完】
アンナたちの物語を、最後まで見届けてくださり、ありがとうございました。
今後は番外編もちょくちょく投稿していこうと思いますので、引き続きよろしくお願いいたします。
ブクマ、評価していただき、誠にありがとうございました。




