51.
「....よしっ、完成!!アンナ様史上、最強の美しさです」
最後の仕上げを終え、リースはブラシを机に置いた。
「おぉー、さすがリースさんです」
「アンナ様、綺麗」
横から覗き込んできたサラとセシルが賞賛するように拍手する。
「当然です!伊達にアンナ様の専属メイドを10年以上やってないですよ。わたし以上にアンナ様を美しく着飾れる人はいないと自負しております」
得意げな顔で、リースが胸を張る。
その言葉にわたしは苦笑いを浮かべ、鏡に向き合う。
リースが施した化粧は主役である純白のドレスを引き立てるような上品な仕上がりになっていた。
...ついに、この日が来たのね...。
あの告白から約1年、時が経ち、今日はわたしとセドリックの結婚式である。
あれから、とんとん拍子で話が進んでいき、ほどなくして婚約という形になった。
さすが、適当極まりない父親、セドリックからの申し出をすぐ承諾したらしい。
セドリックがまだ学生の身だったので、卒業してからの婚姻ということで、ちょっと時間が空いてしまった。
その間は穏やかに過ごし、少しずつ距離を縮め……いや、かなり早かった気もする。
再婚約後はとにかくセドリックが積極的すぎた。
会うたびに恥ずかしげもなく愛の言葉を伝えてくるし、スキンシップもやたらと多い。
最初は遠慮がちな口付けだったのに、最近はもう何の躊躇いもなくしてくる。
これが、上流階級貴族のアプローチなのか...とリースに相談してみたら、そうかもしれないですねーってすごい棒読みで返された。
....でも、そうか。
セドリックと結婚したら、わたしはグランヴィルの屋敷から出て、王都にあるセドリックの屋敷に住むことになる。
そうなったら、リースともお別れになってしまい、こうやって化粧してもらうこともなくなってしまうのか...。
「どうしたんですか、そんな顔されて。もしかして、気に入りませんでした?」
しんみりとしていると、異変に気づいたリースが顔を覗き込んでくる。
思わず涙が零れそうになったが、ぐっと堪える。
「.....リース」
「はい」
「...今まで、ありがとう」
「.....はい?」
リースが眉をしかめる。
「今までたくさんお世話してもらって、とても感謝してるわ。これから離ればなれになってしまうけど、あなたのことずっと....」
「ちょっと待ってください」
感謝の言葉を遮られる。
リースの顔がますます険しくなる。
「えっ、もしかしてアンナ様、結婚したらわたしがグランヴィルの屋敷に戻るとでも思ってらっしゃるのですか?」
「...えっ、違うの?」
わたしの反応を見ると、リースは額に手を当て、わざとらしいぐらい大きくため息をついた。
「わたしも一緒についていくって、この間お話しましたよね?」
「えっ、そうだったの?」
「返事が妙に上の空だなって思ったら、やっぱりちゃんと聞いてなかったんですね!?」
確かに、ここ最近は結婚式の打ち合わせとかで王都とグランヴィルの屋敷を行き来してから少しぼんやりしていたのかもしれない。
でも、リースとお別れしなくて済むとわかって、素直に安堵する。
「わたしは、アンナ様の専属使用人としてレッドフィールド侯爵家に正式に採用されてるんですよ」
「でも、それならサラとセシルは?」
「わたくしどもも、変わらずアンナ様専属です」
「ご心配なさらずに」
サラとセシルが両脇から現れる。
最初会ったときと変わらぬ態度で接してくれる姉妹のメイド。
再婚約後、セドリックの屋敷を訪問したら、二人ともとても喜んでくれた。
結婚後も是非専属にと志願してくれて、嬉しかった。
この二人と、更にリースも加わったら毎日賑やかで楽しいんだろうな。
「......でも、専属に三人て少し多くないかしら」
「そんなことありません」
ふとした疑問を口にすると、セシルがきっぱりと否定する。
「そうですよー。少なかったら問題ですが、多くて困ることなんてなにもないですよ」
サラが笑顔で答え、リースが続ける。
「それに、子供ができましたら、すぐに人手が必要になりますしね」
「......子供って、まだ気が早くない?」
「「「えっ」」」
三人同時に声が上がり、少し驚く。
....えっ、わたし何か変なこと言った?
「えっ、まさかアンナ様、本気で言ってるんですか。あんなに熱烈に迫られてるのに、セシル、どう思う?」
「そうね、サラ。どんな鈍感でも、あそこまでされたら、すぐご懐妊すると想像できるはず」
「...お二人とも、わかっていませんね。アンナ様はつい最近まで田舎に引きこもってたんですよ。要するに、圧倒的経験不足!!セドリック様からのアプローチも上流貴族のアプローチだからって、そのまま受け入れてるんです。これからどうなるかなんて、わかってないんですよ!!」
「なるほど」
「それは確かに」
少し離れたところで、三人でこそこそと話しているが、何も聞こえない。
まぁいいか、と鏡に向き直る。
「やっほー、アンナいるー?」
ノックもなしに扉が開く。
アンドリューが無遠慮に部屋の中に入ってきた。
化粧台の前まで来て、鏡越しに目が合う。
「ひゅー、綺麗だね、アンナ。花嫁みたいだ」
「.......花嫁、なんですけど」
いつものように茶化されたので、隣に立つアンドリューを睨み上げる。
「冗談だよ。あーぁ、僕がアンナと一緒にバージンロード歩きたかったのにな」
「さすがに、無理があるでしょ」
「そうだね、さすがの父さんもそこは譲ってくれなかったよ。でも、悔しいな」
本当にわたしとバージンロードを歩けないことを悔しがっているのか、アンドリューは口を尖らせる。
さすがに父親を差し置いて兄とバージンロードを歩くのはちょっと違う気がする。
アンドリューの視線が、首元に下がる。
「アンナ、僕とお揃いのネックレスつけてくれないのかい?」
自分の胸元からドッグタグネックレスを取り出す。
金属製のプレートには以前のロケット付きペンダントと同じように『A to A』の刻印が刻まれていた。
わたしが馬車からアンドリューのペンダントを捨てたので、新たにお揃いで貰っている。
アンドリューのものと同じ刻印がわたしのにも刻まれている。
しかし、わたしが今日付けているのはアンドリューとお揃いのものではなく、セドリックから貰ったネックレスだ。
花の日の誕生日に受け取り、その後別れるために返したものだ。
正直、ずっと心に引っかかっていたので、再婚約時にまた渡されたときは素直に嬉しかった。
「なんで、わざわざアンドリューとお揃いのものをつけなきゃいけないのよ。意味、わかんなくなるじゃない」
「....まぁ、強いて言うなら僕らの愛を証明するためかな」
「本当に、意味わかんない。今日はセドリックとの結婚式よ。あなたと愛を誓い合ってる場合じゃないわ」
「ひっどいなー、アンナったら。僕は大真面目に言ってるのに」
「大真面目に言わなくていいわよ」
相変わらず、どこまで本気で言っているのかわからない。
人の調子を狂わせるのが本当に得意なのだから、困った兄だ。
呆れて、ため息も出ない。
すると、一瞬だけアンドリューの顔から笑顔が消える。
「....アンナ、少し立てるかい?」
「....?」
さっきの軽口叩いてた時とは違う、少しだけ硬い声に違和感を感じつつ、立ち上がる。
アンドリューが腕を広げる。
「これで最後だ、アンナ。抱きしめてもいいかな」
そして、そのままわたしの答えも待たずに、アンドリューはわたしを抱きしめる。
「....いいって言ってないんだけど」
「はは、ごめんよ。でも最後なんだから、それぐらい許してくれよ」
....まったく。
内心呆れつつ、アンドリューの背中に手を回す。
「....別に、最後じゃなくてもいいじゃない」
「うーん、さすがにそれだとセドリックに悪いかな。僕なりに、けじめってものはつけておきたいからね」
「....そう」
肩に顔を埋める。
温かくて、安心する。
大好きな、アンドリュー。
背中に回した手に力を込めると、アンドリューはわたしの背を軽く叩く。
「幸せになってね、アンナ」
耳元で優しく囁かれる。
涙が出そうになるのを必死に堪えて、肩から顔を上げ、笑顔で答える。
「当たり前よ。相手はセドリックよ。言われなくても、幸せになってやるわ」
アンドリューは目を細める。
「そうだね。セドリックは僕の次にいい男だからね。心配いらなかったね」
「自己評価高すぎない?」
「事実だからね」
目と目が合う。
自然と二人同時に笑い出す。
「今日は僕にとって本当に最高な日だ。大切な妹と、一番の親友が結婚するんだ。こんなに素晴らしいことはないよ」
「....珍しく、素直じゃない」
「僕は、いつだって素直だよ」
曇りない眼差しを向けてくる。
何度、アンドリューに騙されたかなんて数えるだけ無駄だ。
でも、今この時に紡がれた言葉はきっと全部本心というのはわかる。
だって、誰よりも一緒にいたのだから。
「僕の大切なアンナ。僕はいつだって、君の幸せを一番に願っているよ」
「.....わたしもよ」
わたしはもうアンドリューがいなくても、大丈夫。
アンドリューも、きっとそう。
「おめでとう、アンナ」
「....ありがとう、アンドリュー」
そして、少しずつ体が離れていく。
名残惜しいけど、不思議と心が満ち足りている。
生まれたときからずっと一緒だった、双子の片割れ。
これから、わたしとアンドリューはお互い、別々の道を歩んでいく。
少し寂しくはなるけど、アンドリューが大切な気持ちが消えることはないだろう。
体が完全に離れ、暫く見つめ合う。
すると、アンドリューはいたずらっ子のような笑みを見せる。
「でも....先に謝っておくね。ごめんね、アンナ」
「...は?」
「それじゃ、またあとでねー!」
不穏な言葉を言い残し、アンドリューは部屋から出て行った。
....あいつ、何かやらかすつもりね。




