48.
王宮の敷地内にある庭園は一般にも開放されており、思いのほか多くの人で賑わっていた。
王都にいる間、何度か訪れてみたいと思っていたが、時間が合わずにそのままになっていた。
今回のデートを機に行ってみたいと提案すると、セドリックは静かに頷いた。
庭園は国内外の数多なる植物を栽培しているので、目新しいものが次々と出てきて、歩いているだけでも十分に楽しかった。
庭園内を一通り見て回った頃、セドリックが不意に質問してきた。
「...今日、アンドリューは来なかったんだな」
「......どうして?来てほしかったの?」
セドリックは首を振る。
「いや、ただ付いてくるものだと覚悟はしていた」
その言葉に苦笑いする。
妹のデートについてくるって、どんな兄よって返したいところだったけど、残念ながらセドリックの読みは当たっている。
「....大変だった、わ」
わたしは遠い目で空を見上げる。
そして、そのときの光景を思い返しながら、ぽつりと口を開いた。
・
セドリックとのデート前日。
グランヴィルの領地から王都まで半日はかかるので前乗りするために、馬車に乗り込もうとすると既にアンドリューが我が物顔でそこに座っていた。
「やぁ、アンナ。待ちくたびれだよ」
「...アンドリュー」
夏季休暇で一時帰宅していたアンドリューに、セドリックとのデートのことについては何も教えていない。
だって、そんなことを教えたらアンドリューのことだから、ついてくるとわかっていた。
たぶんじゃなくて、絶対に。
そして、実際にどこからともなくデートのことを聞きつけたアンドリューが目の前にいるので、わたしは大きくため息を吐いた。
「ああぁぁぁーー!!!やっぱり、いる!!!アンドリュー様、さすがに今回はだめですって!!」
荷物を運ぶために遅れてやってきたリースが、アンドリューを見つけた途端、眉を吊り上げる。
「やっとアンナ様が素直になって、セドリック様に会いに行くんですよ!!邪魔しないでください!!」
リースがアンドリューの腕を引っ張るが、びくともしない。
それどころか、余裕げに足を組み、右手で頬杖をついてる。
「邪魔なんてする気ないよ。ただ、3人で仲良くお出かけしたいなって思ってるだけだよ」
「それが邪魔だって言ってるんですよ!!!」
リースの怒号を聞きつけた他のメイドたちが、屋敷から駆けつけてくる。
数人がかりで引っ張られ、さすがのアンドリューも体勢を保つことが出来ず、少しずつ外へと引きずり出されていく。
「わーーっ、待って待って!!ちょっと話を聞いてくれよ!!」
「聞く耳、持たないです!!ほら、みんな!!あと少しですよ!!」
メイドたちが一致団結してることもあり、あと少しで体が完全に馬車の外へと連れ出されるところで、アンドリューの手がしぶとくも足場にしがみつく。
「だって、相手はあのセドリックだよ!?無意識レベルでアンナへの執着心がダダ漏れてる男のところにアンナを行かせたら、どうなると思う!?もう二度と会えないかもしれないじゃないか!!!」
あまりにも発想が突飛的すぎる。
流石に今回のデートで、二度と会えなくなるってことはない。
もしもの話だが、セドリックと一緒になったとしても、アンドリューとの交流がなくなるということは起こり得ない。
だが、一度本気でアンドリューを失いかけたことを思い出し、一瞬、言葉にできない不安が胸をかすめた。
「アンドリュー様、卑怯です!!!そんな言い方したら、アンナ様が躊躇われるのをわかっててワザと言ってますよね!?」
「えー、そんなことないよー。リースったら、ひどいなー」
「圧倒的棒読み!!!」
アンドリューとリースの会話を流し聞きしながら、考える。
セドリックには悪いけど、今回はアンドリューも一緒じゃだめかしら...。
デートは今回きりとは限らないし、セドリックも回復したとは言え病み上がりだし...。
本気でアンドリューと一緒にデートに赴こうかという考えが頭を過る。
その瞬間だった。
「お待ちくださああああああい!!!」
突如、丸い人影が飛び出し、そのままアンドリューの上に覆い被さった。
「テディ!?」
熊のように恰幅のよいグランヴィル家の主治医が、そのまま動きを押さえ込む。
「ぐへぇ」
潰されたような声が下から漏れる。
「ここはわたしが食い止めます!!リース、お嬢様を連れて、早く出発するのです!!」
「でかした、テディ!!アンナ様、行きますよ!!」
展開に追いついていけず、唖然としているとリースが扉を閉める。
同時に馬車が動き出した。
備え付けの窓を開け、屋敷の方を振り返る。
使用人一同こちらに向かって手を振っている。
「アンナ様ー、いってらっしゃいませー」
「お幸せにー」
アンドリューは未だに押さえ込まれ、もがいている。
しかし流石に熊の重量には勝てず、途中で力尽き、動かなくなった。
「テディー、みんなー、ありがとうーー!!」
窓から身を乗り出し、手を振り返す。
「でも、アンドリューは殺さないであげてねー!!!」
聞こえているがわからないが、念のために叫ぶ。
たぶん気絶してるだけだから、問題はないと思うが、一応心配はしておく。
........でも、テディ。
やっぱり、あなた、医者のくせに殺傷能力高すぎよね...。
相変わらずツッコミどころ満載の主治医に思うところは多々あったが、馬車はそのまま王都へと向かっていった。
・
「...という感じで、なんとかアンドリューを巻くことに成功したの」
庭園に設置してあるベンチに腰掛け、アンドリューがついてこなかった経緯を話し終える。
一部少しぼかしたところもあるが、大まかなところは説明できた。
しかし、セドリックは手を口に当て、神妙な面持ちで考え込んでいる。
「.....どうしたの?」
「...いや、アンドリューにしては簡単に引いたなと」
「.....へ?」
一瞬、思考が止まる。
確かに、セドリックの言う通り、普段のアンドリューだったらテディに潰されたぐらいじゃ簡単に諦めないかもしれない。
むしろ、一旦引いたと見せかけて、油断したところで偶然を装って現れるという可能性が大いにあり得る。
その時、近くの茂みから何かが動く音がして、肩が震える。
不安を拭いきれないまま、振り向くと、茂みの中から鳴き声とともに猫が現れた。
安堵しかけた心が、すぐにざわつく。
「やめてよ、セドリック!!そんなこと言われたら、本当に出てきそう...」
いつ、どこから、アンドリューが現れるのかわからない状態がこんなにも怖いものだなんて...
疑心暗鬼になりかけ、視線をあっちこっちに泳がせる。
すると、繋いでないほうの手でセドリックが肩に優しく触れる。
「大丈夫だ、アンナ」
力強い声に、前を見上げる。
肩に置かれた手が、ゆっくりと首筋をなぞり、頬へと触れる。
「ここには、君とわたしの二人しかいない。.....少なくとも、今この時間には」
距離を詰められ、吐息がかかりそうなぐらい近くに顔がある。
至近距離で灰色の瞳に真っ直ぐ捉えられ、息が止まる。
全身の熱が顔に集中する。
「…っ、ひゃい...」
情けない声で返事をすると、セドリックは目を細め、撫でるよう滑らせ、頬から手を離した。
「...もう十分に休めただろう。次に行こう」
そして、何事もなかったかのように立ち上がり、手を引かれる。
思考が追いついていないわたしは引かれるまま、腰を上げ、歩き出す。
さっきまでの不安が、嘘みたいに消えていた。




